第23話 過去
「ん…………」
「——っ、未来!」
午後八時十五分。ようやく未来が目を覚ました。
「…………あれ、レオ? そっか、バレちゃったんだ」
「大丈夫か!?」
「全然大丈夫だよ? ……て言っても信じないよね」
「そりゃあ、なあ……。呪いにかかっていることと、その症状については秋宮さんから聞いた。内緒にしてたこと、勝手に聞いてごめん」
「全然いいよ、黙ってた私が悪いんだし。こちらこそごめんね……」
申し訳なさそうに目を伏せる未来。その姿を見ると、どうにかして助けたいという気持ちが俺の中でさらに強くなる。
何を話せばいいか分からず、沈黙が部屋を支配する。
「その、さ……」
「レオは、これからの話をしたいんだよね?」
時計を一瞥した未来が口だけで笑い、諦めたような顔をする。
「ああ……秋宮さんから聞いた話だが、呪いの魔力を持つ魔物の呪いが、未来の体の中の呪いを更に悪化させている可能性があるみたいだ……」
「そっか、やっぱり悪化しちゃったか……。——うん。それでも私は、ダンジョンに行くよ」
「何でだよ! もしまた似たような敵が来たら、どうするんだ……?」
もしまた呪いを持つ魔物と戦えば、【常夜の呪い】が急速に悪化して、次はもう目覚められないかもしれない。しかし、戦わなければ今まで通り。緩やかに起床時間は減ってしまうが、永遠の眠りまでは猶予があるはずだ。その間に、俺が【千呪の黒龍】を倒すことができれば……。
「それでも、まだ戦える。私の体が言ってるんだ。あのダンジョンの先に、【千呪の黒龍】がいるって。だから、助かる可能性がちょっとでもあるなら、私は戦いたい」
「だめだ、それなら俺一人で行く! 俺が……俺がなんとかするから……!」
「そんな酷いこと言わないでよ。レオは私に、好きな人が一人で戦ってるところを、この狭い病室で黙って見てろっていうの?」
「……ぇ?」
「ふふっ……楓さんからどこまで聞いたか分からないけど……私の話、聞いてくれる?」
嫌になるほど綺麗な満月に手を伸ばして、未来は語り始めた。
今夜と同じような満月の夜。
お母さんとお父さんと三人で、レストランに行った帰り道。美味しかったね、また行きたいね、なんてお話して、幸せな気持ちで家まで続く住宅街を歩いていた。そんな私たちの、どこにでもあるようで、もうどこにもないささやかな日常は、たった一体の魔物に奪われた。
「■■■■■■■■■■———!!!!!」
禍々しく、邪悪で巨大なその魔物の咆哮が、平和な街を襲った。建物は崩れ、電柱は倒れ、その魔力に耐えられない人も倒れ伏していく。空を飛ぶ黒い巨龍の黒い体から放たれる黒い魔力が、瘴気が夜空を侵食し、星々の光を塗りつぶしていく。
街中を侵食する強大すぎる瘴気を吸い込んでしまった私は、咳が止まらず座り込んでしまう。
「なに、これ……」
「とにかく逃げるぞ! 未来、しっかり掴まって!」
私と同じように恐怖に震えるお母さんとお父さん。
それでも、何とか助かるために龍のいる方とは反対に向かって走り出す。お父さんは動けない私を抱えて、汗だくになりながらも必死に必死に、普段から運動なんてしないのに、頑張って私を連れて行ってくれた。
ダンジョン災害。その中でも、私が経験したそれは、史上最悪の災害。
黒龍が地上に現れ、呪いをまき散らし、数えきれないほどの魔物が地上へ進出してくる。
黒龍のいない方向へ向かっても、そこら中に魔物が出現していた。ゴブリン、コボルト、狼、蝙蝠、そして、龍。それ以外にもたくさんの魔物が溢れだし、あっという間に世界は地獄になった。
恐怖と悲鳴に支配された私の周りは、どんどんパニックに陥っていた。
避難場所とされている近くのダンジョン協会へ向かい、我先にと人々が走る。私たちも、その中を必死に進んでいた。
しかし———
「あっ————」
だれかがそう漏らした時、私たちの目の前に
そして、その巨龍が口を開いた瞬間————、
「止めろ————ッ!!」
誰かがその間に入り、その咆哮を受け止めた。
「ぐっ…………」
ボロボロになりながらも、その探索者らしき人が攻撃を止めてくれたおかげで、私たちは直撃を免れた。でも、その威力は街を更に破壊し、瘴気の拡散を止めることはできなかった。
そして私たちは呪いの魔力に侵され、体に異変が出始めた。
目が見えないと叫ぶ人、足が動かなくなって絶望する人、魔力を奪われて戦えなくなった人、なんて様々で。
私の両親も例外ではなかったが、逃げるのに支障を及ぼすほどではなかった。でも、二人とも辛そうだったからそこからは私も自分で走りだした。黒龍と探索者の戦いで生まれた時間を活かして、必死に必死に走った。
そして、ダンジョン協会まであと100メートルを切ったか、というところで悲劇が起きた。
「————あっ」
疲れで足が絡まってしまったのか、お母さんが転んでしまった。それを助けようとしたお父さんが支えようと止まると、後ろから押してくる避難者によって、ふらふらだった二人は壁の端に追いやられていく。
少し空いた空間に出た私が、後ろを振り向くと、こちらに向かって何かを叫び、涙している両親が見えた。
「いや————! 死なないで! 誰か……助けてよ!」
迫る魔物から逃げるために押し合う人々に押されて、足を止めてしまったお父さんとお母さん。必死に走っていたが、一度足を止めてしまい、もう力が入らなくなったようで、壁に背を預け、肩で息をして……ただ、死を待っている。さっきの叫びで、最期の力を振り絞ったのか、もうほとんど、動けないようで……。
すぐそばを通る大人の人が、ちょっとだけ、ほんの少し、ここまでの距離だけでも、背負ってきてくれたら……。
いつもみんなに優しくて、情けは人の為ならず、なんて言ってるお父さんの言葉が、本当だって思えるのに。
誰も、誰も助けてくれない……。周りには、たくさん人がいるのに……。
私が戻ろうと人の流れを逆らおうにも、小さな体では全く前に進めない。
両親のすぐ近くには、たくさんの魔物が迫っていた。
「お願いします、あそこ! 私のお父さんとお母さんが——!」
協会のすぐ近くまで辿り着いた私は、動けなくなった両親を助けてもらうために、近くを守っている探索者らしき人に助けを願った。
「あれは、無理だ……」
探索者の人を見ていた視線を戻すと、お父さんとお母さんは、避難を急ぐ人に押し潰されて、倒れこんでいた。
「——————っ! ああああああああああ!!!!」
人波に揉まれて意識の無くなった私の両親は、
それから、私だけが避難して、助かって。
でも、【千呪の黒龍】の呪いは私の体にも残っていた。
それが、【吸魔の呪い】と【常夜の呪い】。
毎日、毎分、毎秒魔力が少しずつ奪われていく呪い。
そして、だんだんと眠りに支配されていく呪い。
それからはずっと、弱っていく体と戦いながら、起きていられる時間は、探索者になるために魔力操作を鍛え、魔法を磨き、力を付けてきた。
避難中も、避難後の生活でも、他人へ絶望した私は、いつか一人で【千呪の黒龍】を倒すために、死ぬ気で戦ってきた。
家族もいなくなって、私にはお昼がないから学校にも行けなくて、他人なんて信用できないから一緒に戦う仲間なんて見つかるはずもなくて。
ずっと一人で戦って、力が足りなかったら……死ぬ覚悟だったのに。
呪いが解くこと以外、何にも眼中になかったのに。
「レオがあの時助けてくれたから、私も
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