第22話 大雨

 呪い。その効果は千差万別。


 呪いに遭う原因は、呪いの瘴気を吸ってしまったり、呪いの魔力を纏った魔物の攻撃で傷を負ったりすること。しかし、ほとんどの呪いは、かかってすぐにならば治療することができる。


 しかし、五年前の災害で俺たちを襲った【千呪の黒龍】を含む魔物の大行進では、三桁では足りない死傷者が出た。医療従事者の数が足りるはずもなく、街を襲った黒龍が各地にまき散らした呪いは、人々に大きな傷跡を残していった。軽いものから、重いものまで、様々な呪いを。


 あんな話を聞かされて、いてもたってもいられず学校はサボった。未来のためにできることを探すため、とにかく情報を探ろうと協会の資料室で呪いの情報を探していた。


 当たり前だが、確かな治療法があれば医療機関が既に何とかしているはずだ。それをわかっていても、とにかく行動を起こさずにはいられなかった。


 【吸魔の呪い】についての記述はたくさん見つかった。呪いを使ってくる魔物は多く、その大半がこれだ。そのため、治療方法は長い間模索されてきた。おかげで現在はこの呪いを解呪するための魔法の使用者も多く、解呪は比較的容易になっている。


 呪いをかけた相手が、【千呪の黒龍】でなければ。


 やはり、どれだけ資料を見ても解決方法は二つだけ。神聖魔法や治癒魔法で解呪するか、原因の根本たる魔物を倒すか。前者は現実的ではない。


 【常夜の呪い】についての情報も少しは見つかったが、治療法や過去に治った人の話はどこにもなかった。


 魔法の力は、魔力と魔素量に関係する。つまり、高ランクの探索者の魔法ほど力を持つ。しかし、高ランクの冒険者で治癒や神聖属性の魔法を習得している人はいない。医者兼高ランク探索者の人が現れれば、話は別なのだろうが、世界で最高位の治療魔法を持つ人はBランク。S級最上位の魔物たる【千呪の黒龍】の呪いを解くにはあまりにも力が足りない。


 その人の成長を待つなんてことはできない。その人がより強くなるのに賭けるなんてただの運任せだ。それに、いつ未来が眠りに囚われるかわからない。やはり、解決するには、【千呪の黒龍】を打倒するしかない。


 A級に昇格して、S級の魔物とは何度も戦った。そもそもが格上の存在。接戦の末なんとか、二人で戦って、本当にギリギリ勝利してきた。


 その中でも……【千呪の黒龍】は別格だろう。S級と一口で言っても、S級より上の階級が存在しないため、その中でも強さにはかなり差がある。


 しかし、幼いころ見た【千呪の黒龍】絶望の姿は、【酒吞童子】や【雷鳴の金獅子】よりも遥かに強大だった。それを、倒す……。いや、倒さなければならない。


 未来を救うためには、それしかない。


 いつか強くなって倒したいとは思っていた。しかし、こんなに早くその機会が来るとは。


「そろそろか……」


 明るく晴れていた空は一転して大雨が降っている。しかし、雨の音すら聞こえないほど集中して調べていたようだ。壁にかかる時計を見ると、秋宮さんに来るように言われた時間が近づいてきていた。何の収穫も得られないまま、俺は病院へと向かった。






 昨日来た時に比べると、まだ人が多い院内を進み、病室の前に立つ。


 ノックをするために、拳を作る。扉を叩こうと頭は考えているが、体がストップをかけてくる。


「——よしっ」


 深呼吸して落ち着いてから、扉を叩く。


「はーい」


 聞こえてきた声は、


「こんばんは、残念ながら、未来ちゃんはまだ起きてないわ。中、どうぞ」

  

 俺のよく知る少女の声ではなく、昨日初めて出会った看護師の秋宮さんだった。


 病室に入り、眠る未来の側にあった丸椅子に腰かける。

 

 昨日見たときと同じように、すやすやと眠っている。その寝顔からは、本当にそんな呪いに苦しんでいるのか疑問に思うほど穏やかだ。


「いつもはこのくらいには起きるんだけど……今日は遅いわね……」


「……そうなんですか」


「担当の先生が、もしかしたら……他の呪い——つまり、【酒吞童子】の呪いと体を蝕んでいた呪いが何らかの反応を起こして、悪化しているかもしれない……って」


 ただ呼吸することしかできない俺を残し、まだ仕事が残っている秋宮さんが部屋を出ていった。

 



 それから部屋の時計の長針が一周しても、未来は目を覚まさなかった。

 



—————


明日から怒涛の更新をします

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