第21話 眠り姫

 【酒吞童子】を倒した俺は、未来を抱えて、天草ダンジョンの入り口へと向かっている。


「にしても、全然起きないな……」


 呪いに苦しんでいた時とは違い、未来は落ち着いた呼吸で眠っている。


 時刻はもう深夜一時を回ろうかという時間。今日はかなり長引いてしまった。ダンジョンの入り口付近にいた警備員さんに挨拶をして歩き出した後、俺はあることに気づいた。


「俺、未来の家知らないぞ……!?」


 どうしよう。親御さんが心配するだろうし、うちに連れて帰るわけにはいかない。気持ちよさそうに眠っているところに申し訳ないが、起こすしかなさそうだ。  


「おーい未来さーん、起きてくれ~」


 優しく体をゆすりながら、肩をたたくが、反応は芳しくない。それにしても、睫毛長すぎないか……。一緒に戦うことはあっても、ダンジョン以外の場所で一緒に過ごすことなんてなかったから、その容姿の良さを今になってようやく感じる。


 寝顔を見てそんなことを思う自分をちょっとキモいな、と思いながら起きるのを待っていると、足音が聞こえてきた。


「起きないわよ」


 二十代くらいだろうか。落ちついた印象を感じさせる、茶髪の長髪を真っ直ぐ下ろした女性が、突然声をかけてきた。


「え?」


「その子は私が預かるわ。連れて帰ってきてくれてありがとう、レオくん」


「いきなりそんなこと言われても、知らない人に預けるのはちょっと……。失礼ですが、どなたですか?」


「本当に未来ちゃんから何も聞いていないのね。ごめんなさい。私は、未来ちゃんが入院している病院の看護師で、仲良くさせてもらっている秋宮楓です。どうぞよろしく」


 申し訳なさそうに謝ってくる未来さんの言葉が、俺を困惑させる。


「どうも、響怜央です……って、え? 入院? どういうことですか?」


「肝心なことは本人から聞くべきだと思うんだけど……最低限のことは伝えておくべきか。時間は大丈夫? 信じられないなら、未来ちゃんを抱えたまま付いてきて欲しいんだけど」


 この人から悪い雰囲気は微塵も感じられない。嘘をついて未来を連れ去ろうという考えもないだろう。とにかく話の内容が気になった俺は、その話に乗ることにした。






 天草ダンジョンから、暗い夜道を歩くこと15分。


 広々とした敷地の上に立つ、ガラス張りの大きな病院には、ほとんど明かりがない。未だ目を覚まさない未来に不安を感じながら、秋宮さんと院内を歩く。


「未来とは、どういう関係なんですか?」


「ただの患者と看護師、っていうにはちょっと仲が良すぎるわね。うーん、もう五年くらいの仲だし、私はちょっと年の離れた妹みたいに思ってるわ」


「五年……」


「詳しい話は本人から聞いてもらわないといけないけど、ここまで来てもらって、何も言わずに帰すわけにはいかないわよね……。最低限は、私の方から伝えておくわ」


「は、はい……」


 未来の名札のついた病室へと入り、ベッドの上に未来を寝かせる。秋宮さんが未来の頭を優しく撫でると、悲しそうに瞳を閉じて口を開いた。


「未来ちゃんはね……五年前の【千呪の黒龍】の被害者で、命こそ助かったんだけれど、重い呪いにかかってしまったの。それが、【吸魔の呪い】と【常夜とこよの呪い】」


「その……効果は、どういうものなんですか……?」


 【吸魔の呪い】は、聞いたことがある。師匠もその呪いに苦しめられている。魔力が徐々に失われるが、自然に回復する魔力量の量によっては魔力を使えない生活になってしまうらしい。しかし、A級にまで届いた未来なら、そんなに心配はないだろう。


 しかし、明らかに不穏な【常夜とこよの呪い】。一度も聞いたことがない名前だが……。


「【常夜の呪い】にかかると、太陽が出ている時間に、意思なんて関係なく勝手に眠るようになるの。ずっとずっと、夜にしか生きられなくなってしまう。そしてさらに……起きていられる時間も減っていく」


「え……」


「一日を、徐々に眠りに侵食されていく呪い。だから、未来ちゃんは五年前から……あの災害の日から、学校も行けず、友達も作れず、家族もいない中で、一人で生きてきたの」


 夜にしか配信しない美少女探索者、未来。以前、夜にしかダンジョンに挑まない理由を尋ねたとき、朝起きれないから、なんて言っていたことを思い出す。俺は、ただの冗談だと思っていた。

 

 【酒吞童子】の呪い。【聖なる炎】で俺はある程度防げていたにもかかわらず、未来があれだけ苦しんでいたのは、もともと自分の中に呪いがあったからなのかもしれない。


 未来と過ごした記憶が、真実味を帯びさせてくる。


「その、起きている時間が減るって……具体的には、どうなってるんですか?」


「今はだいたい、19時から1時くらい、……。A級になったおかげで少し伸びたみたいだけど、眠りの進行を止めることはできていないわ。だから、呪いの根源を倒そうと頑張ってダンジョンに挑んでいるんだけど……ね」 


「たったそれだけしか……起きていられないなんて……。治癒魔法や神聖魔法は……」


 秋宮さんが、首を横に振る。


「【千呪の黒龍】クラスの呪いを解ける能力を持ってる人なんて、世界のどこにもいないわ。だから……」


「————倒すしかない、ですか」


「ええ」


 呪いの被害者はもちろん未来だけではない。国も協会も【千呪の黒龍】の討伐に全力で取り組んでいた。しかし、捜査は難航しており、今もどこにいるか分からない。


 かつての日本最強でさえ、撃退で精いっぱいだった魔物。実際、S級の中でも師匠は飛び抜けて強かったため、そんな人が勝てなかった魔物を他のS級で倒せるのか、という疑問はある。


 だが、そんなことを考えている間にも、呪いは進行する。だから未来は、ダンジョンに挑んでいるのだろう。毎日訪れる、安息の時間である眠り。それを恐怖の象徴に変えるこの呪いは、本当に許せない。


「明日19時、ここに来て。その時に未来ちゃんから本人から、詳しく聞いてね」


「わかり、ました」


 思考を整理しようとするが、全く考えがまとまらない。


 突然知った仲間の状況に、頭がパンクしそうになった俺は、夜道をどう帰ったか、全く記憶がない。方針状態のまま、気づいた時には家にいた。


――――――


第四話の【暴炎の猛牛】のランクをS級⇒A級に修正しました。


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