第14話 一夜明けて

 激戦を終えた次の日。


 昨日は結局、帰ってからも心配したのか、様子を見に来た愛花を安心させて送り返し、さっと風呂に入った。視聴者やネットの反応を確認する元気がどこにもなかったので、即ベッドへダイブして、死んだように眠っていた。

 

「眠い……しんどい……だるい~」


 布団から離れるのがつらい。今日は学校の創立記念日らしいので、起きる必要なんてないのに、勝手に起きてしまう。まるでプログラムされているみたいで抗いたくなる。


 ベッドの脇で充電していたスマホを、寝転がったまま手だけで漁り、手に取ってだらだらいじる。


 順調に伸びているチャンネル登録者の数を見てニヤニヤしてしまう。一日でプラス二万人……。昨日の生配信のアーカイブは、まだあれから一日も経っていないのに50万再生を超えている。物凄い数字だ。


 気分良く浮かれていると、そんな俺を落ち着かせるように、LINKの通知が来た。


 岩重心『今日、空いてるか?』 


『夜以外は空いてます』


 岩重心『昼1時、協会の訓練所で待つ』


 師匠からの連絡だった。相変わらず淡泊で、メッセージにさえ師匠らしさが表れているなあ、と苦笑いが漏れる。ついでに海外にいる両親や、学校の友人たちからのメッセージを返し、着替えて朝ごはんと歯磨きを済ませる。


 時計を見ればまだ8時。俺と同じ月見ヶ峰の生徒でもない限り、同世代の大半は学校の準備をしている時間帯だ。もし未来を誘ってダンジョンに行こうにも、学校があるだろう。聞いてなかったけど、どこの学校に行ってるんだろうか。


 ダンジョン協会に行くまでどうしようかと考えていると、


「おっはよー!」


 扉が開けられた音とともに、朝一番のうぐいすみたいに元気な声が聞こえてきた。


 ドタバタと鳴る足音がどんどん大きくなってくる。またベッドに飛び込まれて、学校で変なことを言われると面倒なので、こちらから部屋を出迎えることにした。

  

「はいおはよう」


「なぬ、想定外。おはよー、もう起きてたんだね。ぐっすり寝てたら抱き枕になってあげようと思ってたのに」


「やめてくれ……ていうか、今日はどうしたんだ?」


 いつも休日はモデルの仕事で忙しくしているので、休みの日の朝っぱらからウチに来るなんてことはほとんどない。


「普通の人は学校がある日だから、今日はお仕事もなくて暇なの。テストが近いから、怜央くんと一緒に勉強しようかなーって」


「そういえばそうだったな……」


 俺は親との約束で、勉強をおろそかにすると探索者をやめさせられるので、そこそこ勉強は頑張っている。そのため、学年でも上位ではあるが……。


「愛花、ずっと学年一位じゃん。俺が教えることとかなくないか?」


「えー、保健体育とか? わたし、全然分からないよ~、教えて~?」


「中学生男子みたいなこと言うな、帰らせるぞ」


「ごめんごめん、そういえばもうご飯食べたの? 何か作ろうか?」


「もう食べた、ありがとな」 


「あらら、じゃあゲームしよー」


「勉強はどこに行ったんだよ……」


「もう全部分かるから、勉強なんていらなーい。それより遊ぼー! こんなお休み、なかなか無いんだから!」


「確かに!」


 話題が二転三転していく幼馴染に振り回されて、リビングまで連れ出された。そのまま慣れた手際でテレビを付け、ゲームを立ち上げる。


「俺、昼から用事あるからそれまでな?」 


「えー、もう逃げること考えてるの? ざーこざーこ」


「よっしゃ、分からせてやる。まずは10本先取で!」


「おっけー!」


 大熱闘スーパーシスターズ。操作が分かりやすく、みんながやっているため、友達の家で遊ぶならだいたいこれになる神ゲーだ。


 白熱するゲーム対決は、接戦の末、愛花が勝利した。


 体使って妨害するのはずるいって……。これが3Dゲームってやつか……?





 昼ご飯を一緒に作り始めたときから、食べ終わるまでも煽られ、再戦の約束をして、悔しい気持ちで家を出て協会へ向かう。


 通い慣れた空間。昨日のダンジョンで得た戦利品を換金するために受付の方に渡して、訓練場へ向かう。


 こちらから訓練を付けてほしいと頼むことは多かったが、師匠からの呼び出しというのはあまり多くない。何の話だろうか。


 大岩のようにどっしりとした存在感を持つ師匠が、腕を組んで訓練場の中心に立っていた。眼帯の厳つさもあって、子供が見たら本当に泣きそうな外見だ。


「おはようございます!」


「おう、来たか」


「今日も訓練つけてくれるんですか?」


「いや、それもあるが本題は別だ。魔晶石を出せ」


「あ、はい」


 大事にしまっていた魔晶石を取り出し、魔力を流す。


 すると石からは、昨日までとは全く異なる、輝かしい黄金の光が溢れだした。


「やっぱりか。おめでとう、怜央。これでお前もA級探索者だ」


「ほんとだ! やったーーーー!!!! 俺、やりましたよ、師匠!」


「良かったな。これからも気を抜くんじゃないぞ」


「はい!」


 十六にもなって、子供みたいにはしゃいでしまう俺を見ている師匠は、まるでお父さんのように優しい目をしている。実際、子供とかいるんだろうか。


「A級になったなら安心だ。実はな、天草ダンジョンのランク認定を上げるべきだ、という意見が協会でかなり議論されているんだ」


「なるほど、そういう話だったんですね……」


 ダンジョンのランクは、協会がすべて決定している。現在の天草ダンジョンはA級ダンジョンで、挑戦するには一つ下のB級以上の探索者資格が必要になる。


 B級のままだと、ダンジョンのランク認定が上がってしまえば探索することができなくなるから、俺に話してくれたのだろう。


「ああ。あともう一点。これは頼み事になってしまうんだが……」


「頼み事……?」


 俺がここまで強くなれたのは、間違いなく師匠の訓練と教えのおかげ。よっぽどの内容でもない限り、断るという考えはないが……。


「お前らの影響で夜のダンジョン探索を始めるダンジョン探索者がかなり増えているんだ」


「なるほど」


「それ自体は悪くないんだが、魔素量が同じランクのダンジョンでも苦戦しているような探索者が、まあ低ランクの駆け出し達なんだが、身の丈に合わない挑戦をして大怪我をすることが多発していてな……幸い、まだ死者は出ていないんだが」


「なるほど……?」


「協会側からも話して止めてはいるんだが、全員を把握できるわけではないからな。お前たち二人のように人気になりたい、憧れている、という若い層にそういう者が多いから、配信でお前から一言言ってもらえるとありがたいんだが……」


「もちろんです! ちゃんと言い含めておきます!」


 俺たちの影響で、協会もかなり苦労しているようだ。協会にいる人たちは、元探索者の人もかなりいるため、探索経験のあるしっかりした先輩が多い。ただの職員と舐め腐るアホ新人どもは実際、すぐに鼻っ柱を折られるのだが、ちょっとした成果ですぐに調子に乗ってしまう人間もいるわけで……。


 一度の気分で夜探索を行い、大怪我を負って二度と復帰できなくなる、あるいは命を失うなんてことが起きれば、本人も周りも辛いだろう。影響を与えた側として、注意喚起はしっかりしておこう。


「悪いな、助かる」  


「いえ、これくらい全然です!」


「よし、じゃあ堅苦しい話はここまでだ。怜央。お前もランクアップして、体の感覚が変わっているはずだ。とにかくるぞ。そろそろ手加減も要らなくなってくる頃か?」


 申し訳なさそうだった師匠の顔は、ニッと笑った後、一瞬で戦士の顔つきになった。

 

「切り替え早いっすね……」


「とりあえず、色々スキルが増えてるから、使ってみながら模擬戦しろ。行くぞ。構えろ」


「ちょっ! まだ魔晶石、全く見れてないんでちょっとタイムで!」


「わかった。1分後に始めるぞ」


「うっす!」


 急かされた俺は、急いで成長した自分の能力を確認した。







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