第12話 【完全燃焼】

 こちらを睨みつけ、二本の足で堂々と立つ【雷鳴の獅子王】へ接近する。


「先手必勝! 行くぞ、未来!」


「うん!」


 相手の動きや能力が分からない以上、最善は一撃で仕留め切ること。俺たち二人の基本的な戦闘スタイルは、俺が前を張って相手を消耗させ、未来が敵と相性のいい魔法でダメージを与えていくもの。それが通用するのが最善だが、明らかにやつは存在感が違う。


 だからこそ、あらゆる守りを無視できる俺の全力の魔法が、どれだけ通じるか。それがこの戦いの鍵になる。


 こいつが現れた瞬間からチャージを開始していた【燎原之炎】を使い、初手でヤツの首を断ち切る――!


「――――ハァッ!」


 魔力の身体強化に加え、足から炎を放出し、 俺の運動を加速する。抜刀術のように左から斬り上げようと腕を振り切った。


 俺の、渾身の一撃は——


「■■■■■■■■■■!!!!」


 暴風、いや、紫電を纏った獅子王の剛腕によって容易く受け止められた。


「なっ——————!?」


 バックステップで距離を取ろうとする。しかし、もう遅かった。


 人間よりも遥かに大きな巨体から放たれる高速の蹴りが、俺を襲う。咄嗟に蹴られる部分に魔力を集中して守りを固めながら、剣の腹でなんとか受け止めた。


 しかし、あまりの力の差から、俺は吹き飛ばされる。

 

 剣を通して伝わってきた衝撃は両腕から全身へ駆け巡り、頭から足の指まで浸透した。


 身体が浮いている。


 自分の意志とは無関係に、ただ吹き飛ばされる。


 何十メートル飛ばされたか分からない。


 荒野に乱立する岩場へと直撃し、ようやく勢いが止まる。しかし、背中に衝撃が走り、体が休息を求める。薄目で怪物を見ると————


「レオ! くっ——、あっ!」


 こちらへと追撃を仕掛けようとする獅子王の攻撃に割って入り、なんとか受け流している未来の姿が見えた。 


 一手対応を誤った未来が衝撃を殺しきれず、致命的な隙を晒す。


 また、守れないのか——。また俺のせいで、大事な人が傷つくのか。そうならないために強くなろうと戦ってきたのに、結局何も変わらないのか――。


 ――その瞬間、苦い記憶が蘇る。


 幼少期に起きたダンジョン災害。魔物の氾濫。E級の魔物に襲われた俺は、愛花を守れなかった。手を引いて一緒に逃げ続けた先の行き止まり。そこでただ、体を張って震えていることしかできなかった。


 たまたま探索者の助けが間に合い二人とも無傷で救助されたが、己の無力を思い知った。


 もし、助けが来なかったら。


 もし、あの魔物がもう少し早かったら。


 もし、俺に勇気があれば。


 もし俺が、俺の憧れるヒーローだったら、主人公だったら。こんな醜態は晒さず、魔物を一人で撃退し、何の苦しみも感じず愛花を救えただろう。


 でも俺は、主人公じゃなかった。


 だから、守れなかった。


 ヒーロー願望を持っているくせに、土壇場でビビるクソガキだった過去と決別するために、がむしゃらに強くなった。


 大事な人おさななじみを守れるように。大事な人はじめてのなかまを守れるように。自分がそんな人間になりたかった。そうであると証明したかった。だから有名になりたかった。だから強くなりたかった。


 しかし今、俺を庇ったせいで窮地に陥った仲間がいるのに、ただ見ているだけ——


 過去の俺を幻視する。振り下ろされるゴブリンの槍を、両手を広げて愛花だけは守ろうとしながらも、目を瞑って受け入れようとしている瞬間。俺が死ねば、後ろにいる子も死ぬのに。


 その止まった時の中から、幼い声が聞こえてくる。


『また、逃げるの?』


『やっぱり、何にも変わってないの?』


『それで、いいの?』


「良い訳ねぇだろ——————————!!!!!!」 


 距離にして十メートル。死ぬ気で走ればギリ間に合う——!


 頭が熱い。体が熱い。心が熱い。


 全身を燃やし尽くす勢いで燃え上がる炎が俺を包みこむ。


 止まって感じる時間の中で、明瞭で不明瞭な、訳の分からない世界を爆速で駆け抜ける。


「【限界突破】! 【完全燃焼】オーバーロード! 届けぇええええええええええ!」


 力の制御に失敗し、閃光のように獅子王へぶつかる。


 【完全燃焼】オーバーロード。たったいま発現した俺の新スキルの効力は、明らかにコイツに通用する。


 黄金色に輝く炎が俺を包み込む。この炎はただの光ではなく、見る者を魅了するような神々しい輝きを放っている。炎はまるで生きているかのようにゆらめき、風に逆らうように常に体に纏わりついている。敵には容赦なく、味方には優しい金の炎は、以前から疑問を持っていた、俺特有の炎の性質が現れている。

 

 痛んだ腹の痛みが消えていく。


 さっきのお返しのように、その一撃は獅子王の巨躯を十メートルほど吹き飛ばした。


「レオ……?」


 今まで纏っていた炎とは明らかに異質な炎を羽織る俺に、未来が驚いている。


 そりゃそうだ。俺自身もよくわかっていないんだし。


 怪力を何度も受け流すことで傷ついていた腕に、優しく触れると、神々しい炎によって、赤みが瞬時に引いていく。


「ごめん、助かったよ未来。ここからは、俺が前でアイツとやりあう。表皮は固くて耐性があるかもしれないけど、開いた傷口はそうもいかないはずだ。絶対に隙を作るから、頼りにしてるぞ?」


「……分かった。でもその状態、多分長時間は無理だよね?」


「わからん! 危なくなっても、気合でどうにかするさ」


「ふふっ、おっけー。とにかく早めに決着をつけよっか。さっきの攻撃もかなり効いてそうだし」 

 

「ああ」


 獅子王が立ち上がる。その赤い瞳は血走り、俺への殺意で溢れている。


 先ほどまで強大で、とても歯が立たないと感じていた相手。しかし今なら、勝てる。なぜかそう断言できるほどの自信が湧いてくる。


「■■■■■■■■■■!!!!」


 【雷鳴の獅子王】が咆哮と同時に俺へと踏みだす。


 音速を超える速さで迫り来る巨躯が、とても遅く感じる。未来に近づかせないために俺もヤツに接近する。お互いの一歩で爆音が響き渡り――、


 そして、二つの力がぶつかり合う——————!





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