第7話 ぼっち卒業後夜祭・キミの命はもうないぞ♡
未来と一緒に夜の天草ダンジョンを五層まで攻略した後、家に着いた頃にはもう23時を過ぎていた。ダンジョンに来る前にコンビニで軽食を口にしただけなので、めちゃくちゃお腹が空いている。カップ麺でも作ってさっさと寝よう。
家の扉に鍵を差し込んだ瞬間、全身に寒気が走る。
——逃げろ。
嫌な予感が止まらない。
なぜかは全くわからないが、とてつもない圧を感じる。空気が重い。扉に触れている指先が震える。
————逃げろ。
周囲のどこにも魔力を感じない。にもかかわらず、全身が危険信号を出している。あまりの危機感にもう一度周囲を見渡すが、どこにも異常はない。
——————逃げろ。
落ち着くために一度深呼吸をし、意を決して扉を開く。
「よしっ」
ガチャ、と扉を開いた先には、女の子の靴があった。
家のどこかにいるだろう幼馴染に向けて声をかける。。
嫌な予感の正体に震えながら、恐る恐る。
「……ただいま~?」
「おかえり~?」
驚くほどいつも通りの様子で、愛花が歩いてきた。おかしい。
いつもならこんな時間にまだ俺の家にいるなんてことはありえない。
まだ高校生の女の子である愛花には、門限がしっかり存在している。仕事でもなんでも、隣の家だとしても、二十二時までには家に帰る。そういう約束でご両親に厳しく言われていたはずだ。とくにお父さんの溺愛っぷりからすれば、今頃ブチ切れているに違いない。
「門限、大丈夫か?」
「えー? 心配してくれてありがとう……普通に許さないけど」
言葉の前半と後半で、百八十度声色が変わり、その怒り具合に背筋が凍る。
————————逃げろ。
「とりあえず、上がって~? お風呂とご飯はいったん後ね」
「はい……」
二人でリビングに向かうと、キッチンにはラップされた晩御飯が置いてあった。机には学校の問題集とノートが広がっていて、かなり待たせてしまったことを悟る。何時から待ってくれていたんだろう。
そして、つけられたテレビは、俺と未来が抱き合っているところで止められていた。
「あ」
「そこ、正座」
「え」
「いいから」
「あ、えっと……」
「黙って座る!!!!」
「はい!!」
「それでいいの。で、被告人。こいつとは、どういう関係なの」
苛立ちを隠せない愛花は、腕組みしながら小さな右足で床をぺちぺち踏みつけている。下から見上げる彼女の瞳が、いつもより昏く見えて怖い。物凄く怖い。
「未来さん、のことでよろしいでしょうか……?」
「当たり前でしょ」
「たまたま近くにいたので助けて……たまたま臨時でパーティ組んで……たまたま相性が良さそうだったので……その、一緒に組むことになった人、です」
「打ち合わせとかしてないの? 前もって一緒に行こうとか決めてたんじゃないの? あんなスムーズにいくもの? ていうかなんであの人あんなに強いのに四層なんかで怪我してたの? 普通に倒せるでしょ? いつからの知り合い? また他の女? ああいうのが好きなの?」
「はやいはやいこわいこわいこわい」
「ねえ、さっさと答えて」
「えーっと……」
怒涛の質問に、何を答えればいいのか分からなくなる。そうしている間にも、このお姫様の機嫌は悪くなっていく。さっさと答えない俺にしびれを切らしたのか、愛花がため息をつく。
「一個ずつでいいから。ちゃんと答えてね。まず、なんで夜のダンジョンに行ったの。私、つい最近行かないでって行ったよね? 実際に一層ですら普通に危なかったじゃん」
「その、とにかく早く強くなりたくて……」
「なんで?」
「いや、その……有名になりたいから……」
「それは理由の半分も占めてないよね。また私を守れなかったらどうしよう、とかそんなこと考えてるんじゃないの?」
ギクッ、とどこかで音が鳴った。
「私、もう高校生なんだけど。魔物が溢れだしたら助けぐらい呼べるし、自分である程度時間くらい稼げます。いつまでも庇護対象の何もできない子供と思わないで」
「はい……」
「行かないでって言っても行くんだろうけど、絶対死なないで。怜央くんが死んだら私も死ぬと思ってて」
「それはダメだろ」
「それくらいだと思って。何が何でも生き延びてよ。死んだら許さないから」
あまりに鋭い眼光に、頷くことしかできなくなる。
「わかったよ……」
「あと、夜にダンジョンに行く日は、先に晩御飯、ちゃんと食べてから行くようにして。早めに作るから、絶対私と一緒に食べること」
「大丈夫か? 学校とかお仕事とかあるんだから、しんどいだろ」
「大丈夫、私が要領いいこと、知ってるでしょ?」
「分かった。その代わり、絶対無理しないでくれよ。普通の日は適当に食べるし」
「はいはい、とりあえず明日からはオクラと納豆と里芋いっぱい出すから♡」
「やめてぇ……」
「は~い、じゃあ本題いくよ~?」
「っす………はい」
「あの女とはどういう関係ですか~? モテモテですね~? さぞかし、たいそう、とーーーーーーーっても嬉しそうでしたけど、好きなんですか~? ねぇねぇ教えて~?」
猫撫で声で凄く可愛い声なのに、怖すぎて頭がバグる。
——————————逃げ、られない。
「いや、本当に、初めて出会っただけです……特に好きとかそういうのはないです!」
「初めて会った子とハグするんだ。しかも二回も」
「いや、それはその……」
「へー、しかも下の名前で? 呼び捨てで?」
「ッス――……それはその、苗字が分からなかったし、同い年らしいから……」
「学校で他の女の子を呼び捨てしてるところ、見たことないんだけどな~? あの子が特別ってこと~?」
「いや……ちょっと昔の愛花に似てるところを感じて、親近感が湧いたといいますか……」
「へぇ~? ふーん……それでごまかされてあげる。じゃあ呼び捨ての話はいいや」
いったん落ち着いたのか机からリモコンを持ってきて、俺の隣に座った愛花はテレビを操作する。
助かった……。そう思ったのも一瞬だけ。
——逃げろ。
俺と未来のハグシーンを何度も再生し、こちらへにじり寄りながら、顔を凝視してきた。妹分の整った顔が近づいてくる。怖い。
「こっちは?」
第六感の原因が、ほっぺをぷくっと膨らませてかわいらしく不満を主張してくる。
「いや、その向こうから来たので……」
「じゃあ、何でここで背中に手まわしてるの? 跳ね除けたりもして無くない? 正直に言ってくれたら許してあげるよ~?」
「ごめんなさいかわいい子に抱きつかれて嬉しかったですごめんなさい」
「はい〇す」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!!!」
ほっぺを思い切りつねられ、滅茶苦茶痛い。しかも全然離してくれない……。
「あの子がいいなら、私はもっとしてもいいよね?」
「いや、良くな……痛い! ……良くなくない……ですけど」
「はい! じゃあぎゅってしようね」
「こっちから行くのはちょっと流石に……」
「ねぇ、怜央く~ん。私の部屋で~、お父さんとお母さんに、私の部屋に行くのを見送られて~、朝までずーっと添い寝するのと~、どっちがいい~?」
「はいぎゅー!!!!!」
「良くできました~」
小柄な体を抱きしめると、愛花は離さないとでも言うかのように、全身で俺にしがみついてきた。ふんわりとシャンプーか何かの匂いが甘く香る。
「ちょ、強くない?」
「あの子の五倍はやってね~」
「え……」
「お父さーん! お母さーん! 私怜央くんに襲われちゃったの……。子供ができたかもしれないけど、絶対産むから、色々助けてね……!」
モデルなのに演技も上手い、愛花は本当に心臓に悪い。
「はいぎゅー!!!」
「よろしい」
体の柔らかさや暖かさが伝わってきて、非常に辛い。小さいころはよくあったが、大きくなってからはそうそうないのが普通だろう。何時ぶりだろう。
何分経ったかわからない。ようやく満足したのか、お姫様が力を抜く。
「もういいでしょうか……?」
「あと十セットね」
「無理無理、ダメです……」
「まあいいや、今日はこれだけで許してあげる~」
「おっ」
そう言うと、愛花は立ち上がる。急な態度の変化に戸惑いつつも、幼馴染を見送る。
「これはまだお遊びだから。明日からは、覚悟しててね?」
「え」
玄関を出ていく愛花を見送るため、俺も靴を履いて外へ出る。その途中に、愛花の耳が真っ赤になっていることに気が付いた。こっちばっかりドキドキしてたのかと思ったが、あっちもそれなりにダメージを喰らっていたようだ。
俺の家と愛花の家との距離は五メートルも離れていないが、それでも心配なのでうちに来てくれたときはいつも、家の中に入るまでは見送るようにしている。
玄関を二人で出ると、夜の冷たい風が吹く。
「いつもありがとな」
「いつもってほどじゃないでしょ? とりあえずご飯、ちゃんとあっためて食べといてよ? おやすみ、また明日」
「ああ、おやすみ」
扉を開けて家に入っていく愛花を見届けて、俺も家へ戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます