第6話 【境界の氷狼】

 空間の裂け目を抜けた先は、すべてが氷で構成されたお城の、玉座の間のような空間だった。神話の世界から飛び出したかのような神秘的な空間は、感嘆の息が漏れるほど美しい。

 

 この城を構成するすべての氷が、青白く発光している。窓からは月明りが差し込み、この空間の最奥、玉座のある場所を照らしており、そこには幻想的な雰囲気を感じさせる狼が、堂々と玉座に鎮座していた。


 約三メートルと、魔物の中で特別大きいほうというわけではないのにも関わらず、誰が見てもこの空間の主が分かるほど、存在感を持っている。


:綺麗……

:アニメみたいな場所だなあ

:夜だとさらに幻想的、美しすぎる……

:純白の魔物狼、怖いけど凄い好き……

:かっこよすぎだろ……

:ちょっと闇っぽい魔力纏ってるな、こいつも強化種か?


 A級の魔物、【境界の氷狼】。全十二層あるこの天草ダンジョンに挑戦するときの、一つの指標ともいえるボスだ。五層のボスからは格段に強さが上がる。こいつに真正面から勝てないまま先に進んでも、次の階層で待っているのは死だけ。全身から冷気を発しており、対策をしておかなければ寒さに耐えきれず、だんだんと弱らされていく。


 しかし、俺たちの魔法があればほとんど冷気は問題ない。俺は言わずもがな、未来は複数の魔法適正があるらしく、炎も使えるそうだ。


「【境界の氷狼】、夜になるとこんなに禍々しくなるのか……」


 この城の主からは、以前俺が戦った際と明らかな違いがあった。美しい白の毛並みの一部からは、禍々しい闇の炎のようなものが溢れ出ている。黒かった瞳は真っ赤に染まっている。夜のコイツの情報なんてどこにもないので、強化種であるのか、夜にはこうなるタイプの魔物なのか、判別がつかない。

 以前戦ったときは、見るからに炎に弱そうなので、接近戦で隙を作って炎をぶち込むだけで勝てたが……どうだろう。


「未来、氷と一体化するのに注意してくれ。この部屋のあいつはどこからでも襲い掛かってくるぞ」


「わかった。打ち合わせ通り、守りは任せるね」


 俺たちを認識した【境界の氷狼】が咆哮する。その魔力の奔流によって、炎さえも凍り付かせそうなほどの冷気がこちらを襲ってくる。


「来い!」


 俺が展開した炎の壁に二人で身を隠す。身を守っている俺たちを視認した氷狼が口を閉じた瞬間、床の氷と一体化し、どこにいるか分からなくなった。


 その瞬間、空間全体が俺たちの警戒対象となり、危険度が増す。口から放たれた魔力はまだ残留し、消えていないため、俺は手が離せない。


「未来! 頼んだ!」


「分かってる……来たっ!」


 玉座の反対側、俺が壁を張っている反対側の地面が一瞬隆起し、境界の氷狼が出現する。


「ここ!」


 俺が動けないタイミングでの急襲を、未来が完璧に弾き返す。【境界の氷狼】が弾かれた前脚を遊ばせている間に、俺たちは魔法を放つ。


「【轟炎】!」


「燃えろ!」


 赤と白の炎が氷狼へと飛んでいく。その瞬間、氷狼は再び地面と一体化し難を逃れようとした。しかし、一歩遅かったのか、俺より先に動いた未来の炎がやつにヒットする。


:うぉおおおお!

:やったか?

:どうだ!?

:溶けちまえ!


「よしっ……あれ、効いてない!?」 


 しかし、距離をとって現れた【境界の氷狼】の、攻撃が当たったであろう部分には、損傷がなかった。その部分は禍々しい闇の魔力に覆われることで守られていたようだ。


「いや、守ってるから、炎が弱点なのは変わりない。ただ、あの闇の魔力が色々と面倒そうだな……」


「だね。でも見る限り全身は覆えないだろうから、全身にダメージを与えられるくらいの一撃を入れるか、隙をついて同時に違うところに攻撃するか、そのどっちかができればいいけど……」


「とりあえず、お互い魔力を溜めながらチャンスを待とう。臨機応変にいくぞ!」


「おっけー!」


「【燎原之炎】! こっち来いやワンちゃん、散歩の時間だ! 一緒に燃えようぜ!」 


 俺は氷狼に駆けながら、【燎原之炎】を起動し、魔力を高めていく。白銀の炎が全身を包み、氷の床が溶け始めるが、気にせず敵へと踏み込む。


 こちらを睨みつける氷狼へと炎を纏った剣を振りぬくが、闇で覆われた前脚に守られる。その間に背中へと回り込んでいた未来が、背中から切りかかる。


 一瞬反応の遅れた氷狼の後ろ脚を傷つけることに成功したが、痛みに悶えた氷狼が乱暴に尻尾を振り回し、俺たちは距離を取らされる。


「よしっ」


 体の周囲に氷の礫を無数に展開した氷狼が、未来へとジャンプしながら流星群のように氷の雨を降らせる。退く空間のない未来は正面から受ける以外に選択肢がない。


「やらせるか! 溶けろ!」


 跳んだ【境界の氷狼】と未来との間に割って入り、二十秒ほど溜めていた【燎原之炎】の魔力を開放して、速度を上げて突進しながら切り上げる。ついでに展開した魔法が氷の礫をすべて溶かし切り、周囲が水分で満たされる。


「レオくん! 離れて!」


 とっさの声かけとともに、未来の魔力の高まりを察知した俺は、炎を逆噴射して氷狼から距離を取る。打ち上げられた氷狼は、俺に攻撃された場所を守ることに意識を割いていたのか、まだ体制を立て直せていない。空中に打ちあがっているため、氷と一体化して逃げることもできない。


「【魔力凝縮】【一点集中】【魔の祝福】、行くよ! 【轟雷】!」


 莫大な魔力とともに放たれた雷が、【境界の氷狼】に直撃する。周囲の水に伝導し、その威力はさらに高まっているのか、ヤツは撃ち落された。落下の衝撃によって霧がかかり、氷狼の姿が見えなくなる。


:うおおおおおおおおおおお

:神連携だあああああああ

:この子こんな強いの!?

:雷やべええええ!


「やったか!?」


:おい、その言葉はダメだろ

:生きてたらレオのせい

:マジで良くない

:生きてるにレオのちゃんねるを賭ける


 霧が消えるた先に、狼は立っていた。純白だった毛並みは黒く焦げ付き、限界が近いのか、闇の魔力も展開できないようだ。それでもまっすぐこちらを見つめるその立ち姿には、誇り高さすら感じる。


「まだ戦えるんだ……」


「ああ、だけどもう死に体だ。終わらせよう」


「うん……!」


 最後の力を振り絞るように、【境界の氷狼】が叫ぶ。最初に放った咆哮から考えればとても弱々しい冷気だが、それでも、対応できなければ命に関わるほどの魔力が残っていた。俺たちに向けて、氷の城の主から、すべてを賭けた最期の一撃が放たれる。


 赤き瞳と視線が合う。


 目を逸らさず、剣を構え、真っ向から迎え撃つ。その衝突で、


「うおおおおおおおおお! 燃えろおおおおおおお!」


 ——俺の炎が、【境界の氷狼】のすべてを打ち破った。


 回避する間もなく、氷狼は炎に呑まれる。悲鳴を上げる暇もなく、その命を確実に断つために接近していた未来が、その太い首を刈り取った。


 その瞬間、【境界の氷狼】は光の粒子となり消え去って、激戦の後が残る氷の城には、俺たちと魔石だけが残された。


「よっしゃぁああああ! ナイス! 未来!」


「やったね! レオくん!」


 ボスの撃破を確認した俺たちは、両手を合わせて勝利を喜ぶ。


:うおおおおおおおおおおお!

:おりゃあああああああああああ!

:かっけえええええええええええ!

:未来ちゃあああああああああああああん!

:ないすうううううううううううう

:劇場版かってくらい能力変わってたな……


「マジで強かったな……。一人だったら結構苦戦してたと思う、ありがとう」


「こちらこそだよ、あの時レオくんが守ってくれてなかったら、大怪我してたかもしれないもん」


「お互い様だな」


「だね」


 勝利の余韻に浸りながら、未来と笑いあう。


:カップルチャンネル開設なのか……!?

:ガチ恋勢死亡

:俺のレオきゅんが……ぴえん

:そっちかよ

:俺たちにもたまには構ってくれ

:コレガ……「テエテエ」……オレ……ワカッタ

:てえてえ


「誰かと連携とかほとんどしたことなかったけど、俺たちめっちゃいい感じじゃないか?」


「そうだね! やっぱり相性ピッタリだよ!」


「未来、その、よければ……明日以降も俺と組んで一緒にダンジョン潜らないか?」


「いいの!? こっちからお願いしようと思ってたんだ! ぜひ是非よろしくお願いしますっ!」


「あ、そうだ……」


「どうしたんだ?」


 未来が何かを思いついたかのように両手を合わせ、撮影しているドローンを見つめて口を開く。


「私、これからはと一緒に配信するから、嫌な人はごめんね! 今までありがとう! 今後はと私をよろしくお願いします!」


:これはもう落ちてますわ

:可愛い顔して意図的にガチ恋勢を焼き払いにいったぞ

:おれ、おんなのここわい

:このコメントは削除されました

:かわいい、おうえんします

:死んだ

:このコメントは削除されました


 コメント欄が加速している。これはやばいやつだ。


 四層のボスを倒したときのように、いや、その時よりも力強く、未来が俺に抱き着いてきた。疲労のせいか、跳ね除ける気は全く起きなかった。疲労のせいだ。しょうがない。


 こちらを見上げて満面の笑みを浮かべる彼女は本当に楽しそうで、嬉しそうで……俺は何も言えないまま、ただドキドキすることしかできなかった。


 明日学校いくの、マジで怖ぇ……。





―――――


未来ちゃんはチョロインかもしれませんが、チョロインではありません

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