第8話 幼馴染が本気出してきて社会的にヤバい
窓から差し込む太陽の光で目を覚ます。眠い目を擦って時計を見ると時刻はもう七時。さっさと起きて学校に行く準備をしなければならない。
昨日のダンジョンの疲れやらなんやらで疲労していたのか、体が重い。
「学校行きたくねぇ……」
ぼんやりとした意識のなか、準備をするのが憂鬱で布団の中をもぞもぞ動いていると、身体に違和感を感じる。
ふかふかの布団の中に、さらに柔らかい感触がある。なんだこれ。
まとまらない思考のなかで寝返りをうつと、そこには、今にもくっつきそうな距離で俺を凝視する幼馴染がいた。
「なにしてんの!?」
「おはよー、可愛い可愛い幼馴染様が起こしに来たよ~?」
「なにしてんの!?」
「今日から学校一緒に行くから、起こしにきたんだ~、早く早く~」
人より優れた反射神経を最大限使い、慌てて飛びのいた。
俺のほっぺをツンツンしながら、ニコニコ笑っている制服姿の愛花がそこにはいた。距離感がバグってる。昨日の一件でスイッチが入ったのか……?
パッと起き上がり、愛花から距離を取る。明らかに高校生の幼馴染の距離感を逸脱している。
「寝顔の写真あとでZに上げとくね。私の日常って書きこんでさ」
「やめてください、八十万人のフォロワーに殺される!」
Zとは、ユーザーが短いテキスト投稿、画像、動画を共有できる場で、国内外問わず様々な層から利用されているSNSだ。俺は全く投稿せず、見る専用のアカウントを持っているが、フォロワーなんてほぼいない。一桁だ。
「いいじゃーん、上げちゃおーっと。あっ」
探索者として鍛えた第六感が俺を動かし、一瞬だけ身体強化を使って、愛花からスマホを取り上げる。焦ってその画面を見ると、愛花のきわどい自撮り写真が写っていた。
「いや~ん、怜央くんのえっち~。返して返して?」
「ちょ、ごめん!」
「もう、女の子のスマホを勝手に見るなんてさいてーだよ? 罰として怜央くんの携帯も見せてくださいっ」
「えー……。別にいいけど、学校行く準備してくるから、変なことしないでくれよ?」
「はいはーい」
着替えやら洗顔やら歯磨きやらを済ませてリビングに行くと、トースターに突っ込んでいた食パンが焼けた音がする。
そのタイミングで俺のスマホいじりに満足したのか、愛花もやってきた。
「もう朝ごはん食べたか?」
「食べたよ~、ありがとう」
用意しておいた二人分の安物の紅茶をテーブルへ運び、食パンにチョコレートを塗りたくる。苺ジャムもいいけど、やっぱチョコが一番だ。
「朝からよくそんな甘いの食べるよね~……。あったかーい」
「ていうか、何で急に朝からうちに来たんだ?」
「怜央くん、自分のアカウント見てないの? 配信のチャンネルとかZとか、めちゃくちゃ荒れてるよ? だから私が怜央くんとイチャイチャしながら一緒に学校に行って、負けないくらい燃やしちゃおうかなーって思って」
「え? マジで? そもそもなんて恐ろしいことを考えてるんだ」
気になって愛花からスマホを受け取り、先に自分のチャンネルを開く。昨日の配信のアーカイブに対する反応を見ようとコメント欄に行くと、コメント数が一万件を超えていた。
『俺たちの未来ちゃんを返せ!!!』
『あれ見てから全く眠れないわ、マジでこいつのせい』
『クソガキ戦闘狂だったレオに、可愛い仲間ができて俺嬉しいよ。これを機に人間の心を取り戻してくれよな』
『最強パーティ誕生!』
『相性良すぎてマジで見てて楽しい』
『未来ちゃん見るために来てるのに男なんて見たくないんだけど』
などなど、賛否両論が入り混じるカオスなコメント欄になっていた。数が多いと荒れるものだし、そんなに気にするほどでもない気がするが……。
「荒れてるのは怜央くんもだけど、未来ちゃんのチャンネルが特にヤバいよ、ほらこれ」
そう言って見せてくる未来の画面を覗くと、もの凄いことになっていた。
声に出すのがはばかられるような内容が多数目に入った。チャンネルの規模が俺よりも遥かに大きいせいか、コメント数も十万件を超えている。男女で突発的に一緒にダンジョン攻略に行くだけでこんなことになるのか……。
「ね? 大変なことになってるでしょ? だから、私が彼女ってことにして一緒に学校いこ?」
「それとこれとは話が違うだろ、二次災害の規模が一次災害の規模と同じくらいかもしれないし」
「それは大丈夫だよ。私前からインタビューとかで好きな人いますって公表してるから。誰のことかはわかるよねー? ね?」
どうしていいのか戸惑った俺が息を吸う音が部屋中に響く。気まずい。物凄く気まずい。
「あ、はい……」
「でも、未来ちゃんも大変だよね。ほとんど視聴者を気にせず垂れ流し配信をしてるだけなのに、男の子と一緒に配信したら視聴者に怒られるなんて」
「え、そういうスタイルでも燃えるのか? アイドルっぽい売り方してたんじゃないのか?」
「色々見たけど、そういう感じは全くなかったよ。配信時間がいない夜にたくさん配信してくれて、ちゃんと実力もあるから映える戦いができて、顔がすごく可愛い。さらに儚げな雰囲気で守ってあげたくなる、みたいな感じじゃないかな。どんな活動してても人気になったらいろんな人が来るからね~」
「なるほどなぁ。まあ悪いことしたわけじゃないし、落ち着くのを待つしかないよな」
「そーだよ。じゃ、行こ行こー」
「おっけー」
大事な何かを忘れている気がするが、全く思い出せない。何だったっけ。
お皿をキッチンの洗い場に置き、水に浸けた後、先に玄関に向かった愛花を追う。まあ、いっか。
家の最寄り駅から五駅電車に乗った場所にある、俺たちの高校が見えてきた。
朝の満員電車に、窮屈な思いをしながらなんとかやり過ごし、降車する。家でだらだらするときの感覚で愛花となんでもない会話をしていると、やけに視線が気になる。寝ぐせでも立っているかと思い、頭を触るが、そんなこともない。
「なんか、めちゃくちゃ見られてないか?」
「そう? よかった。計算通りだよ~?」
「え?」
思わず体が固まる。
「何が、でしょうか?」
「全部! だって、私今変装してないじゃん。では問題です。昨日異性関係で話題になったダンジョン配信者くんが、そこそこ人気で知名度のあるモデルと制服で仲良く歩いていたら、どうなるでしょうか~!?」
「そういう理由か! え……これ、まずくない?」
「写真いっぱい取られてたね」
「やばくない?」
「ちょうど撮られるタイミング分かったから、親密さをアピールするために頑張ったよ?」
「急に抱き着いてきたのはそれが理由か!」
どうしよう。普通に詰んでる気がする。
「もう取返しがつかないから~、いつも通り仲良く学校いこうね、ダーリン♡」
「やめろ! 露骨に顔すりすりすんな! っていうかスマホこっちに向けないでください!! そういうのじゃないですから!」
学校があるのはかなり人通りの多い駅、天鳳寺駅。日本でもトップ10に入るくらいに利用者が多い駅で、こんなことになってしまえばもう大変だ。とにかく学校に逃げようと思って愛花を急かすが、そこかしこから『カシャッ、カシャッ』とシャッター音が聞こえてくる。
「とりあえず逃げるぞ、早く」
「え~、いいじゃんちょっとくらい~」
「ちょっとどころの話じゃないだろこれ! かなり、めちゃくちゃやばいって!」
とにかくこの場から離れるために愛花をお姫様抱っこして、人込みから抜け出し階段を駆け上る。こちらに注目していた人たちの輪から抜けると、嫌な視線は向けられなくなった。
出勤や登校で忙しく目的地を目指す人たちで溢れかえる改札前の広場に出て、ようやく落ち着ける。危ない……。
「このまま学校まで運んでね、ダーリン♡」
「愛花……マジでやばいって……」
大きなため息が漏れる。
朝一で感じたことがない疲労感だ。
そっと愛花を下ろし、恨みを込めて頭を軽く叩いた。
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