第4話 ボロボロの美少女を助けたらガチ恋勢がヤバい

 一層の戦いでひらめきを得た俺は、そのまま二層、三層と苦戦することなく駆け抜けた。その間も視聴者がどんどん増えて、ついに一万五千人を超えたので気分はもうウッハウハだ。


「よっしゃ! このまま一日で完全攻略目指すぞ!」


:いけいけ~

:これもう楽勝っぽいな

:明るかったらただクリア済みのゲームの二週目をしてるみたいなもんだしな

:さすがに敵の強さも上がってるけど、今のところそんな影響ないね

:もう四層か

:二層くんと三層くんの攻略時間は一層の五分の一くらいな模様

:まあ昼も四層までは作業だったから……


 四層からはダンジョンの中ががらりと変わり、緑豊かな草原とは真反対の砂漠になる。道中の敵もゴブリンやコボルトみたいなテンプレモブからランクアップして、人間より大きな敵で溢れかえり、ここからはかなり時間をかけていく必要があるのだが……。それでも、A級には程遠い敵しかいない。


「戦った跡があるな……。魔物同士の争いでも起きたのか?」


:なにこれ

:こんな砂漠に氷使うような魔物いるの?

:前回はいなかったよな

:サソリの氷漬け、美味しい?

:頑張れば食えそう、クソデカいけど

:なんでも食おうとするな


 砂漠の所々が凍っている。回収されていない魔石が転がっていることから、氷属性の魔法を使うだれかがここを通ったのかもしれない。しかし、夜のダンジョン配信なんてやってる人はほぼいないって聞いたけど、どうなってるんだ。


:未来ちゃんだよ

:ほんとだ、配信してる


「ん? 未来ちゃんって誰だ?」

 

:お前、マジで知らないの?

:正直未来ちゃんに会うために夜にここ来たと思ってた

:夜しか配信しないB級探索者の子だよ

:マジでかわいいから出会い目的で夜配信始めたのかと

:夜配信するのに事前情報なしで行ってるのか? 未来ちゃんの情報があるからここに来たんだと思ってたわ

:同じ支部なのに会ったことないんだ


「へぇ、そんな人いるんだ。親近感湧くなー」


 気になった俺は配信サイトを開き、名前を検索する。【B級探索者 未来】という簡素なチャンネル名には、登録者が百万人以上いた。さらに現在も配信中で、同時接続者数は五万人を超えている。


「やば! この人めっちゃ人気じゃん!」


 そのチャンネルには、砂漠の中、襲い掛かる魔物からなんとか身を守り、戦っている銀髪の美少女がいた。俺が立っている風景とかなり似ているので、同じ四層にいるのかもしれない。


「とりあえず進みます。擦り寄りとかしないのでその辺は安心してください」


:厄介ガチ恋配慮えらい

:燃えたらめんどいもんな

:自分から女の子に話しかけるほどコミュ力がないだけでは?

:B級ボッチクオリティ

:これがモテない男たる所以


「炎上にビビってるだけでそんな言う? どーせ俺の視聴者の大半は女子免疫ゼロのオタクくんだろ?」


:はい炎上

:言ってはいけないことを!!!!

:お前もだろ!!!??

:お前は怒らせた……レオ。力なきニートたちをな……!

:陰キャくんたち顔真っ赤で草


「残念、俺は幼馴染いるから。お前らより多少は女子に免疫があるんだよなぁ……」


:妄想乙

:かわいそうに、ついには頭が……

:夢の中身をしゃべらないでね

;ついにアニメとリアルを混同したか

:やばいやばいやばいやばい

:未来ちゃんがやばい、たすけてレオ


 いつも通り視聴者と煽り合っていると、気になるコメントを見つけた。


 それについて尋ねようと口を開いたそのとき、ダンジョンが大きく揺れる。


 四層の終点である遺跡のほうから、爆音が鳴り響き、強大な魔力の高まりを感じる。


「なんだこれ!?」


:砂埃でなんも見えん

:強化種だ!

:ダンジョンえぐい

:未来ちゃんが死んじゃう……


「その子はあっちにいるのか? とにかく状況を教えてくれ!」


:四層のボス、【暴炎の猛牛】が強化種として出現。通常個体の三倍くらいデカいし速い。未来ちゃんが戦ってるけど、やばい一撃もらって逃げるのが絶望的。

:ガチでやばいやつじゃん

:どうするんだ


「まだ死んでないんだな!? すぐ行く!」


 遺跡まではまだ一キロくらいあるはずなのに、俺がいる場所にまで魔力が伝わってきている。これは確実にヤバい。


「【限界突破】、【燎原之炎】!」


 使用可能なすべてのスキルを使い、その場所へ急行する。砂場は足を取られて移動が遅くなるので、炎の翼を生やして空を飛ぶ。魔力制御が甘いため着地に不安があるが、そんなことを気にしている場合ではない。


 夜の砂漠の冷たい空気をかき分け進む。俺が今まで倒したA級の敵も強かったが、強化種のA級の魔物とは戦ったことがない。

 

 強化種。それは、魔物の突然変異であり、通常個体から大きく逸脱した存在で、力も魔力も比較にならないほど強くなる。夜のダンジョンではそれが多く発生するらしい。


「見えた!」


 最高速度で辿り着いた先には、大斧を振りかぶる巨大なミノタウロスと、壁に追い詰められた少女がいた。


 ———時間がない。


 そう判断した俺は、ここまで加速してきた勢いを殺さず突進する——!


「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!」


 真正面から身体能力を競えば絶対に勝てない相手だろうが、ここまで飛ばしてきた全速力の勢いを殺すことなくぶつかったため、ミノタウロスをぶっ飛ばすことに成功した。


 かっこよく着地できたらよかったのだが、姿勢を制御できず、顔から地面につっこんでしまう。逆側の壁にぶつかりぐったりしている【暴炎の猛牛】をよそに、口を開けたままこっちを見つめる少女に視線を向ける。顔に砂がくっついたままで恰好悪いが、そんなことは気にしてられない。


 右腕を庇うように立ちながら、細い剣を握りしめている銀髪の彼女の立ち姿は、ボロボロになりながらも美しかった。打撲とやけどの跡が数か所見受けられ痛々しさを感じるが、整った容姿からは儚さを感じる。


 俺は彼女に近づきながら口を開く。


「大丈夫か!?」


「うん……ありがとう、助かったよ」


「とりあえず、これ飲んでくれ」


 ポーションを差し出すと、彼女は申し訳なさそうに受け取る。


「ほんとにありがとう……」


「気にすんな、とりあえずアイツをなんとかしよう、えーっと、未来さん? は多分魔法が得意そうだから、後方支援を頼んでいいか? 俺が前を張って隙を作るから、それでなんとかしよう」


「わかった、任せて」


 緊急作戦会議を終えると、ちょうど【暴炎の猛牛】もこちらに向かってきていた。俺の突進でかなりのダメージを受けたのか、その足取りは重い。


 腹が焼け焦げ、苦し気な表情でこちらを睨みつけている。一歩歩くごとにどしんと響く足音が、緊張感が高めていく。


「————シッ!」


 身体強化を施し、【暴炎の猛牛】に肉薄し、【燎原之炎】で強化した剣を大牛へと振り切る。


 剣と斧が衝突し、轟音が鳴り響く。


 一瞬の均衡。その直後、全力を保てなくなった【暴炎の猛牛】を押し切り、大斧を弾き飛ばす。力自慢の牛が今発揮できる力は、俺が押し切れるほど弱まっている。


 のけ反った【暴炎の猛牛】の胴体を、深く、深く、斬り付ける。


 傷からは血が噴き出し、痛みに悶絶した魔物は苦しみの叫びを上げている。


「今だ!」


 未来さんが、後ろから準備していた魔法を放つのを感じた俺は、未来さんのところまでバックステップをして下がり、巻き添えを喰らわないように距離を取る。


 彼女の周囲には青白い雷が迸り、今か今かと放たれる瞬間を待っていた。


「行くよ! 【轟雷】!」


 その一言を呟いたとき、空から雷が【暴炎の猛牛】落ちる。一瞬、昼間のような明るさが訪れ、雷の爆音が鳴り響いた後には、黒焦げになった牛は魔石になっているところだった。


 それを確認した俺たちは、気を抜いて喜びを分かち合う。


「よっしゃ!」


「やったね! ありがとう!」


「ちょっ」


 命の危機を乗り越えて、嬉しさが爆発したのか、彼女は思いっきり勢いをつけて俺の胸に飛び込んでくる。いきなりの接近に動揺しながらもなんとか受け止めることができた。


 柔らかな感触を味わい、幸せな気持ちで動揺している俺は、怖いことを思い出した。


 これ、ガチ恋勢に殺されるのでは……!?


 俺はゆっくりと、恐る恐るコメントの映るウィンドウに視線を向けた。


:だれこいつ

:ありがとう、でも〇ね

:助けてくれてありがとう!

:ちょっと嬉しくなっちゃっただけだから! 距離感が近いだけだから!

:こういうのもありですね……。


 案の定、ガチ恋勢のみなさんがブチぎれていた。


 やばい。まずい。


 そう思った俺が、冷や汗をかきながら腕の中の美少女に向かって目を向けると。


「?」


 この窮地の原因は、俺の表情に小首をかしげながら、嬉しそうにこちらを見上げていた。










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