第3話 初めての夜ダンジョン

「おーい、見えてますかー?」


:ほんとにやってるやん

:見えてるぞー

:大丈夫か?

:わくわく


 撮影用のドローンを起動して配信を開始し、コメントが流れるウィンドウを展開する。時刻は夜の19時。


 ダンジョンという迷宮の中だが、ここには天井なんてない。真っ暗で月と星がきれいな天草ダンジョンの第一層、真っ暗な大草原の真ん中に立っている。


 現代の都会での生活になれきった俺からすれば、経験したことがないような暗さだ。


 街灯一つない、真っ暗なダンジョンで配信なんてしても、視聴者には何も見えないんじゃないかと思い、協会で確認したところ、光の補正やら何やらで、配信の映像は丁度見やすいくらいの明るさに調整されているらしい。技術の発展ってすごい。流石にいいお値段しただけのことはある。


「よっしゃ! 今日は夜の天草ダンジョンに挑むぞ! 初の夜ダンジョンだからいつもよりゆっくり進むけど、そのへんは勘弁してくれよな?」


:いけいけー!

:ビビってて草

:ほんとにやると思わなかった

:人めっちゃ多いな


「確かに。いつもの三倍くらいの人が見てくれてるな! 夜配信ってすげぇ……」


:普通の人が生で配信見れるのなんて夜だけだしなぁ

:夜配信にとりつかれて死んでいく探索者が多い理由

:夜の風景も幻想的だなあ

:死なないでね


 登録者30万人の俺の生放送では、基本的に同時接続者数は二、三千人程度なのだが、今日は一万人を超える人が見に来ていた。


「天草ダンジョンは道中の魔物がそんなに強くないから、ボス部屋までさくさく行くぞー!」


 俺は闇に紛れて近づいてきたゴブリンを燃やしながら、元気よく叫んだ。


:笑顔でグロい

:ゴブリンくん……

:片手間に燃やすな

:夜だから炎がいい感じに映えるな~


 昼に通った道を思い出しながら進んでいく。 一度通ったことがあるとはいえ、明るさが全然違うし、魔物の数が明らかに多い。そして若干動きが速い。


 天草ダンジョンはA級ダンジョンとされているが、そう認定されているのは偏にボスの強さが原因だ。


 ダンジョンによってはボスが存在しないところもあるが、天草ダンジョンは各層にボスがいるタイプのダンジョンである。


 A級ダンジョンではあるが、ボス以外の敵はあまり強くないため、ボス以外の敵はサクサク魔法で処理できる。A級の魔物なんて、ボスの居場所以外では全く現れない。


「はい」


 腰に差した剣を一度も抜くことなく、炎魔法を使って、襲い来る魔物たちをテキトーに処理していると、人ひとりが丁度通れるくらいの空間の裂け目を見つけた。


:はい、じゃないが

:やっぱ申し子系のスキル持ちはヤバい

:ソロだと死角から襲われて危ないんじゃないか、とか無駄な心配してました

:この炎、雑魚処理性能高すぎる

:剣術以外はマジですげえよなあ

:それ炎以外取り柄ないって言ってるようなもんでは?


「ちょっと細かい調整が苦手なだけですー」


 小さいころから剣を振っていたわけではないため、探索者になる時に初めて学んだ俺の剣術は、あまり上手いとはいえない。


 だが、魔物が剣の天才であるわけではない。そのため、身体強化と炎魔法を応用することで機動力を上げて戦いながら、魔力をチャージし、一気にぶっ放すスタイルで、大抵の敵を倒してきた。

 師匠にはよく苦い顔をされる。だんだん技術も身に着けてはいるが……他の戦い方は模索中だ。


「じゃあ、ボス部屋いってみよーう!」


 第一階層のボスは、【暗影の鼠王】 。こいつの特徴はとにかくめんどくさいところ。鼠のくせにデカい。魔法で闇に紛れるから倒しにくい。分身するからだるい。さらに動きが速くてもう大変。


 しかし、一度攻略した相手だ。苦戦はしないだろう。


:これ、夜だとガチできつそう

:カサカサ動いてキモい……

:王って名前のくせにぼっちじゃん

:分身召喚(分身も全部自分)

:レオの仲間じゃん

:ぼっちの同士討ち……


「うるせえ! 俺はボッチじゃなくてソロだよ!」


 うざったいコメントと魔物に苛立ちながら、身体強化をしながら炎を体に纏う。三百六十度、全方位に散らばった【暗影の鼠王】とその分身が襲い掛かってくるのをぎりぎりで回避し、避けきれないと判断したものを跳ね除ける。


「こうも暗いと本物の判断がつかないな……」


 以前相対したときは、分身と本体の違いを判別できたため、わりとあっさりと倒すことができたのだが、今回は暗さもあって外見の特徴をしっかり見る余裕がない。良く見えるのは俺の近くに来たヤツだけだしな……。


「くっ……。やっぱ夜はやばい……。こいつの能力と噛み合いすぎてる」


 楽観できていたのは最初だけだった。


 想像以上に危うい。こちらが有効打を全くぶつけられていないのに対して、敵はじりじりと俺を消耗させてくる。


 決定的なダメージこそ受けていないが、かすり傷がどんどん増えていき、嫌な汗が流れる。


:ちゃんとやばい

:一層目でもう危ないな……

:もう帰ろう、やっぱり夜はヤバいって

:強いって聞いてたけどこんなもんか。

:このままじゃ死んじゃう

:大丈夫だよね……?


 一度簡単に勝てた相手に苦戦しているという事実が、俺をさらに焦らせる。だんだんと弱らされていく感覚は、まるで自分が狩りの対象にされたようで、気分が悪い。


 打開策を考えながらもなんとか【暗影の鼠王】の攻撃をいなせているが、焦りが思考の邪魔をする。


 そのため、背後から飛びついてきた影への対処を、誤ってしまった。


 右肩に噛みつかれ、体に痛みが走る。

 

「ぐっ……! 何時まで噛みついてんだ、よ!」


 痛みに悶えながら、未だ離れない分身の一体を燃やす。本体を見つけることさえできれば、こんなやつ、火力でぶっ倒せるのに……。見つける……?


「そうだ! 燃えろおおおおお!!」


 俺は魔力を一点に集め、炎の塊として空に打ちあげる。


 それは、太陽のように周囲を照らしだした。


 俺が魔力を高めていることを警戒して、距離を取っていた【暗影の鼠王】。


 その位置を視認することに成功した俺は、無数の影に身を隠した本物を探る。

 

 その中に一体、異質な鼠を発見した。


「見つけた! この陰キャクソ鼠がああああああ!」


 散々いじめられたストレスを発散するため、温存なんて気にせずこの瞬間に出せる魔力をすべてぶつけて切り付けた。


:おおー!

:よかったー

:俺は信じてたけどな!

:夜は暗いから危ないよ!⇒レオ「太陽を作ります」 

:これは脳筋

:解決方法がヤバすぎる


 クソ鼠がいた場所には、黒焦げた地面と魔石しか残っていなかった。


 先ほどまで散々俺へと襲い掛かってきた分身たちも消え去り、空間の奥には先に進むための裂け目が見えた。


「よーし。ストレス発散! こうやっていけば、この先も全部攻略できるな! 実質昼配信じゃね?」


:脳筋脳筋脳筋

:発想が狂ってる

:これがB級の魔力量かよ

:肩大丈夫か?


「脳筋脳筋うるせえ! 怪我は大丈夫です」


 痛む肩に用意していたポーションをかけ、治療する。


 ポーションは、魔法技術を用いて作られた傷薬だ。ダンジョンから発見されたものを解析し、様々な研究を経て人工的に作成することに成功した技術の結晶だ。ダンジョン産のポーションほどの効力はないが、こういった軽い傷ならすぐに治してくれる。


 一層を攻略したので、少し落ち着いて息を整える時間を取るため、楽な姿勢に座って、コメント欄を確認する。


「いやー、夜はやべえってガチだわ。でもこれで攻略法がわかったな!」


:あんなの出して魔力大丈夫なの?

:壊 れ ス キ ル 炎 の 申 し 子

:最速でB級まで上がっただけあるわ……

:思いついてなかったら死ぬか逃げるかだったな


「魔力は全然。多分あと三十回くらいは余裕だぞ」


:こいつ一人で火力発電も太陽光発電もできるんじゃね

:やばすぎ

:これが才能の差か……

:てかアレいつ消えるの?


「あー、なんか全然消えそうにないな……」


 ボス部屋の上を燦燦と輝く炎の塊は、消える気配がない。自分で出しておいてあれだが、どうやって燃えたまま維持されてるんだろう。勝手にふわふわ動いているが、どういう原理か全くわからん。


「まあ、そのうち消えるっしょ! 誰もこんな時間にダンジョンとか来ないし、あったら嬉しいんじゃね?」


:確かにそうか

:環境破壊……ダンジョン内か

:ぴっかぴかやなぁ

:まだ進むの?もう帰らない?


「全然疲れてないのでこのまま進みます。二層行くぞー!」


 とりあえず気にしないことにした俺は、二層への裂け目に足を踏み入れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る