第2話 元S級探索者・隻眼ハゲ師匠心ちゃん

 愛花に夜配信のことを話して、ブチ切れられた次の日。


 いつも通り高校に通い、いつも通り授業を聞き流していると、気づけば放課後になっていた。


 教科書をしまって下校する準備をしていると、制服を着崩し、両耳に着けられたシルバーのピアスが印象的な、金髪のチャラ男が俺のもとへやって来た。


「怜央ー、今日も心ちゃんのところに行くのか?」


「そーだよ、お前も来るか?」


「絶対行かん!」


 こいつは杉本新すぎもとあらた。一言で表すと、チャラいイケメンだ。有名になってモテるためにダンジョン配信を始めようとしていたが、魔物の恐怖に負け、ダンジョンへの挑戦初日に諦めた過去を持つ。あんなに頑張って資格を取ったのに……もったいない。


 探索者の資格を取るときに、たまたま一緒にダンジョン協会で訓練を受け、同じ教官に鍛えてもらった縁があり、クラスが同じ今も仲良くしている。


 ちなみに心ちゃんというのはそのときの教官の名前だ。あの人を直接そう呼ぶ勇者はこの世に一人もいないだろうなあ……。俺の師匠でもある。


「よく続くよなぁ、怜央は。それで今度は夜にダンジョン配信するんだろ? それ、愛花ちゃんは許してくれたの?」


「いや、ブチ切れられたよ。俺が探索者になるって言ったときと同じくらい怒ってた」


「だろうなぁ……。田島と菅野の件もあったのに、そんな話までされた愛花ちゃんが可哀そうでしょうがないや……」


「そういえばあの二人って……」


「ああ、真っ白に燃え尽きてるな、見ろよアレ」


 たくさんの女子の注目を集め、居心地が悪そうに机に突っ伏す二人の男子生徒がいた。


「部活で後輩をパシリをさせてることや女子に送ったキモいメッセージを晒されて、しまいにはLINKで女子に告白してフラれたらやっぱり嘘でしたみたいなクッソだっさいことをしてたのが学校中に広まってる。他にもいろいろやらかしてるらしいぞ」


「えっぐいなぁ……」


 新には俺が燃えカスとなった二人に騙されていた話をしていたので、これを引き起こしたのが恐らく愛花だということを知っている。そのあまりの恐ろしさに、二人で戦慄してしまう。


「いやー、愛花ちゃん怖いわ~。あんな可愛い子がいるのに他の美少女と結婚したい! とか、お前のことがわからんわ、俺は」


「好かれてるのはわかるけど、あいつはなんていうか……守るべき妹みたいな感覚が強いからなぁ。そういう目で見てなかったというか……」


「見て? なんかあったのか? 聞かせろよ!」


 昨日の話をすると、チャラい悪友の口角がどんどん上がっていき、整った顔に気持ち悪い笑みを浮かべてニマニマしている。


「おおおおおおおおお! 愛花ちゃん、頑張ってるなぁ!」


「うるせえ! 認識は改めるつもりでも、今はただの幼馴染だから! とりあえず、もうダンジョン協会いくからな! バイバイ!」


 めんどくさい悪友のめんどくさい部分が出てきたため、俺は速足で教室から出ていく。途中に顔の死んだアホ二人に呼び止められるが、愛花の機嫌が悪くなった原因なので、無視することにした。嘘はよくないよ、田島くん、菅野くん。






 高校から自宅の最寄り駅の逆方向に進む電車に乗り、到着した駅からすぐの場所にある、ダンジョン協会の天草支部へ到着した。


 ダンジョン協会と聞くと、アニメやラノベによくある冒険者ギルドみたいなイメージをしがちだが、実際そんな感じだ。受付があって、裏手には訓練場として使える場所がある。昼間っからお酒を飲むおっさんとかはいないし、そもそもお酒を飲むスペースなんかはない。あるのはウォーターサーバーくらいだ。


 俺はいつも通り訓練をつけてもらうため、受付の人に師匠を呼んでもらって待っている。


 すると、すぐに階段から、二メートルを超える巨大な男がおりてきた。左目を覆う眼帯がつけられた顔には大きな傷跡がある。服の上からわかるほどがっしりとした筋肉の鎧を持つスキンヘッドのおっさんこそが、俺の師匠であり、ダンジョン協会天草支部の支部長を務める岩重心さんだ。裏では心ちゃんと呼ばれているが、面と向かって呼ぶ勇者はまだ現れていない。意外と許してくれそうだが……やめておこう。


「師匠、おはようございます! 今日もよろしくお願いします!」


「おう、行くぞ」


 そう一言だけ話し、そのまま訓練場に向かう。ただ歩くだけでも、師匠と俺とでは一歩一歩の大きさが違うため、置いて行かれないように早歩きでついていく。


 そういえばこういう時のあいさつは、昼でも夕方でも『おはようございます』でいいらしい。初対面の時に緊張しすぎて何も喋れなくなった俺が、『こんにちは』と『こんばんは』と『おはようございます』の全部を混ぜて意味が分からない言葉を口にしてしまったとき、師匠が教えてくれた。


 デカくていかついおっちゃんだが、とにかくいい人。何にも知らないけど、娘とかがいたら溺愛してそうだ。


 訓練場に到着し、それぞれ準備運動やらストレッチを始めると、師匠が声をかけてくれた。


「昨日は天草ダンジョンを最後まで攻略したんだったか? おつかれさん。とりあえず魔晶石を見せろ」


「あ、はい」


「ふむ……」


 師匠に言われた俺は、魔晶石に魔力を通して差し出した。魔晶石とは、探索者になるとダンジョン協会が支給してくれる、魔石の加工品の一種で、探索者にとってとても大事なものだ。魔力を通すとその人によって異なる色で輝き、魔力に関連した重要な情報を教えてくれる。具体的には、魔素量、魔法、スキルについて。


 基本的に自分の使う属性の魔法の色になるが、持っているスキルなどによっても変わり、十人十色だ。師匠は土属性で、ほとんど身体強化と大剣だけで戦うので、茶色。俺は炎属性とスキルの影響からか、白っぽい黄色に光っている。


 今の俺の魔晶石にはこんな風に表示される。


《魔素量》:B


《魔法》:炎


《スキル》:


【炎の申し子】:炎を用いたあらゆる行動に補正。


【孤軍奮闘】:一人で行動時、身体能力・魔力が向上。


【燎原之炎】:炎属性の魔力をチャージし、その時間に応じて威力が上昇。この炎はあらゆる耐性・防御を無視する。


【限界突破】:生命の限界が近づくほど全能力が向上。意識的に発動する場合、あらゆる能力を瞬間的に向上させるが、自身の魔力・体力・気力の消費量が増加する。


 魔素量とは、一言で言うとその人の戦闘経験を表すものだ。ダンジョンに潜って魔物を倒したり、体を鍛えたり武器の扱いに習熟したりすると、世界に存在する魔素との親和性があがり、その数値は上昇する。


 魔素量を高める最も効率的な方法は、格上の敵を倒すことなので、俺はできるだけ自分より格上のダンジョンに挑むようにしている。探索者の階級の付け方には、このランクがそのまま利用されている。


 ただ、魔素量の多さがその人の強さ、というわけではない。強力な魔法やスキルを持っている人はもちろん強いし、それだけ成長が早かったりもする。ただ、ランクが一つ違えば身体能力が倍以上変わるので、基本的に魔素量は強さの指標とされる。

 

 俺も他の人にはないスキルを二つ持っていたため、とんとん拍子にここまでこれたが、これからの領域ではそうもいかないだろう。


「前より光が強まってるな、魔素量が少し増えたか。焦らずこのまま頑張れよ。それで、次に行く場所はもう決まってるのか?」


「あー、とりあえず、夜の天草をもう一回攻略しようかなと思ってます」


「そうか。今のお前なら大丈夫だと思うが……ふむ」


「どうしたんですか?」


「いや、以前お前に調べるように言っていた【千呪の黒龍】の件が気になってな。最奥まで攻略して見当たらなかったようだが、もし見つけても戦うなよ。今のお前に勝てる相手ではないからな」


「師匠と引き分けた相手ですもんね……分かってるつもりです」


 【千呪の黒龍】とは、五年前のダンジョン災害で、この周囲一帯を恐怖に陥れた魔物だ。ダンジョンから出てきて地上を大暴れし、当時の日本で最強の探索者と言われていた師匠が戦ってなんとか撃退した魔物である。師匠は呪いにかかりながら、自身の片目と引き換えにそいつの両目の視力を奪うことに成功した。さらに、全身を傷だらけにしたことで、その龍は天草ダンジョンへと死に体で逃げ去っていったらしい。


 ダンジョン災害とは、名前の通りダンジョンに由来する災害のことだ。ダンジョンから魔物が出てきて街が襲われることで、地上には大きな被害が起こる。


 探索者がダンジョンに定期的に赴き魔物を倒すことで、災害の発生をある程度は抑制できるのだが、突然ダンジョンが暴走することもあるため自然災害と同様に止めることができない。


 【千呪の黒龍】は物理的な被害だけでなく、地上に様々な呪いを残していった。その効果は人によって様々で、魔力を扱いにくくなったり、体が麻痺するようになったり、酷い場合では体が動かなくなった人もいる。

 

 五年の月日がたった今でもその呪いに苦しめられる人は多数存在しているため、一刻も早い討伐が願われており、幾度も調査を行われているが、未だ見つかっていない。


「知っているとは思うが夜のダンジョンは本当に危険だ。ましてや夜の天草についてはほとんど情報がない上、お前はソロだからな。命を最優先にするんだぞ」


「はい!」


 傷だらけのいかつい顔に似合わない優しい表情で、心配をしてくれる師匠を安心させるように、俺は大きくうなずいた。


「じゃあ、今日もやるぞ。そんな厳しいダンジョンに潜るんだ。俺みたいな体もろくに動かないジジイ一人倒せないようじゃ行かせられないぞ?」


「冗談きついっすよ……」 


 このおっさん、片目を失って、黒龍の呪いの影響で長時間の戦闘がしんどいはずなのに、俺より速いし俺より力がある。


 なんなら最近自力で呪いを克服しつつあるらしく、どんどん強くなっている。おかしい。この日は結局、弟子の成長にわくわくしたのか、木製の大剣を振り回している五十過ぎのおっさんとの模擬戦デートが長引きすぎて、家に着くころには九時を過ぎてしまっていた。


 手加減のない師匠との戦いでボロボロになりながらも、最初のころとは違って意識を失うことはなくなって、数回は俺の攻撃も当てることはできたが、有効打とは言えなかった。勝てるようになるのはいつの日になるやら……。


 ほぼ魔法なしで戦ってきた伝説の元S級探索者、やっぱり強すぎる。



 


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