第1話 年下幼馴染は妹じゃないけどほぼ妹

 天草ダンジョンで得た物をダンジョン協会で換金し、自宅に帰ってきた。


「ただいまー」


「おかえりー、怜央くん。お疲れさま」


 扉を開けると、俺の帰宅に気づいた幼馴染が近寄ってくる。


 すると、靴を脱いでいる俺の顔をじっと見つめながら顔を寄せてくる。


「何? なんかついてる?」


「右目と左目がついてるよー?」


「鼻とか口は!?」


「うるさい。黙って体触らせてっ!」


「言葉だけ聞いたらヤバいやつだぞ愛花……」


 壊れものを扱うかのようにぴとっと身体に触れてきたのは、日南愛花ひなみまなかうちのすぐ隣に住んでいて、小さいころからよく遊んでいた、一個下の幼馴染だ。俺の両親は頻繁に海外にいっていて、あまり家に帰ってこないため、晩御飯を作りにきてくれたり、向こうの家で食べさせてもらったりしている。妹みたいな存在で、よく俺をからかってくる。


 ひとしきり触れて俺の身体に異常がないことに安心したのか、ホッとした表情をしている。


 普段は無邪気で小悪魔みたいな子なのに、こういう時は真剣に心配してくれる、実は優しい子だ。以前俺がダンジョンで怪我をしたときは、部屋から出れないようにされたり、全く適性がないのに一緒にダンジョンに来ようとしたりと大変だった。

 

 そんなことを思い出していると、愛花の長く綺麗な黒髪に肌をくすぐられる。さらさらの感触が顔に触れてかなりこそばゆい。離れてもらうために声をかけようとすると、人気モデルとして各所で引っ張りだこである、彼女の整った顔が思ったより近くにあり、少しドキッとしてしまう。


「だ、大丈夫だって。どこも怪我してないから、ちょっと離れてくれ……」


「ふーん……? あれ? 鼓動早くない? もしかして—————」


 すこしドギマギしていると、俺の心臓に耳を当てた愛花が悪い顔で笑っている。


「ドキドキしちゃった? 愛花ちゃんの魅力にやられちゃった? ふふっ」


「うるせえ。っていうか近すぎるって。こんなの外でやったら大炎上するから絶対やるなよ?」


 距離を取ろうとする俺の言うことを無視して、さらに近づいてきた愛花が、俺の頬を優しく触りながら見つめてくる。


「顔真っ赤にしちゃって、かーわいい。モデルの仕事なんていつ止めてもいいから、どーでもいいもーん♪ それにしても怜央くん、前は妹みたいにしか見れないとか言ってたのに、どうしちゃったの~? ねーねー?」


 このメスガキ系幼馴染め……。かわいいがうざい。うざいがかわいい。優しいけどめんどくさい。言語化し難い感情に支配されながら、上機嫌で煽ってくる愛花の肩を優しく掴んで距離を離す。


「いい加減にしとけって。お前も女の子なんだから、あんまり男子をからかっちゃだめだぞ」


 ほんの少し前までは妹のような幼馴染として、一緒に過ごしていてもなんとも思わなかった。


 しかし、ここ最近の愛花からは、彼女も妹ではなく一人の異性であることを感じさせられる事が増えてきた。お互いのためにも、しっかり距離を取らないと。


「へー。ふーん……。わたしが他の人にこんなことすると思うんだ?」


「いや、しないとは思うけどさ……」


 小さいころの愛花は他人との会話とかコミュニケーションが苦手で、いつも俺の後ろについてきて可愛いかったのに……今となっては生意気な女の子になってしまった。

 

 すらりと伸びた脚に、身長が低めで小柄ながらも均整の取れたスタイル。後ろを流れる美しい黒髪に、長い睫毛。吸い込まれそうなほど大きく、真っ赤な瞳と目が合ってしまい、恋に落ちる男子が後を立たない。


 俺にはこんな態度でも、学校では男女を問わない人気がある。特に、男子からはもうすぐ三桁に届くのでは、というほど告白されている。


 しかし、愛花はその悉くをバッサリと振っているようだ。


 面倒な勘違いを起こさないように男子にはかなり冷たく接している彼女が、そんなことをするとは思わないが……。


「ふーん……? っていうか汗臭いよ怜央くん! 早くお風呂入ってよね」


「ごめんごめん、今日の晩飯は何?」


「後のお楽しみだから、教えなーい。さっさと入って上がってねー?」


「あいよ、いつもありがとうな」


「はいはい〜お湯が冷めちゃうから、早く入っちゃって! さあさあ!」


 大きく赤い瞳に見送られ、俺は愛花が前もって沸かせてくれていたお風呂へと向かった。


「よかった……」


 俺は愛花が最後にぼそっと呟いた一言を聞き取れないまま、浴室の扉を開く。お風呂最高!!






「美味しすぎる……! やっぱ愛花の生姜焼きが世界一だ!」


「でしょでしょー? 今日は上手くできた自信あったから嬉しー!」


 風呂から上がり、晩御飯の準備をしてくれていた愛花と一緒に食事を始める。愛花は料理が上手く、自宅のご飯も担当することが多い。学校に持ってくる弁当も自分で持ってきたりと、かなり家庭的な面がある。生意気だけど。


 彼女のご飯をもう何年も食べているので俺の胃袋は完全に支配されている。マジで何を食べても美味しい。


 あっという間に食べ終わった俺たちは、食事モードから談笑モードに移行する。


「そういえば、今日撮影だったんだよな? どんなことしたんだ?」


「いつも通りだよ。ふつーにモデル仲間と一緒に写真撮ってもらってただけー。後で写真見る?」


「見たいみたい! もしダンジョン探索者に興味がある可愛い子と仲良くなったら、俺に紹介してくれよな!」


「ふんっ!」


 おちゃらけてそう言った俺に大して、青筋を立てた愛花が、テーブルの下で思いっきり足を踏みつけてくる。一度では満足していないのか、何度も何度も踏みつけてくる。


「いった! 身体強化してないから普通に痛いって! ちょ、ごめんって!」


「目の前にこんなに可愛い愛花ちゃんがいるのに、なんでそんなこと言い出すかなー? かなー?」


「ちょ、足の指ぐりぐりしないで……ごめんって」


 ひとしきり俺を痛めつけて少しは鬱憤が晴れたのか、俺への制裁を止め、ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませている。


「だって幼馴染だし……愛花は俺のこと嫌いになったけど、幼馴染だから仕方なく面倒見てるって話を聞いちゃったから……。高校入ってからは正直、すんごい可愛くなってていつもドキドキしてます許してください痛い痛い痛い!!」


 話している間にまた足を踏まれ、愛花の眉間にどんどん皺が寄っていく。今まで見た中で一番怖い顔をした愛花が机の上に乗り出してきた。


「は? いつ? 誰にそんなこと言われたの?」


「え? 四月だから……三か月くらい前だけど。田島とか菅野が言ってたよ。この間あんなこと言ってくれたけど、確かにお世話になりっぱなしだからそりゃそうだよなあって……あの、愛花?」


「〇す」


「え?」


 女の子の口から出てはいけない言葉が聞こえたような気がする……。


「それって怜央くんと同じクラスの田島さんと菅野さんだよね?」


「え、そうだけど……」


「〇す。怜央くんの教室行ったとき、視線が気持ち悪くて覚えちゃってたんだけど、そんな嘘までついてたんだ……。だから怜央くんは最近距離置こうとしてたんだ……。ふーん……へー……自分達がわたしに振られたからって……怜央くんとくっつかせないようにするためにそんなことまで言うんだ……」


 下を向きながら早口でぼそぼそと呟く愛花の言葉を聞き取ることは出来なかったが、とにかく逆鱗に触れてしまったことはわかる。これはヤバい。


「ねえ、怜央くん」


「はい……」


「わたしが、嫌いな人と毎日一緒にいると思う? 嫌いな人のために何年も好きなもの調べて好みの味付けを探すと思う? 嫌いな相手にわざわざ付き合って一日中一緒にアニメ見ると思う? 学年が違うから一緒の学校に行くか選べるのに、嫌いな相手と同じ高校に進むと思う? 嫌いな相手と十年以上仲良くするわけなくない? ねえ? ねえねえ?」


 般若のような顔で詰め寄ってくる愛花に抗う術などあるはずもなく、椅子から降りて正座してしまう。


 愛花はそんな俺の顎をくいっと持ち上げながら、一言一言大事そうに問いかけてくる。


「はい、仰る通りです……」


「わかった? わかったら、これからは変に遠慮しないで、愛花ちゃんしゅきしゅき結婚してくれーって毎日学校と配信で言うこと」


「はい……」

 

「じゃあ約束ね? 破ったら怒るからね?」


「は……ちょ! 流されそうになったけど、それはやばいって!」


「ちぇー、もうちょっとだったのに」


 えへへ、といたずらっぽく笑うその表情は、小さいころの姿を思い出させながらも、子供から大人へと成長していることを実感させるような、大人っぽい色気を持っていた。


「でも、これからはちゃんと意識してね? 私は妹なんかじゃないんだから!」


「はいよ……」


 魅力的に成長したことを改めて感じてしまった俺は、目を逸らしながら返事するだけで精いっぱいだった。






 そうして誤解が解けた幼馴染と、いつも通り食器の片付けをしながら話していると、すぐに夜は更けていった。


「はぁ!? 夜のダンジョンに行く!? 無理無理無理無理! 危ないって! 絶対ダメだから! 晩御飯も一緒に食べれないじゃん! ダメダメ! 絶対ダメ!」


「いや、それは決定事項だから! お前は俺のおかんかよ! 俺はあそこでもっと強い敵と戦って、すぐにS級になるんだよ!」


「はぁ!? もう信じらんない! やっぱり嫌い!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る