空手少女は目撃する

坂東さしま

空手少女は目撃する

 私は電車で約2時間かかる高校に通っている。


 理由は簡単。世界選手権に出場した選手を輩出している、強豪空手部があるからだ。


 自慢じゃないけど、一応、私は小学生から全国大会で常にトップ3に入る選手だ。世界選手権優勝を夢見て、稽古する日々。大学もスポーツ推薦を狙っている。


◇◇◇◇◇ 


 朝練はもちろん、放課後練もほぼ毎日。家に着くころにはなかなかの夜だ。


 女の子が夜に歩くのは心配とのことで、毎日、両親が家の最寄り駅まで車で迎えにきてくれる。


 中学からこの学校に通っているので、約5年ほど、毎日送り迎えをしてもらっている。中学生の頃は当たり前のように思っていたけれど、高校生になってからは心の底から感謝すると同時に、申し訳ない気持ちが沸き起こってきた。


 母が父に「仕事疲れた」、父が母に「ちょっと上と揉めてさ」などと話していた場面を見かけたことがあった。


 未成年である私はもちろん、まだ働いたことはない。ただ自分の目標にまい進しているだけだ。二人は私の夢や家族を支えるために大変な「仕事」をこなしてくれている。


 絶対、疲れているに決まっているのだ。それなのに夜また家を出て、私を迎えに来るなんて……。


「高校生になったから、一人で帰るよ」


 私は両親に進言した。家から最寄りまで、徒歩だと30分くらいとちょっと遠い。でも自転車に乗ればすぐの距離だ。


 何度も何度も話したけれど、言う度に「お母さんたちが送り迎えするから。自転車だって夜は心配」そう返された。


 原付の免許を取ることも考えたけれど、「危ないからダメだ。疲れて乗ったら事故起こすかもしれないだろう」と却下され、送り迎えは続いた。


 そういう訳で、高校2年生になった今も、両親に甘えて送迎をしてもらっている。




 ただ、最近知ってしまった。


 これは娘をダシに使った、夜のドライブデートだったのだ。


◇◇◇◇◇


 7月の初めの事だった。まだ梅雨はあけていないのに、すでに猛暑の熱帯夜。私はハンディファンの風を顔に当てながら駅の階段を降りた。


 いつもなら、駅前のバス停付近にうちの赤のフィットが停まっている。私はそこに直行し、キンキンに冷えた車でお家へ帰るのだ。


 しかし、今日はどこにも見当たらない。


 約5年の中で初めてのことだ。


 私は母のスマホに電話した。留守番サービスに接続された。


 次に父のスマホ。留守番サービスに接続された。


 家電。30コールは鳴らしているけれど出ない。


 


 途中で事故に遭ったのか、もしや家で事件でもあったんだろうか。心配になった私は、付近を捜索し始めた。


 とはいえ片田舎の静かな駅。捜索といってもコンビニを覗いたり、近くの道路まで出て車を確認するくらいだ。


 私はコンビニへ駆け込む。くまなく見渡しても、トイレを見ても、両親はいない。普段なら冷たい店内に感謝するところだが、不安が勝ってその空気を味わう余裕もなかった。


 次に駅前の大通りに出た。そもそも交通量も少ないが、うちの車が来る気配は一切、感じられない。


 夜の闇が心に侵入する。この世界に、人間は私一人だけになったみたいだった。


 

 最後に駅の有料駐車場にいなければ、お巡りさんに相談しようと決めた。


 駅の近くには、有料駐車場が2つある。初めに覗いた30台くらい停められる方に、うちの車はなかった。


 次に、10台ほどが入る優良駐車場に向かった。心臓のバクバクという音が、体を通して全身に入ってくるし、耳にからその音が聞こえてくるような気がした。


 果たして、そこにあった3台の車の中に、我が家の赤のフィットがあった。


 不安と緊張で、私は汗をかくことも忘れていたのかもしれない。目にした瞬間に大量の水が頭から顔から、全身から噴き出た。


「あー、良かったぁ。早く来過ぎちゃってここで待ってたのかな?」


 近づいていくと……。


 ウン。


 私はできたムスメだから、走って駅へ戻った。全身から汗を吹き出しながら、両親が迎えに来るまで大人しく待っていたのであった。


 超遅れてやってきた両親は、仕事がどうとか、なんだかいろいろ言い訳してたけど、私は真実を知っている。

 


 そういうわけで、私が高校を卒業するまでは両親の送迎は続く。



 仲良しは結構ですが、私の応援もよろしくお願いしますよ!世界目指してるんで!



 そして私はウン十年後、両親と同じことをしてしまうのであった。

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