1章 19話「恐怖」




「ゼオ!!」


 森での一件から3日が経ち、グリーゼオが目を覚ましたと連絡が来た。

 ノアールはすぐに病室へと駆け込み、元気そうに笑顔で出迎えてくれたグリーゼオに感極まって思い切り抱きついた。


「痛い、痛いってノア」

「うえええええん!! よかったぁ、よかったよー!」


 病室に入るまでずっと怯えた顔をしていたノアールだったが、いつもの笑みを浮かべてくれたことに嬉しくなってしまった。


「ごめん、ごめんね、ゼオ……ごめんなさい……」

「いいよ、別にお前のせいって訳じゃないんだし。ノアは間違ったことをしたやつを注意しただけなんだから」


 ポンポンと頭を撫で、宥める。よほど怖かったのだろう。こんなに泣きじゃくるノアールを初めて見たグリーゼオは、少しだけ嬉しかった。

 こんなに泣くほど心配してくれたことに、彼女の中で自分の存在がそれなりに大きいのだと自惚れてしまいそうになるくらい。実際、ノアールにとってグリーゼオは家族と同じくらい大切な存在になっている。


「……それよりノア、その髪は戻らなかったのか?」

「あ……うん」


 元の髪色と大きく変わってしまったため、印象が大きく変わる。光に当たるとキラキラと白く輝いた白銀の髪は、光すら飲み込んでしまいそうな漆黒の黒へと変わってしまった。

 それに長かった髪も焦げてしまったため、チリチリになったところを切り揃えたら肩までの長さになってしまった。あまりにも大きく変わった姿に病室に入ってきた瞬間は分からなかったが、カイラスの後ろで泣きそうな顔をしていたからノアールだと判断できた。


「体調の方は大丈夫かい?」

「はい、もう平気です。傷も完治したし、たっぷり寝れたので魔力も十分に回復しました」

「良かった。今回は本当に申し訳なかった。君のことをこんな形で巻き込んでしまって……」

「いえ、そんな……おれは大丈夫ですから」


 深々と頭を下げるカイラスにグリーゼオは顔を上げるように促した。


「おれ、その……ちょっと考えが甘かったというか……簡単に考えていたんだと思います」

「それは、どういう……?」


 あからさまに落ち込んだ顔を浮かべるグリーゼオにカイラスは少しだけ首を傾げた。


「ノアールの力のこととか、前世のこととか、余り深く考えていなかったというか……正直言えば、黒い炎を見たとき物凄く怖かった。マジで死ぬと思った。でも、それ以上に泣いてるノワール見て、何もできない自分が情けなくなって……おれ、助けになろうと、助けになりたいって、そう思ってたのに……なんか、思い上がってたなぁって……」


 頼られてると思って、自分しか出来ないことだからと思って、そんなに大きな事態にはならないと思い込んでいた。

 怪我はもちろん痛いし、初めて見た魔物は怖かった。悪夢を見るほど、その恐怖心はしっかり植えつけられた。

 だけど、一番怖いと思ったのは黒い炎に包まれて泣いているノアールの姿だった。あのまま炎に飲まれて消えてしまうんじゃないかと、全身が引き裂かれるような気持ちになったのを今でもハッキリと思い出せる。


「……グリーゼオ君。君が怖いと感じるのは当然だ。本来なら、こんな思いをせずに普通の暮らしが出来ていた。巻き込んでしまった僕たちに責任がある。もし、今回のことで重荷に感じてしまったのであれば……」

「いえ、そんなんじゃないんです。あ、いや……怖いと感じたのは本当だし、おれに何が出来るんだって思ったのも事実ではあるんですけど……」


 グリーゼオは自分に抱きついていたノアールの肩に手を置き、少しだけ体から離す。

 間近で見るノアールの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて、思わず笑みが零れてしまった。この3日間、色々と考えた。必死に悩んで、悩んで、今の自分にとって一番良い答えを出せたと、グリーゼオはノアールの目をジッと見た。


「おれ、もっと強くなりたい。もし、またノアールがああなったときも冷静に対処できるようになりたい。ノアールが、泣かないでいいように」

「ゼオ……」

「マジでメッチャ怖かった。目が覚めた瞬間、あのときのこと一気にフラッシュバックして涙が止まらなかったよ。怖くて怖くて、全身が震えて、お前に会うのもちょっと怖いと思ってた。でも、何だろうな。怖いけど、ノアが無事なのか心配だった。あのまま……真っ黒になって消えていたらどうしようって……」


 ノアールはグリーゼオの気持ちに、また涙が溢れた。

 嫌われてもおかしくないのに、怖がられても仕方ないのに、自分のことを心配してくれた。自分とのこれからを考えてくれた。


「おれに出来ることなんか、本当に些細なことでしかないだろうけど」

「そんなことない! そんなことないよ!」

「ノア……」

「私、ゼオのおかげで助かったんだよ。ゼオが庇ってくれたから怪我しなかったし、ゼオが声を掛けてくれて、魔法で水を降らせてくれたから落ち着けたよ。私が今こうして生きてるのは、全部全部ゼオのおかげなんだよ!」


 涙目で必死に訴えるノアールにグリーゼオは少し呆気に取られた。

 ポロポロと零れる涙を拭うこともせず、素直な自分の気持ちをぶつけるノアールの様子にグリーゼオは不思議と笑いが込みあがってくるのを止められなかった。


「ふ、ふはは!」

「な、なんで笑うの!」

「いや、ごめんごめん。ありがとう、ノア」

「あ、ありがとうは私の台詞なんだけど!?」

「そうか。でも、ありがとう。おれ、お前と友達でいられて安心した。これからも、ずっとさ」

「……うん。私も、ゼオとこれからも一緒にいられるの、嬉しいよ」


 笑顔を浮かべる二人に、カイラスはホッと胸を撫で下ろした。

 この3日間、ノアールはずっと悲しそうな顔をしたままで家族みんな心配していた。これでグリーゼオとの縁が切れてしまったら、もう2度と笑うことが出来なくなるんじゃないかと思うほどに。


「グリーゼオ君。僕からもお礼を言わせてほしい。本当にありがとう。妹を助けてくれて」

「いえ、おれもすぐに笛を拭けていれば良かったんですけど……」

「そんなことない。君のおかげでみんな助かったんだから。それと、君のご両親にもきちんとお話をしておきたいんだけど、今日は来るかな」

「あー、いまちょっと遠くの地方に行っちゃってるんですけど……もし連絡が届いていれば来る、かも?」

「そっか。それじゃあ……あの日起きたこと、君が見たこと、可能な範囲で教えてもらえるかな?」

「わかりました」



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