1章 20話「挨拶」




 あの日。3日前に起きたことを一つ一つ、ゆっくりと話していく。

 指示を無視して結界の外に出た生徒を注意して、先生に報告しようとした瞬間に叫び声が聞こえたところまではノアールの話と同じだった。

 それから先、反射的に駆け出したノアールの後を追って走り出したが、無意識に魔法で足を速くしていたのか彼女に置いていかれてしまい駆けつけるのが僅かに少しだけ遅れてしまった。

 ほんの数秒程度の差だったが、先に魔物の前に着いてしまったノアールが襲われそうになっているのを見て間に入り、肩を思い切り噛まれた。

 その直後、ノアールの叫び声とともに彼女の体から黒い炎が溢れ出た。それが魔物を食らい、真っ黒な塊に変えてしまった。


「……まるで、生きてるみたいに炎が動いてて……周りの木とかも燃やしていって……おれ、とにかくノアールの周りの炎だけでもどうにかしないとって思って、水をかけて……」

「そうか……それで、ノアールがどうにか落ち着くことができて、君は笛を吹いた」

「はい。やっぱりあの黒い炎も、ノアの魔法なんでしょうか?」

「そう、なんだと思う。だけどノアールの魔力を調べたときには特に何も問題はなかった。だから恐怖とかそう言った感情が引き金となって発動する特殊なスキルと考えるのが妥当なんだろうけど……司祭があの場を調べたとき、あの焦げ跡から魔物の魔力を感じていた」

「え……」


 ノアールは不安そうな表情を浮かべた。

 自分の魔力に、魔物と同じ力があるかもしれない。しかし今のノアールにはその力を認識できていない。またその力が発動したときに何が起きるか分からない。自分に制御できるかどうかも分からない。


「この件に関してはいま父様が教会の人たちと調べてくれている。とりあえず今まで通り普通にしている分には問題ないだろうという判断ではあるけど」

「本当?」

「うん。感情が引き金となるなら、今はとにかく落ち着いて暮らせるのが一番だ。何か分かるまではいつも通り過ごしてほしい」

「う、うん」

「グリーゼオ君も、今迄通りノアールと一緒にいてほしいんだけど……大丈夫かな?」

「おれは全然、問題ないです」

「ありがとう。だけど、もし今回の件で君のご両親が我々と一緒にいることを反対したら、それに従ってほしい」

「でも、おれは」

「グリーゼオ君の気持ちは嬉しいよ。でも、ご両親に心配をかけるのはよくない。現に君は一歩間違えば命を落としていたかもしれないんだよ。普通に考えたら、そんな危険が付きまとうような子と共に行動するのを嫌がるだろう。僕だって逆の立場だったらそう思う」


 カイラスの言葉に、グリーゼオは何も言い返せなかった。

 確かにその通りだ。自分だって少し悩んだ。だけど、ノアールと友達でいることを選んだ。怖くても、自分が強くなれば、これから先も一緒にいられると思った。

 だけど、それだけじゃ駄目なのだと、自分が子供だということを思い知らされる。


「ごめんね、グリーゼオ君。色々と迷惑をかけて」

「迷惑なんて思ってないです。おれは自分の意志でノアと友達でいたいと思っているんですから」

「本当にありがとう……じゃあ、そうだな。とりあえずご両親が来たら教えてくれるかな。ご挨拶をしないと……」

「その心配はない」


 突然聞こえてきた低音に、皆がビクッと肩を震わせた。

 3人が揃って出入り口の方を見ると、少しボロボロの探検服を着た中年の男性が腕を組んで立っていた。


「父さん」

「え、ゼオのお父様!?」


 眉間に皺を寄せた男性、グリーゼオの父は被っていた帽子を取って病室へと入ってきた。

 白髪交じりのグレーの髪をオールバックにした彼は大股でグリーゼオのベッドまで歩み寄り、ドカッと勢いよくベッドの脇に座った。


「魔物にやられたって?」

「あ、うん。もう治ったよ」

「そうか。なら良かったな。悪いな、帰るのが遅くなって」

「いいよ、別に。母さんは?」

「退院の手続きをしてる。もう自宅療養でいいってさ」

「そっか」


 2人のやりとりにノアールとカイラスは顔を見合わせた。うちとは全然違う、あっさりとした会話に口を挟むことが出来なかった。


「ああ、挨拶が遅れてすまない。俺はこいつの親でガイツ・フロイズ。まぁ学者みたいなもんだ」

「あ、はい。僕はカイラス・ディセンヴィオ。こっちが妹のノアールです。今回はご子息を巻き込んでしまい、本当にすみませんでした」

「す、すみませんでした! あ、あの、私……本当に、ゼオ、えっとグ、グリーゼオくんに助けられてて……」

「あはは、大丈夫。ある程度の事情はさっき母さんと一緒に聞いてたよ」

「え、盗み聞きしてたのかよ」

「あの状況で空気読まずに入れるかよ」

「じゃあ話は早いな。父さんと母さんは、どう思ってるんだよ」


 グリーゼオが父、ガイツに問いかけた。全てを聞いていたなら、両親の間でも結論は出ているだろう。

 ガイツが黙ったまま、腕を組んでいる。何を考えているのか分からない。重苦しい緊張感が走る中、グリーゼオが呆れたように溜息を付いた。


「変に溜めるな。さっさとしろ」

「がはは! こういうのは雰囲気が大事だろ!」

「うぜぇー」


 グリーゼオが頭を抱えると、豪快に笑いながら息子の頭をガシガシと撫でまわした。

 このやり取りはフロイズ家では普通のことなのだろうか。ノアールとカイラスは目を丸くすることしか出来ない。


「お兄さんの言い分は尤もだ。実際、母さんはメチャクチャ心配してたしな」

「そ、そうですか……」

「でも俺は、基本的に息子のやりたいようにさせてる。だからコイツがお嬢ちゃんと一緒にいたいと望むならそれでいいと考えてる。息子の交友関係にまで口を出すつもりはない」

「それは、我が家としてはとてもありがたいんですけど……その、本当に良いんですか?」

「構わん。俺も散々好き勝手やってきたからな。今更親ぶって過保護になるつもりはねーよ。まぁ、勿論心配はするし、今回のことは正直肝が冷えた。出来るなら危ないことに巻き込んでほしくはないさ。でも、息子が成長しようとしているんだ。その機会を奪いたくはない」

「父さん……」

「だけど、あまり心配はさせるなよ。母さんは俺が説得して納得させたんだからな。母さんもお前の行動を制限したい訳じゃないし、別にお嬢ちゃんを責める気は全くない。だから、これからも息子と仲良くしてくれるか?」


 優しく微笑むガイツに、ノアールは目頭が熱くなるのを感じた。

 泣きそうになるのを堪えながら、ブンブンと思い切り首を縦に振った。怒られるんじゃないかと思って緊張していたため、安堵感もあって体の力が一気に抜けていく。

 前世のこと、黒い炎のこと。分からないことばかりで不安なことも多いが、こうして助けてくれる人がたくさんいてくれる。それだけで、自分は十分に恵まれていると、そう思えた。



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