1章 18話「変色」





「……ん」


 全身に気だるさを感じながら、ノアールは目を覚ました。

 見たことのない天井。薬品の匂い。すぐにここが病院の一室なのだと察した。


「ノアール」


 声がした方を向くと、心配そうな表情をしているカイラスがいた。

 心配させたくなかったのに、させてしまった。そのことにノアールはキュッと胸を痛めた。


「ごめんなさい、お兄様……」

「ううん、良いんだよ。それより、何があったのか話せる?」

「はい」


 ノアールはあの場であったことを全て話した。

 クラスメイトが結界の外に出ようとしたから注意をしたこと。その結果、結界の外に出て魔物に襲われたこと。

 助けようと駆けつけたせいでグリーゼオが自分を庇って重傷を負ったこと。

 そして、自分の体から黒い炎が溢れ出たこと。

 その黒い炎が魔物を食らったこと。


「……そうか。じゃあ、あの森の惨状は……」

「私が、やった……んだと、思う……でも、私も何でああなったのか分からなくて……」

「分かった。とりあえず、森を焼いたのは魔物のせいってことになってる。詳しいことが分かるまでノアールも話を合わせてくれるか?」

「でも、私のせいなのは間違いないのに……」

「良いんだよ、ああなった原因は魔物に襲われたからなんだし」


 確かに魔物に襲われなかったら、ああはならなかったかもしれない。今は兄の提案を飲むのが得策だろう。コクンと小さく頷いた。

 あんな恐ろしい力を持っていることを周囲の人に知られたら、どう思われるか。想像しただけで背筋が震える。


「……そうだ、ゼオは!? それに、他の子も……」


 ノアールは自分が個室にいることに気付き、あの場にいたみんながどうなったのか心配になってカイラスの腕をギュッと掴んだ。


「ああ、みんな無事だよ。離れて倒れていた二人は軽傷だったし、グリーゼオ君も治癒が間に合ったから怪我は治ったよ。ただ出血が多かったし、魔力をかなり消費していたから暫くは安静にしていないといけないって」

「そう、なんだ……」

「どうかした?」

「……私、私のせいでゼオに大怪我させちゃったから……それに、あんな変な力も見てるし……怖がらせちゃったかもしれない……」


 そう言いながらノアールはポロポロと涙を零した。

 あの瞬間、一番怖かったこと。あの黒い炎より、友達をなくすことだった。自分を庇って怖がらせてしまった。怪我を負わせてしまった。

 もしかしから嫌われたかもしれない。もう一緒にいてくれないかもしれない。

 初めてできた友達なのに。あんなに自分のために色々してくれたのに。


「……どうしよう、お兄様……私、ゼオにどうしたら許してもらえるのかな……」

「グリーゼオ君が何か言ってたの?」

「ううん……たすけて、くれた……」


 あのとき、ノアールの体から溢れ出た炎を消そうとボロボロの体で魔法を使ってくれた。

 大丈夫だからと言ってくれたおかげでノアールは落ち着きを取り戻すことが出来た。

 あんな状況で、自分も傷が痛くてツラいはずなのに、安心させるように声を掛けてくれた。


「大丈夫。彼は、ちゃんとノアールの話を聞いてくれる子だよ」

「……うん」


 カイラスは両手で涙を拭うノアールの頭をそっと撫でた。

 あの黒い炎は消えたのに、ノアールの髪色は黒いまま戻らない。それに焦げてしまったのか長い髪が肩くらいの長さまで切れてしまっている。

 そして目を覚ますまで気付かなかったが、目の色も赤くなったままだ。


「……ところで、ノアール……その髪と目は?」

「え?」


 カイラスの問いにノアールは首を傾げた。質問の意味が分からず、自分の髪に触れる。そこで初めて髪が短くなっていることに気付いた。恐る恐る、色を確認する。


「……え、なんで」

「分からない。僕が駆け付けたときにはもう髪色が変化していた。それに、目の色も赤く変わっている」

「……あの、黒い炎の、せい……?」

「かもしれない。あとで精密検査もするけど、その色が戻るかどうかは……」

「……そう。そ、っか……」


 あからさまに落ち込んだ表情を浮かべる妹に、カイラスは胸がギュッと鷲掴みにされたように痛くなった。

 もっと気を遣ったことを言ってあげれば良かったかもしれない。だけど、気休めを言って戻らなかったら余計にノアールを苦しめてしまう可能性だってある。


「戻らなかったら、変装魔法とかで色を変えることも出来るから……」

「ううん、大丈夫……」

「でも、そんなに色が変わったら目立つだろうし」

「私、元々浮いてるし平気だよ」

「それはそれで兄として心配だけど……」

「これは、後先考えずに行動した私への罰だよ。友達にあんな大怪我させて、私だけ無傷なんて……」


 ノアールはギュッと自分の髪を掴んだ。

 あのまま突っ込まずに急いで大人を呼んでいれば、もっと穏便に済んだかもしれない。

 もし助けが来るのが少しでも遅かったらグリーゼオは死んでいたかもしれない。

 だからこれは、戒めなのだ。もう二度と、こんなことにならないために。


「分かった。ああ、ノアールが寝てる間に父様も来てくれたよ。今はお医者様と司祭様たちと話をしてくれてる」

「父様が……」

「うん。ノアールは、もう少し寝てるといい。後のことは僕たちに任せて」

「で、でも……グリーゼオは?」

「彼もまだ寝てるから、目を覚ましたら会いに行くといいよ」


 ノアールは小さく首を縦に降り、目を閉じた。

 まだ疲れが残っているのだろう。ほんの数分で寝息が聞こえてきた。


 ノアールからの話は聞けた。

 先に目を覚ました男子二人は魔物に襲われてから気を失っていたため、あの森で起きたことは何も知らないと言っていた。

 あとはグリーゼオが起きてから詳しいことを聞くのみ。おそらく、あの場で何が起きたのか一番よく知っているのは彼のはずだ。

カイラスはノアールの髪をそっと撫でてから病室を出た。


 しっかりしているとはいえ、まだ幼い子供だ。あんな惨状を見て、ノアールと共にいることに不安を抱いてしまっているかもしれない。

 恐怖で心に傷を追わせてしまった可能性もある。

 そうなったら、その後のサポートもディセンヴィオ家で責任を取る。


 しかし、ノアールはもう二度と友達を作れないかもしれない。それが兄として、家族として、怖い。


「……なんでこんなことになるかな」


 カイラスは深く息を吐いた。

 とにかく今はグリーゼオが目を覚ますのを待つしかない。

 大事なのは、子供たちが無事なこと。ただそれだけなのだから。



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