1章 17話「黒い炎」




 とても幼い少女から発せられるとは思えない、断末魔のような叫び声とともに、ノアールの体から黒い炎が溢れ出た。

 その黒い炎は生きているかのように魔物を食らい、一瞬で消し炭に変えた。


「は、ぁ……ああ、あああ!」


 まるで己の命を燃やし尽くすように、ノアールの体を黒い炎が包む。白銀の髪は黒く染まり、琥珀の瞳は血のように赤く濁っていく。

 何が起きているのか、全く分からない。ノアールは必死に制御しようとするが、体から溢れる黒い炎は周囲の木々を食らうようにどんどん燃やしている。このままでは結界の内側にいるみんなまで巻き込んでしまう。

 止めたい。だけど自分の意志ではどうにもならない。

 全身が痛い。初めて魔力が覚醒したときの非ではない。

 なぜ魔力が黒くなっているのかも分からない。

 何もかもが分からない。


「う、うああ、うえええええええん!」


 あまりの恐怖に、ノアールは声を張り上げて泣き出した。黒い炎を抑えるように体を両腕で抱えてその場にうずくまった。

 まるで小さな子供のように、ただただ怖くて泣き叫んでる。

 もうこのまま死んでしまうのだろうか。何も成し遂げること出来ないまま、周りにも迷惑をかけて、たった一人の友人を失ってしまうのだろうか。

 絶望しかない。何もかも、終わってしまった。


「    」


 か細い声が聞こえたその瞬間、ポツリと頭に冷たい感触がした。


「……ノ、ア」


 掠れた声と共に、沢山の雫がどんどんと降り注いでくる。

 冷たくて、優しいそれに、ノアールはゆっくりと顔をあげた。

 いつの間に起き上がってきていたのか、グリーゼオがノアールの頭を抱きかかえていた。


「ゼオ……?」

「おれ、は、大丈夫、だから……」


 体から溢れる炎を消すように、グリーゼオは魔法で水を降らせた。ポツポツと弱々しい水滴だが、確実にノアールの心に届いた。

 少しずつ落ち着きを取り戻したおかげか、ノアールの体から溢れ出した炎はゆっくりと消えていった。


「のあ、る……」

「ぜお……ごめ、ね……」


 体の炎が消えるのと同時に、安堵感からかノアールは意識を手放した。

 ばたりと地面に倒れこんだノアールに心配したが、小さい呼吸音が聞こえてホッと胸を撫で下ろす。

 痛みが限界を超えたのか、感覚がマヒしてきたおかげで何とか意識を保てている。だが気を抜いた瞬間、すぐに倒れてしまいそう。

 まだ倒れるわけにはいかない。グリーゼオは制服のポケットから笛を取り出し、息を吹き込んだ。

 音はしないが、空気は僅かに振動するのを感じた。これで気付いた人が来てくれるはず。誰か一人でも大人が来てくれるまで、起きていたい。倒れたくない。ノアールが助かるまでは、意識を手放すわけにはいかない。その気持ちだけで、意識を保っていた。


「グリーゼオ君!」


 数分くらい経った頃、遠くから声が聞こえた。

 霞む視界に見えたのは、顔を真っ青にしたカイラスだった。一番安心できる人が来てくれた。カイラスがいてくれれば、ノアールのことも対処してくれる。この現状も、身内なら上手く対応してくれる。

 グリーゼオは緊張の糸がぷつんと切れたように、意識を手放した。


「グリーゼオ君! グリーゼオ君、大丈夫!?」


 倒れるノアールとグリーゼオに駆け寄り、息があるのを確認した。か細いが呼吸している。

 離れた場所で倒れている二人の男子も無事なようで、一緒に来た司祭に応急処置を頼み、周囲を見回した。


 ノアールを中心に、周囲が真っ黒に焼け焦げていた。おそらく子供たちを襲ったと思われる魔物も真っ黒に炭化してる。

 それに一瞬気が付かなかったが、ノアールの髪色が黒く染まっている。キラキラと光り輝く白銀の髪が、見る影もない。

 ここで何が行われていたのか、二人に話を聞いてみたいことには何も分からない。これは全て魔物の仕業なのか。それとも、ノアールに何かあったのか。


「カイラス君、とりあえず子供たちは病院に搬送します」

「ありがとうございます」


 カイラスと一緒に来た司祭と先生がそっと子供たちを運び出してくれた。

 一旦ノアールたちは大丈夫だろう。あとはこの現状をどうにかしないといけない。


「カイラス様」

「あ、はい」

「この周囲、黒く焦げた場所から魔物の魔力を強く感じます。おそらく魔物が焼いたのでしょう」

「そうなんですね。でも、あれは魔物の死体ですよね? もう一匹がいて、逃げたってことですか?」

「現状ではそう把握するのが妥当かと」

「……分かりました。じゃあ結界の方をちょっと強化してもらって、あとはノアールたちが目を覚ましてから話を聞きます」

「分かりました。では我々は浄化の方をしておきます」

「お願いします。僕も病院に行ってきますね」


 司祭に後を任せ、カイラスは急いで病院へと向かった。

 パッと見た感じ、血を被ってはいたがノアール自身に怪我は見られなかった。心配なのはグリーゼオの方だ。まだ息があったから治癒魔法が間に合うはず。


「……今は魔物のせいにした方がいいかもしれないな」


 万が一、ノアールが何かしたとなったら厄介なことになりかねない。

 ただでさえノアールは前世や魔力のことで特別視されている。これで何か危ない力を隠し持ってると知られたら、周りにどう思われるか分からない。

 さっきの笛の音は父親であるルーフスにも届いている。先生から連絡が届いていれば病院に向かっているはず。カイラスはひとまず父からの指示を仰ごうと、少し震える手を抑えながら思った。




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