1章 16話「野外授業」
何度目かの魔法学での訓練をこなし、少しずつ慣れてきた頃。初めての課外授業が行われることになった。
「良いですか、今回は魔法学で使用する薬草、ムーティオを採取することが目的です」
学園から少し離れた教会の隣にある森で、皆が先生の話を聞く。
ムーティオはほんの少し魔力に触れただけで色が変化する薬草。森の中からその薬草を見分けて採取しようというものだ。
「周囲に結界が貼ってあります。その外には絶対に出ないでくださいね。この辺りは比較的安全ではありますが、魔物が全く出現しないという訳ではありません。結界の境界線は光って見えますので、その先には進まないでくださいね」
先生が何度も繰り返してそう言った。
魔法を覚えたとはいえ、みんなまだ基礎を齧った程度。獣を相手に出来る力はない。生徒たちは少しだけ顔をこわばらせながら、各々でグループを作って森の中を探索し始めた。
「んじゃ行くか」
「うん」
ノアールは勿論、グリーゼオと共に行動を始める。
たくさん生えてる草木の中から魔力を掌に集中させて色が変化する薬草を探していく。
「ムーティオって変化薬を作るのに使うんだよね?」
「ああ。属性関係なく使える魔法薬、だったな」
「ゼオはどんなのに変身したい?」
「特にこれってものはないけど……お前はあんの?」
「大人になってみたい!」
ノアールはパッと目を輝かせてグリーゼオの方へと顔を向けた。
自分にそういう願望がないせいか、グリーゼオはピンとこない顔をしていた。
「え、興味ない?」
「待っていれば大人になるし、今見なくてもいいかなって」
「そういうものかなぁ」
「先に見たら面白くないじゃん」
「あー、なるほど」
ポンと手を叩いて納得した。確かに未来を先に知ってしまったら面白くない。だが気になるものを先に知っておきたい気持ちもある。
ノアールは他に何に変化したいかをグリーゼオと話しながらムーティオの採取を続けた。
「……ん?」
ふと、ノアールは遠くに人影を見つけた。
コソコソしながら奥の方に進んでいく二人の男子。あのまま進んでいったら結界を超えてしまう。ノアールは慌てて立ち上がり、彼らの元へと駆け出した。
「おい、ノア!?」
急に走り出したノアールに驚きながらも視線の先にいる男子に気付き、仕方ないなと頭を掻きながら後を追った。
「ねぇ、あなたたち」
ノアールの声に男子がビクッと肩を震わせて振り向いた。まさかノアールに話しかけられると思っていなかったのだろう。思い切り驚いた顔をしている。
「それ以上進むと結界から出るよ。戻って」
「なんだよ、それくらい知ってるよ」
「あ、ああ。おれらは魔物をぶっ倒しに行くんだ」
言ってる意味が分からず、ノアールは首を傾げた。危ないと分かっている場所に踏み込もうとしているのだろう。理解できずにいると、二人が何をしようとしたか察したグリーゼオが溜息を吐いてノアールを隠すように彼女の前に出た。
「お前ら、ちょっと基礎習った程度で魔物が倒せると思ってんのかよ」
「馬鹿だな、魔法は実戦で覚えるのが上達への近道なんだよ。兄貴だってそう言ってたし」
「そうそう。それに、この辺は大した魔物も出ないって聞いたし、余裕だろ」
「はぁ……仕方ねぇな。ノア、戻って先生に報告しよう」
「え? うん」
これ以上何言っても無駄だろう。グリーゼオは呆れた顔を浮かべ、ノアールの肩を掴んで来た道を戻ろうとした。
だが、その瞬間遠くから聞こえてきた獣の唸り声にノアールが駆け出してしまった。
結界の外に踏み込んでしまったのだ。そして運悪く即座に魔物に見つかった。
「……っ!」
結界の外に一歩出ると、さっきの男子二人が魔物に襲われたのか頭から血を流していた。
まだ辛うじて息はある。だが早く医者に診せないと死んでしまうかもしれない。
助けないと。逃げないと。
そう思い、前を向いた瞬間だった。
「―――っ」
狼のような、黒いオーラを纏った魔物が大きな口を開けてノアールに襲いかかってきた。
完全に油断した。後悔も、死ぬ覚悟すら間に合わない。
「ノアール!!」
まるで喉を引き裂くような、聞いたことのない叫び声がした。
誰。そう思った瞬間、その声の主が目の前に現れた。
「ぜ、お」
魔物とノアールの間に割って入ったグリーゼオの右肩が、思い切り噛み付かれた。
吹き出した血が、互いの顔にかかる。
生温かい、赤いそれが、溢れ出している。
「が、ぁ……」
真っ赤に染まったグリーゼオが足元に倒れた。
目の前には彼の血で口元を濡らした魔物が、唸りながらノアールを睨みつけている。
自分のせいだ。ノアールは軽率な行動でグリーゼオに大怪我を負わせてしまったことに絶望した。
後先考えずに引き返したせいで、こんな怪我をしなくてよかったはずの友人が倒れている。
このままじゃみんな、死んでしまう。
死んでしまう。
死にたくない。
助けて。
魔物が再びノアールに襲いかかってくる。
まるで走馬灯のように、頭の中で過去の光景が一気にフラッシュバックしていく。
自分の過去。そしてノアールが知るはずのない、過去。
前世の自分。その死の間際自身から溢れだす真っ赤な血。
赤。
赤。
「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
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