1章 14話「規格外」
「きゃあ!」
突然聞こえてきた悲鳴に、グリーゼオたちは反射的に声がした方へと走り出した。
「どうした!」
一番早く駆け寄ったルーフスがノアールの肩を掴んだ。
見たところ誰も怪我はしていないが、台座の上にあった水晶が割れていることに気付く。
「ノ、ノアールさんの魔力に耐え切れず、水晶が割れたようです」
司祭の一人が胸を押さえながらそう言った。こんなことは今までになかった。皆が驚いた顔を浮かべている。
水晶はノアールの魔力の影響か、断面が黒く焦げていた。それほど火力が高かったということなのだろうか。グリーゼオは驚きを通り越して笑えてしまった。
「すげーな、お前」
「いやぁビックリした。あ、あの、これって弁償とか……」
「い、いえ、大丈夫ですよ。怪我するといけないので触れないでくださいね」
他の司祭が割れた水晶を片付けている間、ノアールとグリーゼオは長椅子に並んで座り、大人たちが話し合っているのが終わるのを待つ。
「まさか割れちゃうとは思わなかったなぁ」
「そうだな。お前、何ともないのか?」
「うん、平気。でもあんな風に割れちゃったってことは、私の魔力制御が下手ってことなのかな」
「それは関係ないんじゃないか? 今回はノアの魔力値を測っただけだろ。ノア自身が何かしたとかじゃないんだし。でも、測りきれないくらい魔力が高いってことだから、これから大変かもな」
「喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からないなぁ」
魔力が高いことは魔法使いとして喜ばしいことではあるが、その分扱いが難しい。制御が上手くできなければ暴走してしまう可能性だってある。
今のところ、魔力を抑えることは何の苦もなく出来ている。だが同じように魔法を扱えるかどうかは分からない。
制御が上手くできているのは前世の記憶があるおかげというのが大人たちの判断だ。この理屈でいえば魔法も問題なく使えるはず。だが、これはあくまで予測の範囲だ。
前世の記憶があるからと言っても、ノアール自身の体はまだまだ未成熟な子供。前世と同じように使えるとは限らない。
何もかもが分からないことばかりで、ノアール自身は勿論だが、家族の心配は計り知れない。
そして、ノアールの魔力資質を目の当たりにして、グリーゼオら少しだけ怖くなった。
「……おれ、お前のこと助けられるかな」
「ゼオは自分の身を優先していいんだよ」
「約束したからにはやれるだけのことはするよ。でも、なんか、どう言えばいいのか分かんないけど……おれは、ちょっと考え方が甘かったのかもしれんなーって」
「私だって自分のことよく分かってないんだもん。無理もないよ」
割れた水晶を見て、ノアールも少しだけ怖かった。
自分の中にあるものが、あの水晶のように誰かを傷つけたらどうしようと、不安になる。
「まぁ、そうならないように頑張らないとな」
「ゼオ……」
「最悪を想定して、それを回避できるように大人たちが色々と頑張ってくれてるんだ。おれたちだってこれから魔法の授業が始まるわけだし、しっかり学んでいけば大丈夫だよ」
「そうだね。ここで俯いてても仕方ないもんね。これからは歴史の本だけじゃなくて魔法学の本も沢山読むよ」
「授業も真面目に受けろよ」
「うん!」
他愛ない話をしていると、ルーフスとカイラスが2人の方へと戻ってきた。
ルーフスは2人と目線が合うようにしゃがみ、今後のことを説明してくれた。
「まず、グリーゼオ君にはこれを渡そう」
「これは?」
グリーゼオに渡されたのは小さな筒の形をした笛だった。
「これには私やカイ、それからここにいる司祭さまや学園の先生たちの魔力を込めてある。これを吹けば、すぐに私たちに伝わるようになってる」
「こ、こんな凄い魔導具、おれが持ってていいんですか? ノア本人に持っていた方が……」
「ノアールは持たせても忘れそうでね……それに君が持っていた方がノアールも勝手に動き回ることもないだろう」
何かあってもいつでも簡単に人を呼べるとなると、一人でどこか行ってしまうかもしれない。それよりもこうして誰かに持たせていた方が、ノアールの性格上勝手な一人歩きをすることはないはず。それがルーフスの判断だ。
「いいか、ノアール。学園内にいるときは絶対に1人にならないこと。基本的にグリーゼオ君と行動すること。先生にも言ってあるから、移動教室だとかペアを組みことがあるときは必ず彼と一緒になる」
「うん」
「彼が一緒じゃないと、お前に何かあったとき助けを呼べないんだからな、分かっているな」
「分かってる」
「グリーゼオ君も、決して無茶はしないように。どんな些細なことでも躊躇わずに助けを呼びなさい」
「は、はい」
「これは君を守るためでもある。ああ、それから君のご両親にも事情を話しておきたいんだが……」
「あー、必要、ですかね? 帰ったら予定聞いておきます」
もしグリーゼオの両親が自分の息子を巻き込むなと言えば、この話はなかったことになる。
本来なら一番最初に訊かなきゃいけない相手ではあったが、ノアールの両親も城勤めで多忙であったために時間を取れなかった。
それにグリーゼオも親に許可を取る必要がないと思っていた。基本的に放任で、大抵のことは本人の意思に任せている。今回のこともグリーゼオ自身が決めたことなら特に口を挟んだりもしないだろう。
しかしこれは身の危険があるかもしれないことだ。グリーゼオがそう思っていても、親はこればかりは首を縦に振らないかもしれない。
それから細かなことを話し合い、この日は解散となった。
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