1章 13話「目覚め」




「失礼します」


 大きなドアの前でグリーゼオは緊張を振り払うように声を出した。

 ドアを開けて中に入ると、先生や教会の司祭たちに交じってよく知っている顔があったことにノアールは驚いた。


「え、お父様とお兄様!?」

「やぁ、ノアール」


 いつも通りの優しい笑みを浮かべるカイラスの隣で騎士服を着た父、ルーフスが笑顔で手を振っていた。

 まさか兄と父がいるとは思わず、ノアールはパチパチと瞬きを繰り返す。

 そして彼女の隣で驚いた顔をしているグリーゼオ。まさか兄に続いて父親とも顔を合わせることになるとは思っておらず、余計に緊張してきた。

 よくよく考えれば分かったことだ。自分の儀式の後にノアールは今後のことについて話をしなくちゃいけない。それには親も当然同席すべきだろう。


「君がグリーゼオ君だね。ノアールからよく話は聞いてるよ」

「は、はい」

「はじめまして。ノアールの父、ルーフス・ディゼンヴィオだ」

「グ、グリーゼオ・フロイズです」


 グリーゼオは差し出された手を握り、何度も頭を下げた。

 ただでさえ大きい体で威圧感もある上に、まるで観察するようにじっくりと見られている。グリーゼオは逃げ出したい気持ちを必死に抑えて引きつった笑顔を浮かべた。


「それじゃあ、グリーゼオ・フロイズ君。まずは貴方の儀式を行います」

「はい!」

「こちらにどうぞ」


 司祭に声を掛けられ、グリーゼオは助かったと心の中で安堵しながら中央の台座へと向かう。

 ノアール達も邪魔にならないようにと端に移動をした。


「では、魔力覚醒の儀式を行います。儀式と言ってもそう難しいことはしません。この水晶に手を翳して、貴方の中に眠る魔力の核を起こすだけです」

「難しそうに聞こえますけど……」

「ふふ。大丈夫ですよ、体を楽にしてください」


 女性の司祭が微笑み、グリーゼオの肩に手を置いた。

 優しい口調に少し肩の力が抜けていく。グリーゼオは目を閉じ、息を吐いて右手を前に出した。


「眠れる力よ。この声聞こえたならば目覚めよ。時は来た。あなたの主は目覚めを待っている。主に応え、主の力となれ」


 台座の周囲に円を描くように囲む5人の司祭が声を揃えて呪文を唱えていく。

 その声に応えるように、台に置かれた水晶玉が光り出してグリーゼオの体を包んでいった。


 光はゆらゆらと青く輝き、水のように形を変えていく。

 まるで水中にいるような、彼の周りを水で囲んでいるような、神秘的な雰囲気にノアールは息を飲んだ。


「……綺麗」


 その声に気付いたのか、グリーゼオが目を開ける。

 水晶玉の光が消え、彼を包んでいた魔力もスッと消えた。


「お疲れ様です。あなたの魔法は水属性のようですね。魔力も安定しているようですが、お体の方はどうですか?」

「えーっと、特に問題はなさそうです」

「そうですか。もし具合が悪いなどあったらすぐ言ってくださいね」

「ありがとうございます」


 グリーゼオが司祭に頭を下げ、部屋の端にいるノアールの方を見る。大丈夫だよと言うように笑顔を浮かべると、ノアールは嬉しそうに彼の元へと駆け寄った。


「凄い! 凄い綺麗だった! ゼオ、水の魔法なんだね!」

「おう。まさかおれもレア魔法だったとはな」

「私、なんか感動しちゃった。それにね、嬉しいなって」

「嬉しい?」

「だって私の魔法は火でしょ? なんか対になってるみたいじゃない? なんだか運命みたいなの感じちゃった!」


 恥ずかしげもなくそう言うノアールにグリーゼオは顔を真っ赤にした。

 そばにいた司祭は微笑ましい表情で見ているが、離れたところにいる彼女の父親は恐ろしい形相でこちらを見ている。


「ノ、ノアール……おれのことはいいから、さ。次はお前の番だろ」

「あ、そっか」


 グリーゼオはノアールが離れ、軽く息を吐いた。

 正直、自分の属性が水だと分かった瞬間にノアールと同じことを思った。同じように喜んでくれているノアールに、嬉しくなった。

 だけどノアールの父の顔があまりにも怖くて、それを彼女に伝えることが出来なかった。


 気まずい。だがそんなことも言ってられない。これから先は重要な話し合いが待っている。

 司祭に言われるがまま、水晶に手を翳すノアール。その様子を離れたところで見守る彼女の家族。そこに混ざる、友人であるグリーゼオ。言ってしまえば他人である自分がここに居ていいのかと、改めてそう思ってしまうところはある。

 しかし、もう約束をした。これは自分自身で決めたことだ。

 グリーゼオは深く深呼吸して、ルーフスとカイラスの元へと移動した。


「お疲れ様、グリーゼオ君。どうだい? 魔力に目覚めた感覚は」

「なんか実感はないですけど……何となく体の中で何かが動いてるような感じはあります」

「初めはそういうものだ。一晩経てば体に馴染むだろう。今はあまり無理をしないようにな」


 ルーフスにポンと肩を叩かれてビクッとしたが、さっきまでの顔とは打って変わって優しい表情をしていたので、少しだけ安堵した。

 第一印象が少し良くなかったが、冷静になれば落ち着きのある大人。この国を守る騎士団長だ。それにノアールと一緒にいれば過剰に心配したくなる気持ちは理解できる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る