1章 12話「儀式」



 一週間後。

 今日は朝から教室がざわついている。誰もが浮足立つのも無理はない。この学園に入学した皆が心待ちにした日、魔法の覚醒の儀式なのだから。


「ノアール、大丈夫か?」

「私は平気だよ」

「そうか。おれたちは最後だから、しばらく時間あるな」

「そうだね。儀式ってどれくらい時間が掛かるものなんだろう」

「さすがに分かんねぇな」


 先週、ノアールの魔法の話を聞いた日。ノアールが本来の覚醒の儀式がどういうものなのか見たいとお願いされ、順番も最後ということもあってグリーゼオの儀式にノアールも同席することになった。

 儀式の際は放送で名を呼ばれ、学園内にある礼拝堂へと向かう。それまでは自由時間となっている。学園内であればどこにいても構わない。

 二人が互いの儀式に同席することは他の生徒を混乱させないよう勿論伏せられている。グリーゼオの名前が呼ばれたときにノアールもそのまま一緒に行き、グリーゼオの儀式が終わったら放送で形だけの呼び出しをする流れになっている。


「図書室でも行くか?」

「そうだね。あそこなら人も少ないだろうし」


 一緒に行くところを人に見られるわけにはいかない。なるべく人気の少ないところで順番を待とうと、二人は図書室へと向かった。


 相変わらず、人の気配はない。

 特に今日はみんな自分の魔力を覚醒させる大事な儀式の日。教室で今か今かと自分の名前が呼ばれるのを待っている。


「ゼオも緊張するの?」

「そりゃあな」

「私もみんなと同じが良かったな。そういうワクワク感、なくなっちゃったし」

「ワクワク……まぁそういう気持ちもなくはないけど、ちょっと怖い感もあるよ」

「怖い?」

「魔法を使いたくてこの学園に来たわけだし、この儀式もずっと楽しみにしてた。でも、自分の魔力がどれくらいなのかとか、どういう魔法を覚えるのか、とか」

「そっか。魔法の属性も、儀式で分かるんだもんね」


 魔法属性。これは先天的に決まっている魔力のこと。ノアールは火の魔力資質を持っており、それ以外の属性魔法は基本的に使えない。誰でも自由に扱える魔法は無属性と括られ、例を挙げると空を飛んだり物を動かしたりする魔法を指す。


「そういえば、お前が覚醒した時はどんなだった?」

「私? 本当に急だったからビックリしたよ。前世のことを初めて夢で見て、飛び起きた直後だった。体からぶわーって赤い湯気みたいなのが溢れてきてね、もう訳分からなくて怖かったよ」

「へぇ。赤……火の属性だからか。それにしても五大元素の魔法ってレアなんだよな。すげーな」

「まだちゃんと魔法使ったことないから凄いのかどうかわからないけど……でも旅に出たときは役に立ちそうだよね」

「まぁ……火を起こすのは楽になるな」


 魔法の使い道がそれだけなのだろうかとグリーゼオは少しだけ頭を抱えたくなった。

 ノアールは魔力が高いと聞いた。これから先、たくさん魔法を覚えていけば優秀な魔法使いにだってなれる。


 だが、ノアールはそんなことに目を向けたりはしないだろう。今の彼女の目的は前世の自分を探すこと。それに役立つ魔法以外に興味がない。

 ノアールらしいと言えばノアールらしいが、第三者目線からすれば勿体ないと感じてしまう。


「ゼオはなんだろうね」

「おれ、かぁ……親の属性も多少は影響するんだっけ?」

「遺伝することもあるって確か習ったね。私は全然違うけど」

「へぇ?」

「お父様の属性は重力、お母様は癒し。それとお兄様は木属性」

「カイラス先輩もレア魔法なのか」

「そうだね。ああ、だからかな、薬学に興味を持つようになったの」


 なるほど、とグリーゼオは軽く頭を振った。

 確かに覚醒した魔法属性で進路を決める人は少なくない。グリーゼオは実父の魔法属性が「知」だったことを思い出す。一度見聞きしたことや知識を忘れない特殊な魔法属性。昔から祖父の影響で古い遺跡などが好きだったこともあり、魔法が覚醒してからはずっと考古学を学んできたといつだったか話してくれた。


「私の場合、火だからなぁ。特定の職業向きじゃないし」

「確かに攻撃系の魔法だもんな。でもお前、騎士とか戦闘職に興味ないだろ」

「ないね。旅に出てる間に身を守る魔法さえ使えればいいくらい」

「ま、将来なんてどうなるか分からないし。おれら、まだガキだし。いくらでも夢見ていいんじゃない」

「ゼオは何か考えてたりするの? お父様のお仕事に興味持ったりとかは?」

「いや、おれは特に考えてないな。魔法学校に入ろうと思ったのもあくまで将来の選択肢を増やしておこうかなって程度だし」


 魔力を覚醒させたからといって誰もが魔法を使う職に就くわけじゃない。中には途中から別の学校に転校する子もいる。

 誰もが魔法使いになれるわけじゃない。この覚醒の儀式を終えた後、自身の魔力量が少なくて辞める子も少なくない。


「魔法学校の初等部はお試しみたいなところあるらしいからな」

「そうなの?」

「ああ。初等部で基本を習って、子供が魔法に興味持てなかったり才能がないって判断したら辞めさせちゃうみたいな話は聞くぞ」

「才能……って言葉は嫌いだなぁ」

「まぁまぁ、ここは特に名門だからな。学費云々の話もあるし、お前みたいな貴族ばかりじゃないって話だよ」


 そういうものかと、ノアールは少し納得いかない顔で頷いた。

 ノアール自身も魔法にはそこまで興味はなかった。兄が通っているから自分も同じところに行くんだろうな程度にしか考えていなかった。

 それが入学前に魔法が目覚めてしまい、前世を思い出すという予想もしない事態が起きた。もう本人の意思関係なく魔法をきちんと学ばなくてはいけなくなってしまった。ノアール自身もちゃんと魔法を覚えたいという気持ちが芽生えた。

 グリーゼオが言ったように、将来はどうなるか分からないもの。ノアールは普段全く話をしない子たちにも色んな考えがあってこの学園に通っているんだなと思った。


「初等部3組、グリーゼオ・フロイズ君。礼拝堂までお越しください。繰り返します……」


 放送が聞こえ、グリーゼオは緊張しているのか深めに深呼吸した。


「それじゃあ、行こうか」

「うん」


 二人は椅子から立ち上がり、礼拝堂へと向かった。

 隣を歩くグリーゼオの顔は強張っている。同じ緊張感を味わうことが出来ないノアールは、彼の気持ちを分かってあげられないことに少しだけ寂しさを感じた。

 なんて声を掛けていいのかも分からず、二人は礼拝堂に着くまで黙ったままだった。




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