1章 11話「不安」
校門の外へ着くと、ディセンヴィオ家の家紋が刻まれた馬車が待っていた。
普段馬車なんて乗ることがないグリーゼオは緊張しながら乗り込んだ。その隣にノアールが座り、二人の向かい側の席にカイラスが腰を下ろすと、御者に馬車を出すように指示を出した。
外から馬が低く唸る声が聞こえ、ゆっくりと車体が動き出す。
緊張して肩に力が入っているグリーゼオに、カイラスは小さく笑みを零し、「急にゴメンね」と優しい口調で話を始めた。
「今日、魔法の覚醒の儀式について話があっただろう?」
「え、は、はい。ありました、けど」
「そのことについて、少し相談したいことがあるんだ」
「相談……もしかして、ノアールのことですか?」
「話が早いね」
カイラスは小さく頷いた。
「これは我が家の事情で、本来なら君を巻き込むようなことじゃない。だけど、もし君さえ良ければノアールの助けになってほしいんだ」
「……助けに、ですか?」
「うん。もし迷惑だと思ったら断ってくれていい。これは僕個人のワガママだ」
何を言おうとしているのかまだ分からない。だけど、何となく察することはできる。ノアールは前世のこと以外に、魔法のことで何かあるのだろう。グリーゼオは隣に座るノアールのことを見た。
自分に出来ることなんてたかが知れている。それでもグリーゼオは彼女のそばにいたいと、前世のことで協力したいと思った。魔法のことに関してはまだ何も習っていない自分にはどう対処していいのかも何をすれば助けになるのかも、これから自分が彼女のために何をすればいいのかもわからない。
だけど、カイラスが自分を頼ってくれたことは素直に嬉しい。グリーゼオは彼の方へと視線を向け、深く頷いてみせた。
「おれに、出来ることがあるのなら」
「ありがとう」
カイラスはホッと安堵したような笑みを浮かべた。彼自身も緊張していたのだろう。断られても無理はないことだ。自分のワガママを通して大事な妹の友人を失わせるところだったかもしれない。
しかし、彼は首を縦に振ってくれた。
カイラスは深く息を吐き、ノアールの魔法のことを話し始めた。
前世を思い出したとき、一緒に魔法も覚醒したこと。その魔力量が尋常じゃないこと。今は前世の記憶のおかげなのか制御が出来ているが、この先も安定して魔法を使えるかどうかは分からないということ。
「だから、これから先の魔法学の授業などでノアールに何かあったら、僕を呼んでほしい。あとは、そうだね。授業以外でも何かあれば、大人に助けを呼びに行くとか」
「そういうのでいいなら、おれにも出来ると思います」
「うん。もし君自身が危ないと感じることがあれば迷わず逃げるんだよ。一人で何かしようとしないでね」
「は、はい」
「魔法のことはノアールもまだ制御の仕方以外に何も習っていない。本格的に魔法を使うようになったとき、何があるか分からないからね。僕たち家族も慎重にならざるを得ないんだ。すまない、君を巻き込むようなことをして」
「いえ、おれは全然……」
「勝手で申し訳ないけど、覚醒の儀式の順番もノアールの前にしてもらっていいかな。それで、君の体調が問題ないようであれば、そのまま残ってほしい」
「え!?」
その話はノアールも初耳だったため、思わず声を上げた。
「お兄様、なんでゼオも?」
「これから先の話をしていくからね、彼も一緒にいてくれた方がいいだろうと僕と父様で話していたんだ」
「おれは構いません。おれがどう立ち回ればいいのかとか、大人の指示を仰ぎたいですし」
「君は本当にしっかりしてるね。グリーゼオ君のような子がノアールの友達になってくれて本当に助かるよ」
カイラスの言葉に照れて顔を赤らめるグリーゼオ。ただ友人の助けになれればという気持ちで応えただけで、自分自身が何か出来るわけじゃない。そんなに褒められることじゃないと伝えるが、謙遜しないでいいよとカイラスに返された。
そんな二人のやり取りを隣で聞いてきたノアールが、グリーゼオの腕をくいっと引いた。
「ゼオ……」
「な、なんだ?」
「本当に、大丈夫?」
「え?」
「その……前世のこともそうだけど、色々と迷惑かけてない?」
「ノア……」
ノアールがそんなことを気にしていたのかとグリーゼオは少しだけ驚いた。
何も気にしていないとは思わない。だけど、悲しそうな顔を浮かべるほど気に病んでいるとは思ってもいなかった。
「おれなら本当に大丈夫だよ。まぁ、何かあったときの連絡役くらいなものだし。迷惑とか思ってないからさ」
「でも……私自身、魔法のことは未知数だし……」
「早く魔法覚えたいってワクワクしてたじゃんか」
「魔法を覚えることは凄く楽しみだよ。でも、何かあったときにゼオを巻き込んじゃったら……怖い、じゃん」
「おれは万が一のときに助けを呼ぶ役目。身を挺してお前の魔法を止めるとかそういうんじゃないから平気だよ。おれだって自分から危ないことに突っ込んでいこうなんて思うほど馬鹿じゃないし」
「本当?」
「おう」
「絶対だよ。約束!」
そう言ってノアールは右手の小指を差し出した。
まさか指切りを提案されると思っていなかったグリーゼオは反射的にカイラスの方を見てしまった。カイラスはニコニコと微笑んで頷くだけ。
正直恥ずかしい。だが真剣な目を向けるノアールの手を払うことなんて出来るはずもない。グリーゼオは観念したように息を吐き、自身の小指を絡めた。
「約束、だからね」
「ああ。危ないことはしない。ついでに、おれからも約束な」
「え?」
「お前も、危ないことだけはするなよ。おれの見てないところで何かあっても助けを呼びに行けないだろ」
「うん。私も約束する。学園にいるときはゼオと一緒にいる。今でもほぼそうだけど」
「そうだな。まぁ、おれに出来る範囲で協力するから、よろしくな」
「うん!」
ギュッと互いに絡めた指に力を込めた。
二人のやり取りに、カイラスは今後のことを頭の中でずっと考えていた。両親と、そして学園の先生たちとも色々と話し合わなきゃいけない。
ただでさえ前世を思い出すこと、儀式の前に魔法が覚醒することというイレギュラーが重なって起きたのだ。過剰なくらい万全の態勢を敷いておいて損はない。何もなければ、それでいい。どんな努力も惜しまない。可愛い妹の笑顔を守るためなのだから。
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