1章 10話「注目」



「おはよ、ゼオ」

「おはよう、ノア」


 翌日。いつものように教室に入り、隣の席に座るグリーゼオに挨拶をした。


「昨日はありがとうね」

「いや、こっちこそ。部屋が片付いたって父さんも喜んでたよ」

「それは私がやったんじゃないよ」

「いや。おれじゃああの部屋どう手を付けていいか分からなかったし、ノアが本を種類ごとに分けてくれたおかげで助かったよ。父さんも驚いてたよ。あの量を一日で読んだのかって」

「そうなの?」

「おれと同い年の子が読めるような内容じゃないのにって。父さんの方もお前に会いたがってるよ」

「本当? 嬉しい! 私もゼオのお父様に会えるの楽しみだなぁ」


 ノアールの発言に教室内が少しだけざわついたのをグリーゼオは見逃さなかった。

 ただ会って話が聞きたいだけ。ただそれだけのことだが、女子が男子の親に会いたがっているという発言は深読みされてもおかしくはない。


「ノ、ノアール。言葉を選んで……」

「え?」

「……いや、あー……そ、そうだな! 父さん、学者だからな! 勉強会しような! 勉強!」


 グリーゼオは少しだけ声を大きくして周囲の誤解を解こうとした。

 これで誤魔化せたのか分からないが、とりあえずノアールは急に大声を出したグリーゼオに少しだけ引いた。


「……どしたの?」

「なんでもない……なんでおれ、こんな変な気を回さないといけないんだろ……」

「は?」


 頭を抱えるグリーゼオに、何も分からず首を傾げるノアール。これは変に気を遣うだけ無駄なのではないかとグリーゼオは思った。


「もういい。本当、何でもない。ああ、父さんはいつでも来いってさ。事前に来る日を教えてくれれば家にいるからって」

「大丈夫なの? お仕事とか」

「大丈夫だよ。たまに講義とかしてるけど、基本的には自由に動いてるし。研究やら論文やら、まぁ色々と本も出してるから収入には困ってないみたいだし」

「へぇ、やっぱり凄い人なんだね。昨日読ませてもらった遠い地方の歴史や遺物に関する書物とか、面白かったよ」

「面白いって感覚はよく分からないけど、うちにあるので良ければいつでも読みに来いよ。父さんの部屋に入りきってないヤツもあるからさ」

「うん!」


 それから二人は授業が始まるまで話を続けた。

 予鈴が鳴り、ノアールはいつものように図書室から借りてきた本を出して読み始めようとした。だが、今日はいつもと少しだけ違った。


「授業の前に、来週に控えた儀式について説明します」


 先生がそう話を切り出し、ノアールは本を閉じた。

 当日は名前を呼ばれた順に儀式を行うこと。魔法が覚醒すると人によっては体調を崩したりすることもあるため、その日は授業がなくなることなど、先生が当日の手順を説明していく。

 ノアールは儀式の日のことを事前に聞いていた。何かあった時のため、父ルーフスも同席すると前もって教えられている。そして順番は一番最後であること。既に覚醒をしているため儀式は行わないが、魔力量や体への負荷がないかなど調べたりするそうだ。


「当日は親御さんなどお迎えを頼んでおいてください。目覚めた魔力に酔ってしまったり、馴染むまで具合を悪くすることもありますから」


 先生はそう言い、授業を再開した。

 ようやく魔法の授業が始まる。待ちに待った魔法学にノアールは本を開くが、集中して読むことが出来なかった。



―――

――



「あー、やっと終わったぁ」


 放課後になり、グリーゼオは思いっきり腕を伸ばした。

 ノアールも軽く肩を回し、帰り支度を始める。


「ん?」


 ふと、グリーゼオは廊下の方が騒がしいことに気付く。

 何があったのだろうか。聞こえてくるのは女子の甲高い声だけ。


「なぁ、ノアール。なんか外がうるさくないか?」

「うん? そういえば……」


 二人が首を傾げながら廊下の方へと目を向けると、教室の後ろのドアがガラッと音を立てて開いた。


「ああ、良かった。まだ帰ってなかったね」

「お兄様!」


 初等部の教室にやってきたのはノアールの兄、カイラスだった。

 女子たちがキャアキャアと騒いでいた理由は分かったが、なぜカイラスがここまでやってきたのかは分からない。


「どうしたの、お兄様」


 ノアールは急いでカバンを背負い、カイラスの元へと駆け寄った。それだけで周囲はざわめく。

 どうやら2人が兄妹であることを知らなかったのだろう。グリーゼオも言われるまでは気付いていなかった。


「ゼオ。ゼーオー」


 ノアールに名前を呼ばれ、グリーゼオは二人の元に歩み寄る。


「どうしたんだよ」

「あのね、お兄様がゼオに話したいことがあるんだって」

「え、おれに?」


 まさか自分に用があるとは思っていなかった。驚いたゼオはパッとカイラスの方へと顔を向けた。


「いきなりでゴメンね。この後、少しいいかな?」

「は、はい。大丈夫です」

「じゃあ、うちの馬車で一緒に帰ろう。君の家まで送るよ。話はそこで」


 グリーゼオが頷くと、カイラスはありがとうと言いながら微笑んだ。

 一体何の話があるというのか。話の予想が出来ず、グリーゼオは少しだけ不安を胸に抱いたまま二人の後ろを付いていった。



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