1章 9話「心配」




 屋敷に戻り、着替えを済ませたノアールは食堂へと向かった。

 既に席に着いていたカイラスが読んでいた本を閉じ、隣に座るノアールに今日はどうだったかと聞いた。


「凄く楽しかったよ。ゼオの家ね、物凄い沢山の本があったの」

「へぇ、それは僕も興味あるな」

「学園の図書室にはないような古い本が多くてね。ゼオのお父様が書かれたものとかもあったんだよ」

「そういえば彼のお父さんは学者さんなんだっけ?」

「どれも面白くて、勉強になったよ。今度、直接お話してみたらって」

「良いんじゃないかな、僕も色々と話を聞いてみたいね」


 カイラスは体の向きを変え、ノアールの方へと座り直した。

 ノアールは新しい本を読めたことが嬉しかったのか、得てきた知識を兄に話している。


「そういえば、お兄様は勇者のお話ってどれくらい知ってます?」

「ん? どうしたんだい、急に」

「いえ、今日読んだものの中にあったのでちょっと気になって」

「うーん。昔の話だし、あまり語られてもいないから興味を持ったことないなぁ……だから他の人が知ってる程度の知識しかないよ。ずーっと昔に現れた魔王と勇者が戦った、くらいしか」

「やっぱりそうだよね。ゼオのお父様はそのことについて調べるみたい」

「へぇ。お、そうそう。勇者は禁術により召喚された異界の者とかって噂もあるらしいね」

「そうなんですか?」

「あくまで根も葉もない噂だよ。それだけ情報が少なすぎるんだ。まぁ、だからこそ歴史のことを調べているなら、紐解きたくはなるだろうね」


 カイラスは腕を組んで数回頷いた。

 今日のことはノアールにとって良い刺激になったようで、目をキラキラとさせている妹の表情に、カイラスも自然と笑顔になる。

 いつもこんな風に笑っていてくれたらいいのに。カイラスはそう思いながらノアールの頭を撫でた。

 ノアールは家族を心配させるようなことは絶対にしない。それは分かっているが、どうしたって不安にはなる。前世を思い出すこと、前世の自分を探すなんてこと、実際に体験しなければ理解が出来ない。妹の心境を理解してあげることはできない。

 時折、どこか大人びたような悲しげな表情を浮かべるときがある。そんな顔を見るたび、ノアールが消えてしまうんじゃないかという不安に駆られてしまう。

 前世を思い出すということ自体が普通あり得ないことだ。もしかしたら前世の自分が今のノアールの人格を塗り潰してしまうかもしれない。それはノアール自身がどうこうできるものじゃない。だから怖いのだ。


「……ノアール」

「はい?」

「何か変だなって思うことがあったらすぐに言うんだよ。どんな些細なことでもいい。何か思い出したとか、ちょっとした体の異変でも」

「うん、分かってるよ。お父様やお母様にも言われているし」

「みんな心配なんだよ。ノアールのことが大切だからね」

「うん。私もみんなのこと大切だよ、大好き」


 無邪気に笑うノアールに、カイラスは小さく息を吐く。

 家族が心配していることは分かっているだろうが、それがどの程度伝わっているのだろうか。

 前世を思い出したあの日から、両親は仕事の合間に前世のことやノアールの魔法のことに関して調べ回っている。ノアールに余計な心配をさせないように帰りは遅くならないようにしているが、疲れが顔に出ている。

 ノアールの前ではいつも通りに振舞っているので気付かれてはいないが、カイラスは分かっている。

 カイラスも自分に出来る範囲で色々と調べている。しかしあまりにも前例がなさ過ぎて、手掛かりになりそうなものは何も掴めていない。

 まるで雲を掴むような話だ。当事者であるノアールだってまだ分かっていないことが多すぎる。

 何から手を付ければいいか分からない。どう調べればいいのかも正直分からない。だから手当たり次第に進めていくしかない。どんなに小さなことでもいい。それが大切なノアールのためになるかもしれないのだから。


「ただいま。ノアール、カイラス」

「ただ今戻りました」

「お父様、お母様! おかえりなさい!」

「お疲れ様です。父様、母様」


 帰宅した両親は子供たちの頭にそっと口付けをして、席に着いた。

 他愛ない話を交えながら夕食を進めていく。


「ノアール。お友達の家はどうだった?」

「あのね、たくさん本があって面白かったよ」


 父の問いにノアールは笑顔で答えた。

 その様子に特に問題もなかったのだろうと少しホッとする。


「そうか、それは良かったな」

「うん! ゼオね、散らかったお父様の本を片づけながら私にも気を遣ってくれたりしてね、優しかったんだ」

「そ、そうか。良い子だな」

「そうなの! ゼオ、凄くいい人なんだよ。片付けもテキパキしててね。あとお部屋も綺麗だったし、お茶も美味しかったし、自分の部屋よりも集中して読めた!」

「そ、そうか、そうなのかぁ。よかったなぁ」


 グリーゼオをべた褒めするノアールに、ルーフスは複雑な心境を抱いた。

 ノアールは単純に友達の話をしていただけだが、ルーフスは父親として娘が知らない男を褒める話を受け止めきれなかった。

 まだ初等部に上がったばかりで、今まで友人らしい友人もいなかった。だからこそ素直に喜んであげたいところだが、ノアールはまだまだ幼くて可愛い愛娘。前世や魔法の覚醒のこともあってより過保護になるのも無理はない。


「また遊びに行ってもいい?」

「そ、そうだな。向こうのお宅に迷惑にならない程度にな……」

「ふふ。大丈夫よ、ノアール。お父様のことは気にしないでね」


 動揺するルーフスの様子を見ながら、ヴィオラは口元に手を添えて笑みを零した。

 普段は男らしく威厳のある王国騎士団長を務めているが、家では子供に甘い親バカな父。そんなギャップが可愛くて好きなヴィオラは、娘の初友達にアタフタしている様子が面白くて仕方なかった。



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