1章 2話「友人」




 それから数週間が過ぎた。

 図書室で話をするようになってから、教室でもグリーゼオが積極的に声をかけてくれるようになり、初めは受け身だけだったノアールも段々と自分から話しかけるようになっていった。


「おはよ、ゼオ」

「おはよう、ノア。そうだ、父さんに話してみたよ」

「本当? 歴史を調べる上で遺跡とか過去の文化物は絶対に調べておきたいと思ってたんだ」

「今度、遊びにおいでってさ。次の休み、来るか?」

「うん、行く。ありがとう」


 今まで誰とも会話をしてこなかったノアールが突然クラスの男子と仲良く話をするようになったことに皆が驚いた。

 無理もない。授業中だって関係のない本を読んでいるような女の子が急に隣の席の男子と仲良くなっているのだから、二人の間に何がったんだろうと気にならないはずもない。


「そういえば、さっきクラスの女子にノアと何があったんだって問い詰められたんだけど」

「は? なにそれ意味わかんない」

「お前が他の子と喋らなさすぎるんだよ」

「そうだけど……てゆうか、なんで私には聞いてこないの?」

「まだ話しかけにくいんじゃないの? おれも声掛けたらって言ったんだけど、なんかちょっと怖いって」

「え? 怖がらせた覚えはないんだけど」


 そんなにとっつきにくい雰囲気を出した覚えもなく、ただ本を読み続けていただけだった。まさかクラスの子からそんな印象を持たれていたなんて思いもせず、ノアールはほんの少しだけ傷付いた。

 周囲の評価なんて気にしていないが、さすがに直接聞くと多少のダメージはあった。


「まぁいいや。別に馴れ合いとか興味ないし」

「まぁ人の交友関係とかに口を挟む気はないけど……話をするのがおれだけっていいのか?」

「ゼオは色々と手伝ってくれるし……無駄話とかしてるわけじゃないし」

「他の人達が無駄な話ばかりしてるみたいな……」

「いや、悪い意味じゃないよ。雑談とか好きにしたらいいとは思うし……でも私は他の子達がしてるような話題に興味が持てないだけ。好きな男子がどうとか王都で有名なイケメン魔術師がどうとか……」

「前世の自分を探す方が大事だから?」

「うん」


 ノアールは迷いなく首を縦に振った。

 夢で見た少女。前世の自分の生まれ変わりが、今のノアールだ。だが殺されたことへのショックで魂を半分置いてきてしまったような、そんな喪失感をずっと抱えている。この欠けたピースを見つけない限り、安心して生きることは出来ない。


「はぁ……早く魔法覚えたいな」

「魔法を覚えたからってすぐに旅できるわけじゃないんだろ」

「……まぁ、早くても卒業試験を受けてからじゃないと無理だろうけど」

「順当に進んでも高等部の卒業試験が最短かな」

「遠いなぁ……あと10年もあるんだ」

「焦るなよ。急いては事を仕損じるって言葉がどっかの国にあるって父さんから教わったぞ」

「なにそれ?」

「えーっと、急いだり慌てたりして何か事を進めると失敗するって意味らしい。だから、焦ってるときほど慌てず冷静に、ってことだよ」

「はー、なるほど」


 遠い国のことわざに、ノアールは納得したように小さく何度も頷いた。

 確かにその通りだ。前世のことだってまだ全てを思い出したわけじゃない。焦って旅に出て、魔物に襲われでもしたらどうなるか。未練を残して、また生まれ変わるのを待つのか。そうなったら記憶はどうなる。またこうして思い出すことが出来るのかも分からない。


「何事も慎重にいかないと駄目ってことだね」

「そういうこと。親を悲しませるようなことだけはすんなよ」

「分かってるよ」

「まぁ覚醒の儀式の日も来月に行われるしさ」

「うん」


 授業の準備をしながら、グリーゼオはいつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。

 ノアールは軽く息を吐き、読みかけの本をカバンから取り出して読み始めた。


 あえて口にしなかったが、ノアールは既に十分な知識を得ている。

 彼女が望みさえすれば。いや、望まずとも進級試験を受けさせて飛び級させることだって出来るだろう。

 今はまだ入学したばかりでテストも受けていない。何かしらのテストを済ませれば、彼女の実力に気付くはず。そうすれば一気に卒業だって出来てしまうかもしれない。


 グリーゼオは、そうなったら嫌だなと心の中で思った。

 まだ知り合ったばかりではあるが、入学時から気になっていた。図書室で見かけたときも、声を掛けるのに実はかなり勇気を出していた。

 無視されるかと思って声を掛けてみれば、普通に受け答えをしてくれた。前世のことは驚いたが、それを除けば普通の女の子だ。

 ただ少し、いやかなり危なっかしい。前世のことで先急いでいるようで、目を離したすきにどこか遠くに行ってしまいそうな気がして怖くなる時がある。知り合ったばかりの自分がそう感じるのだから、きっと家族はもっと心配していることだろう。

 グリーゼオはまだ会ったことのないノアールの両親の苦悩を勝手に感じ取り、誰にも聞かれないように溜息を吐いた。


 ノアールは学力はあるが、基本的には赤ん坊のようなものだ。

 勝手にどこか遠くへ行かないように見ておかないと。グリーゼオは保護者のような気持ちで先生の話を一切聞かずに歴史書を読むノアールのことを暖かい目で見守った。



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