1章 1「出会い」
前世の記憶を夢に見てから1ヶ月後が過ぎた。
ノアールは王国立アーディマス魔法学園の初等部に入学した。入学式直後から授業以外の時間を図書室で過ごし、誰とも会話すらしない変わった子として同級生たちに遠巻きに見られるようになっていた。
あの日から何度か前世の夢を見た。所々断片的ではあるが自分の記憶のように前世のことを思い出せるようになってきた。
しかし、一番最初に夢で見た死の瞬間だけあの日以来全く見ていない。それに名前も分からないまま。肝心な部分だけが穴抜けになっていて、何一つ確信を得られない。
もう少し鮮明に思い出すことが出来れば、前世の自分が今どこにいるのか分かるのにと、もどかしく思いつつも、あの悲しい光景をあまり見たくないと思う自分もいる。
前世とはいえ、紛れもなく過去の自分に起きた出来事。あの夢を見た瞬間の胸の苦しみは二度と経験したくないほどの痛みだ。
「……ふぅ。この辺の本は大体読んだかな」
パタンと本を閉じ、背もたれに体を預けて思い切り伸びをした。
前世の記憶を少しづつ思い出したおかげなのか、ノアールは文字の読み書きもすぐに覚えた。
おそらく前世の自分が死んだのは15か16歳。思い出せる限りではそれなりの貴族の令嬢だった。だから知識も作法も人並み以上に身に付いている。
そんな彼女の魂に刻まれた記憶が今のノアールにも影響して、なんでも直ぐに覚えられるようになった。
そのせいか、初等部で覚えることは既にもう身についてしまっている。
もう授業を受ける必要もなく、暇を持て余してしまったノアールはこうして図書館に入り浸っては片っ端から書物を読み漁っているのだった。
おかげで、クラスでは完全に浮いてしまっている。
友達を作るよりも勉強を優先しすぎて、入学から数ヶ月たった今でも友人と呼べる人は一人もいない。同学年の子達にはさっぱり分からない本をひたすら読み続けている変な子と思われてしまっている。
「……せめて、何年前に亡くなったのかが分かればいいのに……」
棚から持てるだけ運んできた歴史書を捲りながら、ボソッと呟いた。
もし兄の考察通りなら、過去の自分はかなり強い魔力を持っていた。そんな令嬢がいれば少しくらい有名になっていてもおかしくない。
各国の魔法学園の成績優秀者などは何かしらの記事に載っていたり、歴史に名を刻むこともある。
名前を見たら、もしかしたら思い出すかもしれない。そうすれば、探し出すための手がかりを掴めるのに。
そう思いながら、ノアールは毎日本をめくり続ける。
「……うーん。魔法で探せたら便利なのになぁ」
ある程度の知識を身につけたとはいえ、魔法の扱いとなると話は別だ。
前世と違い、ノアールはまだ6歳。あの強大な魔力を抱えて普通に暮らせているだけで不思議なくらいではあるが、それを魔法として扱うには体力も精神力もまだ未熟。
両親と共に入学時に教員だけでなく教会の司祭とも話し合い、他のみんなと同じように覚醒の儀式を行う年齢になるまで魔法は使わないと約束をした。
とりあえず今は魔法を覚えるための準備として、知識と体力を付けることを優先している。
「ねぇ、それ面白いの?」
突然話しかけられ、ノアールはビクッと方を震わせた。
反射的に振り返ると、そこにいたのは児童向けの小説を何冊か腕に抱えた少年が立っていた。
「……」
「あの? ディセンヴィオさん? おれの質問、聞こえてた?」
「え、あの……えっと……誰?」
「え? 同じクラスのグリーゼオだよ。グリーゼオ・フロイズ。てゆうか隣の席だし」
「あー、そうなんだ。ごめん、人の名前とか覚えてなくて……」
ノアールが謝ると、グリーゼオは「別にいいよ」と言って隣の椅子に座った。
「ディセンヴィオさん、誰とも会話とかしてないもんな。他のみんなも声掛けにくそうにしてるし」
「……別に、話しかければ答えるけど……」
「みたいだね。おれ、声を掛けたはいいけど無視されるかなーとかちょっと思ってた」
「しないよ、そんなこと」
確かにノアールはずっと本に夢中になっていた。自分から誰かと交流を深めようとはしなかった。そんな暇があるならひとつで多くの知識を身につけたいと思っていたから。
だが話しかけられて無視をしようなんて思っていない。元々は人懐っこい性格だった。
前世を思い出したことで、かつての自分を見つけたいという気持ちが先行しすぎて、人付き合いを後回しにしてしまっているだけ。そのことを両親や兄は少し心配していた。
「それで、いつも何読んでるの? おれも本を読むの好きなんだ」
「……君が読むような本とは違うよ。歴史とか、魔術書とか」
「ふーん……って、こんな難しいの読んでるの? なんで読めるの? まだ習ってないのに」
「お兄様に教わったりしたから。私はひとつでも多くのことを知りたいの」
「へぇ。ディセンヴィオさんは勉強が好きなんだ?」
「嫌いってこともないけど、特別勉強が好きってワケじゃないよ。ただ、早く色んなことを知って、街の外に出られるようにしたいの」
「え、なんで? か、家族と仲悪いとか?」
悲しげな目をするグリーゼオに、ノアールは言葉のチョイスを間違えたと少しばかり困った表情を浮かべた。
「そ、そんなことない。むしろ仲良しだよ。みんな大好きだし」
「じゃあなんで?」
「昔の自分を探すため」
「は?」
ノアールは前世の記憶があること。そして前世の自分がどこかで待っていること、早く見つけに行きたいということをグリーゼオに話した。
一般的に前世のことを思い出すのはかなり珍しく、言っても信じられないことの方が多い。だがノアールは特にそんなことを気にはしていなかった。親も魔法のことは話すなと口止めされたが、前世のことは何も言わなかったからだ。
「前世……って、それ、マジで言ってんの?」
「嘘つく意味ある?」
「……妄想癖とか」
「……信じないなら別にいいよ。別にどう思われても関係ないし」
実害さえなければ問題ない。ノアールは溜息を吐いて、さっきまで読んでいた本に再び目を向けた。
周囲の意見なんて全く気にならない。自分自身に迷いはなく、家族も信じてくれている。
周りにどう思われようと、前世の記憶に変化がある訳じゃない。何一つ影響はない。だからノアールは何も気にならないのだ。
「ふぅーん、マジなんだ。じゃあおれも手伝うよ」
「え?」
「なんか面白そう、っていうのはちょっと不謹慎なのかな。でも前世とかそういうの興味あるし、迷惑かけるつもりもないからさ」
「……は、はぁ」
「そうだ。おれの父さん、考古学者なんだよ。だからおれも歴史とかそういうの割と好きだし」
へらへらと気の抜けたような笑みを浮かべるグリーゼオに、ノアールは少しだけ驚いた。
まさか興味を持たれるとは思わなかった。それだけでなく手伝いたいなんて言い出すなんて予想外だった。
「……えっと、フロイズくん」
「ん? あ、グリーゼオでいいよ。クラスメイトじゃん」
「…………じゃあ、私もノアールでいいよ。でも、手伝うって言われても、私自身も分かってないこと多いし、何を手伝ってもらえばいいのかも分からないよ」
「じゃあ、おれが勝手に歴史の本読んで勉強しておく。そーすればノアールの話し相手くらいにはなれるだろ」
グリーゼオは自分の持ってきた本を端に寄せて、ノアールが読み終わった歴史書を読み始める。
とはいえ、まだ習っていない言葉が多い。ノアールに聞きながら、少しずつ読み進めていった。
家族以外とこうして会話をするのはどれくらいぶりだろう。
ノアールは歴史書を一緒に読みながら、口元がニヤけそうになるのを堪えた。
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