第4話

この話しはフィクションです。

これ以降、法令や条例に関することが出てきますが、実際の法令や条例とは異なることをご了承ください。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

松井夏菜子視点


「そうだ!まず、自己紹介しないとね。私の名前は松井夏菜子っていうの。よろしくね。」


私はそう名乗り、目の前のベンチに座っている少年に話しかけたが、相手の子は、


「俺の名前は・・・、」


なんて頑張って、名前を言ってくれようとしているけど、ショックな出来事があって上手く話せないみたい。

とても辛くて悲しいことがあったんだね。


「いやいや、大丈夫!無理に名乗らなくてもいいよ。誰にでも名乗りたくない時はあるものさ!」


私はちょっと男性っぽい口調で話してみた。


このセリフは、子供の頃に観たアニメのヒーローが、養護施設にいる孤児を引き取ろうとした時に、心を開いてくれない孤児に言った言葉だったのよね。


男の子に大人気だったからね。使ったら少しくらいは笑ってくれるかな。


なんて思ったけど、この子はそのアニメは観たことがないみたいね。

いきなり私が男性っぽい口調で喋ったからきょとんとしている。

でも、さっきまでの辛そうな顔はほんの少しだけ和らいだ。


「それじゃ、お姉さんから自己紹介をしていくね。私はさっき名乗ったとおり、松井夏菜子って言うけど、松井さんってよりは夏菜子さんって呼んでほしいな。年齢は・・・、う〜ん、自慢じゃないけど、私は少し年下に見られるのよね。だから、多分、君が思っているよりは年齢よりは少し上だと思うけど、ほんとの年齢はもう少し仲良くなってからね。」


ちょっと図々しいかなと思ったけど、私は彼の横に座って、少し強引に自分に起きたことを喋り始める。


私に起きたことを伝えることで、彼が心を開いてくれたら良いなと思って。彼は過去の私みたいだったから。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


私はね。

今、ちょっと複雑な家庭状況なのよ。


それはね。お父さんとお母さんが私が高校に入る頃に亡くなってしまったの。


あぁ、気にしないでね。確かにショックな出来事だったけど、今はだいぶ落ち着いてきているから。


でも、当時は凄くショックな出来事だった。


それまで、家族3人で仲良くやってきたからね。

急に両親が居なくなって目の前が真っ暗になったわ。


しかも、その後、私も引き取った親戚がね。お父さんの弟つまり、叔父夫婦だったんだけどね。


私の両親が交通事故で亡くなってしまったのは、お前が疫病神だからだ。

なんて叔父、叔母やその娘、私からすると従妹ね。彼らから色々言われててね。

とても辛かったわ。


私としては両親が亡くなっただけでも、心が痛かったのに、叔父達から色々言われると、ほんとに自分のせいかななんて思ってしまったわ。


それにね。これは後から分かったことだけど、親の遺産や生命保険のお金なんかも叔父夫婦に取られていてね。


そのくせ、私には


「お前を引き取ったせいで、お金がない!」


なんて言って食事も最低限だったし、服や日用品を買うお金もほとんどくれなかったわ。


まぁ、高校は行かせてくれていたから、他人の目に触れるところではある程度はお金を出してくれてはいたけどね。


それでも、私はまだ耐えられたわ。

だって、高校を卒業したら、この腐った叔父夫婦の家から出て一人暮らしをしようという希望があったからね。


それにね。

私には中学校の頃からの友達・・・、というか彼氏がいたからね。


彼からは中学校の卒業式の時に告白をされて付き合い始めたの。


そして彼からは、私は高校を卒業したら働き始めて、彼が大学(彼は大学希望だったからね。)を卒業して就職したら、結婚しようって言われていたの。


私は疫病神なんかじゃない!絶対に幸せになるから、お父さん、お母さん見ていてね。

なんて心の中で言っていたのよ。


でもね。

ある時、私が叔父夫婦の家に帰ると、そこには彼氏がいて、叔父夫婦や従妹とね。仲良く食事をしているのよ。

当然のように、私のご飯はなくて、彼と従妹が隣に座って仲良く話しをしていたの。


私が彼氏に、なんでここにいるの?って聞くと、彼からは


「いつも学校や公園で話しをしていたけど、たまには君の家で話しをしたくて。」


なんて言ってきたわ。

しかも、


「君はいつも引き取ってくれた叔父さん達からは虐げられているなんて言っていたけど、とても感じがよくて良い人達じゃないか。」


と、私を非難してきた。

叔父夫婦からも


「せっかく引き取ったのにそんなことを言われているとはね。」


と言われて、従妹からは、


「彼氏さん、こんな心が腐った女とは付き合わない方がいいわよ。この女と付き合うのは止めて、私と付き合うはどう?」


なんて言って、腕に纏わりついた従妹を満更でもないように見る彼を見ると、私はその場に居たくなくて、叔父夫婦の家から飛び出した。


その日の夜は色々歩いて時間を潰していたけど、翌日になるとお金がない高校生だから、どこにも泊まるとこはないし、制服のままだったから、平日の昼間から歩いていると学校をサボっていると思われて(実際にサボっているしね。)、警察官に補導されると思ったから下手に彷徨けず、どこにも行くあてがないまま適当に見つけた公園のベンチで1人泣いていたのよ。

ちょうど今の貴方みたいにね。


すると、男性と女性が私の目の前に立ったの。


その人たちはさっきの私みたいにね。

まず最初に名前を教えてくれたのよ。そして、私も名前を言おうとしたけどね。

私も名前が言えなかったのよ。

だから、私と貴方はおなじね。


その人たちはね、


「君のことはよく知っているから無理に言おうとしなくても良い。言えるようになったら、君自身の声で教えてくれ。」


なんて言ってくれて、彼ら自身の説明をしてくれたの。

男性が私のお母さんの弟で、つまりは母方の叔父にあたる人ね。

女性は仕事上の部下で叔父さんの婚約者の方だったのよ。


因みに名前は叔父さんが和馬(かずま)さんで、婚約者の方が由香里(ゆかり)さんね。


そして、公園のベンチでは暗くなってきて、寒いからって、和馬さんの家というか、まだお祖父さんとお祖母さんが生きているから、お祖父さんの家ね。

そこに連れて行かれたの。


私はそれまでは、母方のお祖父さんや親戚の方がいるなんて聞いたことがなかったからね。

怖くて心配だったけど、あの腐った叔父夫婦のところには戻りたくないから、素直について行ったの。


しばらくは叔父さんの運転する車に乗っていたら、後部座席に乗っている私の隣に由香里さんが一緒に乗ってくれて、手を握ってくれたのよ。


もちろん、お母さんよりも若い人だけど、温かくてね。

お母さんが手を繋いでくれたのかと思った。

そうしたら、自然に涙が出てきたのよ。


「急に泣いてごめんなさい。変ですよね。」



私がそう言ったら、


「変じゃないわ。」


そう言って、由香里さんはお祖父さんの家に着くまで泣いている私を抱きしめてくれていたの。


お祖父さんの家に着くと、私は和馬さんと由香里さんに促されて、恐る恐る家に入ったわ。


だって、今まで会ったことがないんだもんね。

絶対に何か理由があるはずだよ。


そう思いながら、家の扉を開けようとしたら、中から使用人らしき人が開けてくれたからびっくりしたわ。


「お帰り。」

「お帰りなさい。」


後ろから和馬さんと由香里さんが声をかけてくれたわ。

するとね。

扉を開けてくれた使用人の人も笑顔で


「お帰りなさいませ。お嬢様」


なんて言ってくれたけど、私としては『お嬢様!!!』って感じだよね。


だって、今までの人生でそんな呼ばれ方されたことがないから、普通の人ならびっくりするよね。


でも、お父さんやお母さんからは人に善意を受けたら、善意で返しなさいと言われていたからね。


私はおっかなびっくりしつつ、使用人の人(この表現もおかしいけど名前が分からなかったから)に向かって


「扉を開けてくれてありがとうございます。」


なんてお礼をしたわ。

そして、気付いたら目の前には、

髪の毛は白髪だけど、背筋はしっかりと伸びていて、姿勢は綺麗だけど少し厳しそうな顔付きをしている年配の男性と同じく姿勢が綺麗で少しおっとりとした感じの年配の女性がいたの。


多分、この人達が私のお祖父さんとお祖母さんなんだろうなって思ったわ。


なんか2人から受ける印象が亡くなったお母さんや後ろにいる和馬さんと似ているからね。


私が恐る恐る、


「貴方達が私のお祖父さんとお祖母さんですか?」


って聞くと、厳しそうなお祖父さんが、急に泣き出して、


「そうだよ。夏菜子!私が君のお祖父さんだ!」


駆け寄ってきて、私の手を握ってきたから、びっくりしたわ。

すると、お祖父さんの後ろから、


「貴方ばかりズルいわよ!夏菜子ちゃん。私が貴女のお祖母さんよ!」


そう言って、お祖母さんが、お祖父さんの手を退けて、私の手を握ってくれたわ。


後ろから和馬さんが

「父さん、母さん。夏菜子さんも疲れていると思うから部屋に入らないかな?」


「おお!そうだな。気が付かなくてすまない。夏菜子!お腹は空いていないか?」


とお祖父さんがいえば、


「夏菜子ちゃん!眠くはない?お風呂は入りたくない?貴女のお部屋も用意してあるから、先ずはゆっくりしてもいいのよ。」


とお祖母さんが私を気遣ってくれた。


私は夜通し、歩いて疲れていたけど、お母さんのことが聞きたかったから、


「少し疲れているけど大丈夫です。私、お母さんのことが聞きたくて、今まで、お母さんの家族のことは聞いたことがなくてお祖父さんとお祖母さんのお名前も知らなくて。」


すると、お祖父さんは、


「そんなこと、夏菜子が気にしないくて良いんだ!悪いのは私だから!とりあえず、少しでもゆっくりできるように部屋に行って話しをしよう。」


お祖父さんは使用人にお茶とお菓子を用意するように言って、私を居間って言って良いのかな?

それにしては大きくて贅沢な作りの部屋に案内されたわ。


そこでお茶とお菓子をいただきながらお祖父さんとお祖母さんの話しを和馬さんが補足しながらしてくれたわ。


私のお母さんとお父さんは最初は結婚をお祖父さん(お母さんからすればお父さんね。)に反対されていたの。


まぁ、使用人を雇えるような家柄のお嬢様と中小企業の会社員のお父さんとは釣り合わないって理由でね。


お母さんも直情的な性格だったからね。お祖父さんとはお父さんの家柄のことで喧嘩ばかりしていたらしいわ。


ある時、我慢ができなくなったお母さんが家を飛び出してしまったらしいの。


お祖父さんは直ぐに興信所に依頼をして、お母さん達の居所は掴んでいたの。


私が生まれたことも把握していて、私が生まれたことを理由にお祖父さんから仲直りしないかと持ちかけていたみたい。


お母さんからは、

「私も色々世間知らずだったから、お祖父さんと喧嘩もしたけど、自分が働いて、子供を産んで親になって、色々苦労をしてきて、親の気持ちが分かってきた。でも、もう少しだけ自分達で子供育てたい。」


って言っていて、私が高校を卒業したら、仲直りして、私をお祖父さん達と会わせたいって言われていたらしいの。


お祖父さん達が、安心して興信所の依頼を止めてしばらくしたら、お父さん達が交通事故で亡くなったのよね。


叔父夫婦は家族葬とか言っていたけど、お葬式もしなくて、火葬場にも顔を見せないで、私だけでお父さんとお母さんの遺骨を拾ったの。


あの時はとても悔しかったわ。

私はお墓の場所なんて知らないから、今でも2人の遺骨は叔父夫婦の私の部屋においてある。


叔父夫婦は家族葬とか言っていて、ほとんど何もしなかったけど、唯一、新聞のお悔やみの欄にだけ、お父さんとお母さんの事を載せたみたいね。


その欄を、たまたまお祖父さんの使用人の人が見てらしくて慌ててお祖父さんに伝えたらしいの。


お祖父さん達も、一度、興信所に調べてもらった私達が住んでいた家に行ったけど、賃貸だったから、余計なお金を出すのを嫌がった叔父夫婦が直ぐに荷物を撤去して、もぬけの殻、周りの人に聞いても叔父夫婦は大家さんにも何も言わずに解約したから、何も情報はなし。


そこでもう一度同じ興信所へ依頼をして、お母さん達と私の事を調べてもらったらしいの。


しばらくして、私の状況が分かって、興信所の人がお祖父さんへ報告しようとしたら、ちょうど私が叔父夫婦の家から飛び出してきたらしいの。


で、興信所の人は私の後を追ってきていて、本当は書面で報告するところを女の子の独り歩きは危険だからってことで、急遽電話でお祖父さん達へ報告してくれて、和馬さん達が私を迎えにきてくれたのよ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


それからは私自身が話した内容や興信所からの正式な報告で叔父家族に対して、お祖父さん達の顧問弁護士を通して、私が本来受け取るべきお金の返還や受けた虐待(こちらに関しては、証拠がほとんどなかったから、大したことは何もできなかったけどね。)、に対しての民事裁判、元彼に対する報復・・・、これは少し後のことになるけど、お祖父さんや和馬さんの影響力を使ってもらって、彼が就職したかった会社の社長に対して、私に言ったことと従姉妹に靡いたことを伝えてもらっただけね。

相手の会社社長さんがどう思ったかは分からないけど、元彼は彼が入りたかった会社だけでなく子会社や関連・取引会社にすら就職できなかったみたいだけどね。


私はそのままお祖父さん達に引き取られて、お祖父さんの家から通える別の高校に編入したわ。


そして高校を卒業したら一人暮らしをして、どこか小さな会社にでも就職できれば良いな。

なんて思っていたけど、お祖父さん達から学ぶ意欲があるなら大学に入学するのはどうかな?

なんて言われてね。


大学の入学金もかかるから、遠慮していたら、大学に関するお金については、お祖父さん達が出すからって言われたし、私も編入した高校で、勉強や知識を蓄えることが楽しくなってね。

それにお祖母さんがこう言ってくれたの、


「今の日本は学歴社会って言われているし、隣国よりはまだ穏やかだと思うけど、今の日本は学歴を見られることもある。貴女が社会に出て、学歴が役に立つことは少ないかもしれない。でもね。学ぶことで得られた知識は、お金や物と違って貴女から離れて無くなることはないわ。もちろん、大学以外でも学ぶことはできる、だけど大学ほど効率的に知識を学べるところは少ないと思うわ。」


そうお祖母さんに言われて私は大学を目指すことにしたんだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜


私がそこまで自分のことを伝えると少年は少しだけ心を許してくれたのか、自分の名前や彼に起きたことを少しづつ話してくれた。


私は少年・・・、康くんが話してくれたことに対して自分の考えを伝えた。


「まず、康くんのお父さんは間違いなく法令・条例違反ね。康くんから聞いた情報だけだから確実には言えないけど、康くんの住んでいるところの青少年保護育成条例違反や不同意わいせつ罪もしくは不同意性交罪に当たる可能性があるわ。刑事罰や康くんのお父さんが公務員だったら更に行政罰、公務員でなくても、会社の社内規則に違反していたら、(多分、違反しているとは思うけど)懲戒免職なんかもあるかもね。そして、彼女の家族から訴えられたら民事の面で罪を問われると思う。」


私は一息ついて、康くんの顔を見つめ、彼の反応を待って続ける。


「彼女・・・、夕陽さん自身については、どちらかといえば、貴方のお父さんの被害者として見られると思う。貴方自身はどう思うかは別にしてね。正直なことを言えば、貴方は彼女に対して告白をしているわけでもないし、婚約者でも結婚をしているという立場でもないから、法的にはほとんど何も出来ないはずよ。」


彼の顔を見ると辛そうだ。


「だからね。復讐してみない?もちろん、暴力に訴えるとかそういうことではなくて、私と付き合って、うんと幸せになって夕陽さんに見せつけるの!」


康くんが驚いて私の顔を見る。


「えっ、でも俺は貴方と会ったばかりだし・・・。」


私は彼をじっと見つめながら、彼に伝える。


「うん。会ったばかりだね。だから、康くんが落ち着いてからで良いよ。年齢差もあるし、変なことしたら私も法令・条例違反になるしね。後、これから私のお家に連れて行って、貴方を掛かり付けのお医者さんに観てもらったり、お祖父さんの顧問弁護士さんに話しをすることは了承してね。」


そう、多分どこ地区の条例でもそうだと思うけど、青少年を保護者の同意がなく、深夜に連れ歩いたり、泊めてはならないって項目があるのよね。


だから、私は彼が衰弱しているのを見つけて、医師に診断してもらうために一時的に保護するっていう形にしようと思っていることを彼に伝える。

このことは顧問弁護士にも伝えて、穴が無いようにしてもらうことも忘れない。


康くんは私の顔を見つめて問いかけてくる。


「どうして夏菜子さんはこんなに優しくしてくれるの?」


私は彼の疑問に対して、素直に自分の気持ちを伝える。


「私は康くんを見つけたとき、過去の自分を見ているような気持ちになったから助けたくなったの。その上、康くんは私の大好きだったお父さんにどことなく似ているの。だからかな。」


そう言って、私は自分が思っている最高の笑顔を康くんに見せる。


お父さんに似ているのは本当だけど、私は康くんに一目惚れしたんだと思う。


今は打ちひしがれているけど、目は死んでいない。そんな強さを、私は彼から感じている。

それに臆病で狡い私は、こう思っている。裏切られた康くんなら、前の彼のように私を裏切らないだろうから・・・。


康くん、2人で幸せになろうね・・・。

そのためには私は何でもするからね。

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