第13回 帝国陸軍の異端児
またまた、近現代の話ですが。
元々、私は、大学では中世の日本史を勉強してたはずなんですが、最近、近現代史が面白く、興味を持って、たまに本を読んでます。
今回、紹介するのは、ご存じの方もいると思いますが。
通称「帝国陸軍の異端児」、「軍事の偉才」などと呼ばれます。ちなみに、「いしはら」ではなく「いしわら」が正しいです。
出身は、山形県の鶴岡あたり。
まあ、詳しくはWikipediaなどを見ていただければいいのですが、この人、何がすごいと言うと、一種の「天才」だったわけです。
当時から、「第二次世界大戦」を予測し、「世界最終戦論」という本を書いてます。ちなみに、私はその本を全部読みました。と言っても、文庫本で薄い本なので、すぐ読めます。
なかなか興味深い内容でした。
要は、航空機や大量破壊兵器によって、殲滅戦略が実施されて、極めて短期間のうちに戦争は終結することになる。
このような最終戦争を戦う国としてはブロック化したいくつかの勢力がある。つまり世界はヨーロッパ、ソビエト連邦、東亜(東アジア)、南北アメリカの連合国家へと発展し、日本の天皇を盟主とする東亜と、ヒトラーを中心としたヨーロッパ対アメリカを中心とした南北アメリカと、中立のようだが南北アメリカ寄りのソ連の対立となる。
最終的には、「東亜連盟と、アメリカ合衆国の決戦となる。その決勝戦(最終戦争)に勝った国を中心に世界はまとまることになる」という理屈なのですが。
まあ、世界大戦と航空戦、核兵器は予期してますが、さすがに世界最終戦争にはならなかったわけです。
元々、石原莞爾という男は、かなりの「変り者」として知られており、学生時代から様々なエピソードがあります。
面白いのが仙台幼年学校(陸軍の将校育成機関)時代のこと。
将校候補生には写生の技能が必要であり、写生の授業があったのですが、同期生一同が大在に困っていると、石原は自分の男根を写生し、「便所ニテ毎週ノ題材ニ苦シミ我ガ宝ヲ写生ス」と記して提出し、物議を醸して石原退学まで検討されたと言われているそうです。
また、軍規に厳しい軍隊において、石原莞爾は「上官に歯向かう」ことで知られていました。自分が正しいと思ったことは、たとえ上官でも直言したと言われています。
二・二六事件の時、石原は参謀本部作戦課長だったんですが、東京警備司令部参謀兼務で反乱軍の鎮圧の先頭に立ってます。
そこに荒木貞夫がやって来た時、石原は「馬鹿! お前みたいな馬鹿な大将がいるからこんなことになるんだ」と怒鳴りつけたと言います。石原にとって上官に当たる、荒木は「何を無礼な! 上官に向かって馬鹿とは軍規上許せん!」とすごい剣幕で怒り、石原は「反乱が起こっていて、どこに軍規があるんだ」とさらに言い返したそうです。
一事が万事、こんな調子だったので、石原の気迫に負けて、上官でも彼を処罰できなかったとも言われています。
つまり、彼は上官に嫌われて、「左遷」され、結果的に東条英機とも対立していたので、太平洋戦争では戦線どころか、完全に「閑職」に追いやられていたため、戦後の裁判でも助かったわけです。
ところが、実は部下には優しかったそうです。
今でもよくありますが、学校の校長などの長い話。これを嫌がる生徒が多いのが当たり前ですが、似たエピソードがあります。
陸軍記念日の際に、通常は閲兵式・分列行進で3時間もかかる式典だったそうです。
ところが、石原は指揮官1人とともに馬を駆け足で各部隊の前面を走って閲兵を済ませ、あっさりと「解散」と述べて引き揚げてしまったそうです。通常は3時間の式典が、たったの5分ほどで終わり、将校や見物人はあっけにとられていましたが、末端の兵士達は早く帰営し外出できるため大喜びだったと言われています。
その他にも兵営の待遇改善のため、兵士による私的制裁をやめさせたり、浴場に循環式の洗浄装置を設置して清潔なお湯を供給したりもしています。
そのため、一部では「石原信奉者」とも言えるほど、彼を熱烈に支持した将校たちもいたそうです。
彼は、板垣征四郎と共に、満州事変を起こしているので、その経歴から決して手放しで「褒められる」人物でもないのですが、とにかく頭は抜群に良かったそうです。
ところが、前述したように、東条英機を嫌っており、対立して、左遷。
東京裁判の時には、判事に歴史をどこまでさかのぼって戦争責任を問うかを尋ね、「およそ日清・日露戦争までさかのぼる」との回答に対し、「それなら、ペルリ(ペリー)をあの世から連れてきて、この法廷で裁け」とまで言って、けむに巻いています。
1949年、60歳で病没。
彼のような「天才児」を上手く活用できないのが、ある意味、日本社会の悲劇で、「尖った天才」より「従順な秀才」を起用してしまうわけです。
日本社会は「出る杭は打たれる」というのが昔からあるので。
ただ、石原莞爾は、間違いなく「軍事の天才」ではありました。
何しろ、飛行機に機関銃をつけて飛ぶなんて、発想すらない時に、すでに「機関銃を一番有効に使うには、飛行機に機関銃をつけることだ」と読んでいたそうです。
歴史に、「もし」はありませんが、もし彼が太平洋戦争で、第一線で戦っていたら、面白いことになっていたとは思います。
真実の日本史 秋山如雪 @josetsu
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