16 血の真実

 アルトランド様との面会から数日後。レントレートとナナミはヴァンプリアナの図書館で勉強をしていた。レントレートは先日の出来事について少し気が重くなっていた。それはもしかしたらナナミも同じかもしれない……そう思うレントレート。


「ナナミ、大丈夫?」

「はい、レントレート様。少し考え込んでしまっていただけです」

「アルトランド様のことか?」

「ええ……でも、私の決意は変わりません」


 そんな会話をしていると、エリザベスさんが近づいてきた。


「あら、レントレートさん、ナナミさん。こんなところで会うなんて珍しいわね」

「エリザベスさん、こんにちは」


 レントレートが挨拶を返すと、エリザベスさんは二人の様子を見て首を傾げた。


「どうしたの? 二人とも暗い顔をしているわ」

「いえ、何でもないんです」


 ナナミが慌てて否定すると、エリザベスさんは意味ありげな笑みを浮かべた。


「そう? でも、アルトランド様のことで悩んでいるんじゃないかしら」


 レントレートとナナミは驚いた表情を見せた。エリザベスさんは続けた。


「実は、私もアルトランド様の行動に困っているの。ナナミさんを守護騎士にしたいなんて……」


 レントレートは眉をひそめた。


「エリザベスさんは、アルトランド様の行動をどう思っているんですか?」

「正直、賛成できないわ。ナナミさんはあなたの守護騎士で、その絆は簡単に壊せるものじゃないもの」


 エリザベスさんの言い分に、ナナミは安堵の表情を浮かべた。


「そう言えばエリザベスさん、アルトランド様とのこと聞いたよ。おめでとう」


 レントレートが言うとエリザベスさんは苦笑いを浮かべる。


「ありがとう。でも、正直なところ複雑な気分よ。これも家族の決めたことだし……」


 エリザベスさんの言葉が途切れ、ナナミが「政略結婚なのですか?」と静かに尋ねる。

 エリザベスさんはなんと答えたらいいか少し躊躇していたが、直にゆっくりと頷いた。


「そうよ。ケイオス家とゴールドリリー家、二つの侯爵家の同盟を強化するためのものなの」

「でも、アルトランド様は次男だよね?」


 レントレートは疑問を投げかける。


「そう。でもアルトランド様には野心があるの。彼は単なる次男に甘んじるつもりはないわ。ゴールドリリー家に婿入りすることで、自分の地位を確立しようとしているのよ。だからナナミさんを欲しがったのも納得がいくわ。優秀な守護騎士は、彼の野望には欠かせない存在だもの」


 エリザベスがそう紡ぎ、レントレートは心配そうに尋ねる。


「でも、政略結婚だなんて……エリザベスさんは大丈夫なの……?」


 エリザベスは少しさみしそうな笑みをを浮かべ、そして言う。


「私……? まぁ、なんとかなるわ。これも吸血貴族としての務めよ」


 その言葉にレントレートは胸が痛んだ。エリザベスさんの強がりの裏に隠された苦悩が感じられた。


「それはそれとしてよ。それでもアルトランド様がナナミさんにこだわるのは何か理由がありそうね? 特別な力でもあるのかしら?」


 レントレートとナナミは顔を見合わせた。エリザベスさんの鋭い直感に、二人は戸惑いを隠せないでいた。


「そんな……特別なことは……」

「ふふ、隠し事はよくないわよ。でも、今は追及しないわ。代わりに、私から面白い情報をあげるわ」


 エリザベスさんは周りを見回してから、小声で話し始めた。


「ヴァンプリアナの地下に、秘密の図書館があるの。そこには、吸血鬼と人間の歴史に関する貴重な資料があるらしいわ」


 レントレートとナナミは驚きの表情を浮かべた。


「秘密の図書館?」

「ええ。普通の生徒には知られていないの。でも、あなたたちなら、そこにある情報が役に立つかもしれないわね」


 エリザベスさんは鍵を取り出した。


「これを使って地下図書館に入れるわ。でも、気をつけてね。危険な魔法の本もあるから」


 レントレートとナナミは顔を見合わせ、頷いた。


「分かりました。ありがとうございます、エリザベスさん」




   ∬




 その日の朝方、レントレートとナナミは密かにヴァンプリアナ城の地下へと向かった。エリザベスさんから受け取った鍵を使い、巨大な扉を開けた。

 中に入ると、埃まみれの古文書や魔道書が無数に並ぶ光景が広がっていた。


「すごい……こんなにたくさんの本が」

「ええ、でも、どこから手をつければいいのでしょうか」


 二人は慎重に本棚を見て回った。するとレントレートが一冊の古い本を見つけた。


「ナナミ、これを見て。“吸血鬼と人間の共生の歴史”だ」


 二人で本を開くと、驚くべき記述が目に飛び込んできた。


「古代において、吸血鬼と人間は支配関係ではなく、共生関係にあった……? 吸血鬼は人間を夜の脅威から守り、人間は吸血鬼に血を捧げていた……」


 レントレートとナナミは、さらに調査を進めた。二人は何時間もかけて古文書を解読し、情報を集めていった。


 そんな中、レントレートは自身の家系に関する新しめの記録を見つけた。


「ナナミ、これを見て。ヴァエル家の系譜だ」


 レントレートは慎重に文書を広げ、目を凝らして読み始めた。そして、レントレートの目に衝撃的事実が飛び込んできた。


「これは……信じられない……いや、でも……」

「どうしたんですか? レントレート様」

「私の祖母は人間だったらしい」


 ナナミは驚きの表情を浮かべる。


「人間だったんですか? でも、レントレート様は吸血鬼では……?」

「うん。私の父は吸血鬼だし、母様も定期的に血を飲んでいたし吸血鬼だったはずだ。でもここには確かに母方の祖母が人間だと書かれている」


「母方のお祖父様はどうなのですか?」

「ええと……祖父はアルブ公爵……真祖会議の一柱……?」


 ナナミは息を呑む。


「まさか、レントレート様のお祖父様が真祖会議の……」

「そうみたいだ。それじゃあ母さんは吸血鬼と人間のハーフなのか……道理で吸血鬼にしては体が弱かったわけだ……」

「つまりレントレート様は……?」

「あぁ、私は人間のクォーターである吸血鬼ということになる。1/4は人間の血ってことだ」


 レントレートは複雑な表情を浮かべていただろう。


「これが、私がナナミの青血化した血を取り込んで、しかもそれを上手く扱える理由なのかもしれない。人間と吸血鬼、それも真祖の血が混ざっているから」


 レントレートの辿り着いた答えに、ナナミが静かに頷いた。


「ユーミリア様の残したご遺言とも一致する部分があります」

「そうだ。母さんが残した数々の制約も、僕の系譜に関わっているのかもしれない」


 レントレート達は更に自分たちの系譜について調べを進めた。そこで、ナナミの血統について新たな事実を発見した。父と母が所属していたという人間の聖騎士団の記録を追っていく中、ナナミは古い騎士団の記録の中に、自分の祖先らしき人を見つけた。


「レントレート様、これを見てください」


 ナナミは震える手で古文書を開いた。


「私の祖先に、吸血鬼の血を浄化する力を持つ特殊な一族がいたようです」


 レントレートはナナミの側に寄り、一緒に文書を読み始めた。そこには、聖なる血統と呼ばれる特殊な一族の記録があった。


「この一族は、吸血鬼の血による眷属化を無効にし、さらには吸血鬼の力を増幅させる特殊な血を持つ者たちで構成されていたようです」


 レントレートは驚きの表情を浮かべた。


「それでナナミの血が私にとって特別なんだ。ナナミの血には、私の力を増幅させる効果があるんだよ」

「私の血が特別なのは勇者と聖女の娘だからという単純な理由かと思っていましたが……人間のクォーターであるレントレート様と私の血、その相互作用がレントレート様の強力な力の源泉なのかもしれませんね……」

「いや、違う。確かに私達の血には特別な力があるかもしれないけど、私達を強くしているのはお互いを信頼し、支え合ってきた本物の絆さ。それこそが力の源泉だよ」


 ナナミはレントレートの言葉を聞いて安堵の表情を浮かべると、ゆっくりと頷いた。

 レントレートは新たな事実に興奮しながらも、不安も感じていた。


「私達の存在が、吸血鬼社会にどんな影響を与えるんだろう」

「それに、真祖会議は私達の力をどう扱おうとしているのでしょうか」


 そんな言葉をナナミと交わしながらさらに詳しく調査を続けていると、突然、背後から声がした。


「やっぱりここにいたのね」


 振り返ると、そこにはカテリーナさんが立っていた。


「カテリーナさん! どうして……」

「エリザベスから聞いたわ。あなたたちが地下図書館に来るって」


 カテリーナさんは二人に近づいた。


「危険よ。ここにある情報は、吸血鬼社会の秘密にも関わるものがあるの。見つかったら大変なことになるわ」

「私たちに何か隠していることがあるんですか?」


 ナナミが尋ねた。


「そうね……実は、真祖会議であなたたちのことが話題になっているの。あなたたちの特殊な力に注目が集まっているわ」


 レントレートは眉をひそめた。


「真祖会議の動向を何故カテリーナさんが……?」

「実は、叔母上が真祖会議の一員なのよ。私とは年齢が何百歳も離れてる人なんだけど同じ角を持つ私を可愛がってくれててね。そのおかげで、私は会議の内部情報をある程度知ることができるの」


 レントレートとナナミは驚く。


「カテリーナさんの叔母さんが真祖会議の……」

「ええ。だから、真祖会議であなたたちのことが話題になっているって知っているのよ。あなたたちの特殊な力に注目が集まっているわ」


 レントレートは眉をひそめた。


「私達の力って、そんなに特別なんですか?」

「ええ。吸血鬼と人間の関係を変える可能性があるって言われているわ。だからこそ、警戒している人もいるの」


 カテリーナは周りを見回してから、小声で続けた。


「実は、真祖会議の中でも意見が分かれているの。あなたたちの力を利用しようとする派閥と、抑え込もうとする派閥があるわ」


 レントレートとナナミは息を呑んだ。


「じゃあ、アルトランド様が……」

「そう、アルトランド様はあなたたちの力を利用しようとしている派閥の一人よ。でも、私はそれには賛成できない」


 カテリーナは真剣な表情で二人を見つめた。


「あなたたちの力は、あなたたち自身のものよ。誰かに利用されるべきじゃない」


 レントレートはためらいながら、自分の出自について話すことにした。


「カテリーナさん、実は僕には……真祖の血が流れているんです」


 レントレートが説明すると、カテリーナは驚きの表情を見せた。


「まさか……アルブ公爵が?」

「ええ、祖父にあたるそうです」


 カテリーナは深く考え込んだ様子を見せた。


「これは……事態がもっと複雑になったわ。真祖の血を引く人間のクォーターであるあなたと、特殊な力を持つナナミさん。あなたたち二人の存在は、吸血鬼社会の根幹を揺るがす可能性があるわ」


 突然、遠くで物音がした。


「誰か来たわ。急いで戻りましょう」


 三人は急いで地下図書館を出た。廊下で別れる際、カテリーナは二人に言った。


「気をつけて。これからは、もっと警戒が必要になるわ。でも、私とエリザベスはあなたたちの味方よ」


 レントレートとナナミは頷き、自分たちの寮へと急いだ。

 部屋に戻った二人は、今夜の出来事を振り返った。


「僕たちの力が、吸血鬼社会を変える可能性があるなんて……」

「はい。でも、その力を正しく使わなければいけませんね」


 レントレートはナナミの手を取った。


「一緒に頑張ろう、ナナミ。僕たちの力で、吸血鬼と人間の関係をよりよいものにできるかもしれない」

「はい、レントレート様。私も全力でサポートします」


 レントレートはナナミと固く握手を交わした。

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