15 上級生の部屋

 レントレートとナナミがヴァンプリアナの訓練場で戦いの訓練をしていると、そこへ赤紫色腕章となったアデリーナさんがやってきた。


「こんにちはレントレートさん」

「アデリーナさん!」


 レントレートとナナミは訓練を休止し、アデリーナと話し始める。


「凄い、いつの間にか赤紫色腕章になってる。決闘を?」

「えぇ……まあ。アルトランド様に私の実力ならば勝てる相手がいるって勧められて……。でも運も良かったのよ。決闘のとき、たまたま相手が風邪を引いて調子が悪かったみたい」

「へーそれにしても凄いよ。この短期間で赤紫色腕章になるだなんて」


 レントレートが感心するように言った。


「それよりも! どうしたのアデリーナ、何か私達に用事?」


 ナナミが尋ねると、なにやらもじもじしていたアデリーナさんが意を決した様子で口を開いた。


「実は……二人に会いたいって人がいるの」

「会いたい人?」


 レントレートは首を傾げた。


「ええ。私の新しい主人、アルトランド・ケイオス様よ」


 レントレートとナナミは驚きの表情を交換した。


「なんだって、アルトランド様が私達に?」


 アデリーナが頷き、「特にナナミに興味があるみたい」と付け加える。


「ナナミに……?」


 まさかナナミが勇者と聖女の血を引くという事実がケイオス家に知られてしまったのだろうか? そんな不安を覚えるレントレート。


「私にですか? どうしてでしょう?」


 ナナミも不安そうに聞く。


「それは……ナナミの武芸の腕を高く評価しているからって聞いてるけど……」


 レントレートは警戒心を覚えた。ナナミを上流貴族が高く評価しているというのは、武芸の腕前以外のなにかがあるように思えた。


「明日、ヴァンプリアナは城の補修工事で後半休みでしょう? アルトランド様も空いているから、その時に会えたらって思っているのだけどどうかな?」

「分かりました、会ってみましょう」


 レントレートが首肯すると、アデリーナが安堵の表情を浮かべる。


「ありがとう! それじゃ明日午前2時に……場所はクリムゾンブラッド1号寮でお願い」


 アデリーナが笑顔で去ったあと、レントレートはナナミと顔を見合わせた。


「どう思う? ナナミ」

「正直不安です……ケイオス家の守護騎士を務められていた女性が孤児院で私に稽古を付けてくれていたのですが、実力を隠さなかったのが原因かもしれません」

「そうか……それでケイオス家はナナミに興味を持っていると……」

「はい……」


 ナナミは憂鬱そうに顔をしかめる。


「まぁ、まだ勇者と聖女の娘だってことがバレたわけじゃなさそうだし、気楽に行こう!」

「はい、レントレート様」


 レントレート達は借りていた武器を訓練場に返すと、ブルーブラッド3号寮へ帰っていった。




   ∬




 翌日の後半。レントレートとナナミは城のすぐ近く――クリムゾンブラッド1号寮にやってきた。ヴァンプリアナ第二の城とでも言えそうな、広い中庭のあるとても寮とは思えない立派なお屋敷に、アパート同然のブルーブラッド寮とどうしても比較してしまう。


「こんなに近い場所に寮があると毎日便利だな」

「そうでしょうか? 私などは商業区が遠くなって不便だと感じてしまいますが……」


 レントレートの言い分にナナミがそんな反応をしながら、クリムゾンブラッド1号寮の入口の鐘を鳴らす。


 すると暫くして、メイド姿の女性が顔を出した。


「はい。どちら様でしょうか?」

「アルトランド・ケイオス様からお招きを受けました、レントレート・ヴァエルと……」

「その守護騎士のナナミと申します」


 二人一緒に自己紹介すると、「あぁ! お待ちしておりました。お話は伺っております、どうぞお入りください」とすぐにドアが開かれる。


「私、クリムゾンブラッド1号寮付きメイドのマリアと申します」


 メイドさんが挨拶をしてくれ、レントレート達は寮のロビーへと上がる。

 ロビーには大きなソファーが置かれていて、そこにアレクとカテリーナさんの姿があった。


「おぉ……レントレートだ」


 鈍い反応を見せるアレクと、「あー! いらっしゃいレントレートさん」と歓迎してくれるカテリーナさん。


「そうか。二人はクリムゾンブラッド1号寮なんだね」

「あぁ……エリザベスも一緒だよ。いまは部屋にいると思うけど、呼ぼうか?」


 アレクがそんなことを聞いてくる。


「いや、いいです。実は私達、アルトランド様に御用があって……」


 レントレートが言うと、カテリーナさんが階段を指し示す。


「そうか、それなら二階の東角部屋だから行くといい。階段を上がって左手だよ」

「ありがとうございます。カテリーナさん」


 緊張しながらも階段を一歩一歩上がり、レントレートとナナミの二人は東角部屋の前へとやってきた。


 ドアをノックすると、「はい。ただいま~」という声がして直にドアが開かれた。


「これは、これは……レントレート・ヴァエル様にナナミ様、ようこそおいで下さいました。どうぞお入りになって下さい」


 男性の守護騎士が私達を出迎えてくれる。

 そうして部屋の中に案内された。


 部屋の中央には複数の守護騎士に囲まれ、アルトランド様らしき男性が既に座っていたが、なにやら読書をしているようだった。


「アルトランド様、ヴァエル様とナナミ様がお着きになられました」

「あぁ……すまない。ようこそレントレート・ヴァエルさん、それにナナミさん」


 本を閉じると、アルトランド様が立ち上がりレントレートたちに挨拶を述べる。


「お初におめにかかりますアルトランド様。ヴァエル準男爵家のレントレートと申します」

「その守護騎士のナナミです」


 二人して自己紹介すると、アルトランド様も「ケイオス侯爵家次男、アルトランド・ケイオスです。初めまして!」と気さくに応じてくれた。


「どうぞお座りになって下さい」


 促され座るレントレート。ナナミは立ったまま横に、アルトランド様の隣にはアデリーナさんも立っていた。


「それで……今日はどういった御要件が……?」


 お茶が来る前に単刀直入にレントレートが問うと、アルトランド様は「実は……」と話し始める。


「……そちらのナナミさんに、私の守護騎士として仕えて貰えないかと思ってね」


 その言葉に、レントレートは思わず身構える。


「待ってください。ナナミは私の守護騎士です」

「もちろん、それは承知している。だが、ナナミさんの才能は、もっと大きな舞台で活かせるはずだ。私なら、彼女の力を最大限に引き出せる環境を用意できる」


 ナナミは困惑した表情を浮かべていた。


「申し訳ありませんが、私はレントレート様に忠誠を誓っています。その誓いを破るつもりはありません」

 「そうか……」


 アルトランド様は残念そうに言った。


「だが、考え直す余地はないだろうか。君の才能は、吸血鬼社会全体のために活かせるはずだ」


 レントレートは不安を感じながらも、冷静でいようと務めた。


「アルトランド殿、ナナミの意思を尊重してください。それにアルトランド様は侯爵家のご出身とはいえ次男ですよね。ならばお家を出るか分家なさるかされるのでしょうか? それがはっきりしない以上、とてもナナミが輝ける舞台を用意できるとは思えませんが……」


 レントレートは思っていることをそのままにぶちまけた。

 緊張が高まる中、アデリーナが静かに前に出た。


「レントレートさん少し無礼が過ぎますよ。それとアルトランド様、少し急ぎすぎではないでしょうか。ナナミにも考える時間が必要だと思います」


 アルトランドは一瞬眉をひそめたが、すぐに穏やかな表情に戻った。


「そうだな。申し訳ない、強引すぎたようだ。それと、私はゴールドリリー家への婿入りが決まっている。ケイオス家を出るというのはそうだが、同じ侯爵家へ婿入りする以上、ナナミさんを不自由な目にはさせないと約束しよう」

「ゴールドリリー家といえばエリザベスさんに?」

「あぁ……君も知り合いだと聞いている」

「はい。それは……おめでとうございます」


 レントレートはお祝いの言葉を述べるが、右手の平を突き出されて止められてしまう。


「いや、いまは祝辞などはいいさ。それよりもナナミさんだ。彼女が考えをまとめるためにも一週間待とうと思うが、どうかね?」


 その言い分に、ナナミがふるふると首を横に振った。


「いいえ、アルトランド様。考える時間は無用です。再三に渡ってお断りしてきたはずです。私はケイオス家の――アルトランド様の騎士にはなれません。私の主はレントレート様と決まっていますので」


 ナナミはきっぱりと言い切る。そして、「お話がそれだけであれば、これで失礼致します。さぁレントレート様、参りましょう」と、レントレートに帰るように促した。


 ナナミに急かされ席をたったレントレートは、若干の不安を胸の内に抱えながらもアルトランド様の部屋を後にした。

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