14 ナナミの正体

 ルナーテ先生の特別授業が始まってから数日が経ち、レントレートとナナミの二人は再び特別教室に呼び出されていた。教室へ入ると、前回のものよりも更に複雑な魔法陣が中央に描かれている。


「やぁ、よく来てくれたね」


 ルナーテ先生が二人を歓迎して魔法陣の説明を始める。


「これは前回のものよりも更に多階層化した五重の魔法陣になっている。三層構造の基本は分かるね?」

「はい」

「これは第一層を二分割し、魔力の制御に丸々一層を当てて、更に第三層の魔法の維持も独立させて専用の層を使っている。これならば君とナナミさんの力の源泉をもっと正確に確かめられるはずだ」


 ルナーテ先生は静かに言う。その表情には真剣さと、どこか期待のようなものが混ざっていた。


「レントレートさん、ナナミさん、まずは魔法陣に乗らず二人で手をつないでください。そして互いに魔力を薄く流し合うのです」


 二人は言われた通りにする。途端に、微かな青い光が二人の間で揺らめいた。


「興味深い。これは血の共鳴……いや、魂の共鳴とでも言うべきでしょうか。ナナミさん、あなたの力の本質は……」


 ナナミは僅かに体を硬くした。レントレートは彼女の手を優しく握り締める。


「先生、ナナミの事は……」

「心配しなくていい、レントレートさん。私はナナミさんを傷つけるつもりはありません。ただ、真実を知る必要があるのです」


 ナナミは深呼吸をし、レントレートを見た。そしてレントレートの瞳から何かを感じ取ったであろうナナミは小さく頷いた。


「私は……勇者と聖女の娘です」


 教室に静寂が広がる。レントレートは驚きのあまり言葉を失った。


「なるほど。それで通常の人間を超えた力を持っているのですね」


 ルナーテ先生は自身の顎に手を当てて考え込むと、納得するように言った


「そんな……以前、お祖父様の城へ抗議に行って破れた二人がナナミの両親だっていうのは聞いていたけれど……まさか勇者と聖女の娘だったなんて……」


 レントレートは混乱して言った。


「申し訳ありませんレントレート様。私は遥か以前からこのことをレントレート様のお母様であるユーミリア様に教えて頂いて知っていました。けれど誰にも言えなかったんです」


 不安そうなナナミに、レントレートが黙ってナナミの手を握り締めると、ナナミは続きを紡ぐ。


「ユーミリア様の出資する孤児院で育った私にとって、この力は基本的には隠さねばならないものでした。無論、将来レントレート様の守護騎士となるべく訓練に余念はなかったものの、ユーミリア様以外の者にこの事実を知られればきっと利用されてしまう。私はそう思っていました」

「ナナミ……」


 レントレートの声には深い同情が滲む。


「レントレート様にいつもお飲みいただいている青血化した私の血と、吸血鬼の血との相互作用についても私はずっと隠してきました。ユーミリア様からも決して誰にも口外しないようと言われていたのです。でも、もう隠し通すことはできません。ユーミリア様は信じておいででした。『この力は吸血鬼と人間の間を繋ぐものだから』と……」


 ナナミがレントレートの目を再び見る。


「きっと、レントレート様ならばこの力を人間と吸血鬼の架け橋として使ってくださる……私はそう信じています」

「分かったよナナミ……君が何を隠していたとしても私の守護騎士であることは変わらない……人間と吸血鬼の架け橋にっていうのは正直今はまだ良く分からないけれど、母様とナナミの願いなら、それは私の願いでもあるから……!」


 ナナミの目に涙が浮かんだ。


「ありがとうございます、レントレート様」


 ルナーテ先生が口を開く。


「さて、ナナミさん、長年の秘密を明かしてくれてありがとう。君の勇気に敬意を表します。そして、これで君たち二人の力の源がより明確になりました。レントレートくんの吸血鬼の血と、ナナミさんの勇者と聖女の血を引く力。この二つが合わさることで、想像を超える力が生まれる可能性があるのです」


 先生は魔法陣の中心を指さした。


「では、実際にその力を引き出してみましょう。二人とも、魔法陣の中心に立ってください」


 レントレートとナナミは言われた通りにする。魔法陣が淡く光り始めた。


「レントレートさん、君の血をナナミさんに与えてください。そして、ナナミさん、その血を受け取り、自分の力で浄化してください」


 二人は躊躇いがちに、しかし決意を持って指示に従った。レントレートが自分の手首を軽く噛み、滲み出た血をナナミに与える。ナナミはその血を受け取り、目を閉じて集中した。

 突然、魔法陣が強く輝き始めた。青と赤の光が渦を巻き、二人を包み込む。レントレートとナナミの体が宙に浮かび上がり、まるで一つの存在のように光り輝いた。


「これは……! これこそが、真の力の姿……」


 ルナーテ先生の目が輝く。


 しかし、その瞬間、異変が起きた。光の渦が激しく揺れ動き、制御不能になったのだ。


「くっ……」


 レントレートが苦しそうに顔をゆがめる。

 ルナーテ先生が叫ぶ。


「落ち着いて! 二人の力が共鳴しすぎています。制御を取り戻すんだ!」


 ナナミがレントレートの手を強く握る。


「レントレート様、私と一緒に……私たちの力を、一つに……」


 レントレートは必死に集中した。ナナミの存在を感じ、彼女との絆を思い出す。二人の心が一つになるように、力を制御しようとする。

 徐々に、光の渦が落ち着き始めた。青と赤の光が混ざり合い、美しい紫色に変化していく。そして、二人の体を包み込んでいた光が、ゆっくりと消えていった。


 レントレートとナナミは魔法陣の中心で互いを見つめ合っていた。ナナミの目にはこれまでにない輝きがあった。


「すごい……こんな感覚初めてだ……」


 レントレートが呟き、ナナミが「はい、私達の力が一つになったんです」と笑顔で応じる。


「素晴らしい。君たち二人は、想像以上の可能性を秘めているようだ。レントレートさんの吸血鬼の血と、ナナミさんの聖なる力。相反するはずのものが、こうして調和するとは……」


 先生の表情が真剣になる。


「しかし、同時に大きな危険性も感じました。この力を完全に制御できるようになるまでは、慎重に行動する必要がありますね」


 レントレートとナナミは頷いた。二人とも、自分たちの力の大きさと、それに伴う責任を感じていた。


「先生、僕たちの力は、一体何のためにあるんでしょうか?」


 レントレートの問いに、ルナーテ先生は一瞬躊躇ったように見えた。


「それは……君たち自身が見つけ出す必要があるだろう。ただ、一つだけ言えることがある。君たちの力は、この世界の均衡を大きく変える可能性を秘めているということだ」


 その言葉に、レントレートとナナミは身震いした。


「世界の均衡……」


 ナナミが呟く。


「そう。人間と吸血鬼、そして他の超常的存在たちの関係性。君たちの力は、それらすべてに影響を与える可能性があるのだ」


 ルナーテ先生の発言に、レントレートは深く考え込んだ。自分たちの力が世界に与える影響。それは期待と同時に、大きな不安も感じさせた。


「先生、僕たちにはまだわからないことがたくさんあります。でも、一つだけ確かなことがあります」


 レントレートはナナミの手を取り、強く握った。


「僕たちは、この力を正しく使う。誰かを傷つけたり、世界を混乱に陥れたりするためではなく、みんなを守るために使うんです」


 ナナミも力強く頷いた。


「はい、レントレート様。私たちの力は、平和のために使われるべきです」


 ルナーテ先生は満足げに微笑む。


「その決意、忘れないでください。これからの道のりは決して平坦ではありませんが、君たち二人なら乗り越えられるはずです」


 特別教室を出る時、レントレートは新たな決意に満ちていた。

 自分たちの前には、まだ多くの謎と試練が待っているだろう。しかし、二人で互いを信じ、力を合わせて進んでいく。


廊下では、アレクたちが心配そうに待っていた。


「大丈夫か?」


 アレクが尋ねる。


「うん。むしろ、とてもいい気分だよ」


 レントレートがそう言って微笑むと、エリザベスさんが不思議そうな顔をした。


「何があったの? 二人とも、なんだか輝いてるように見えるわ」


 レントレートとナナミは顔を見合わせ、笑った。

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