13 ルナーテ先生の特別授業

 ルナーテ先生が赴任してから一週間が経過した。その間、レントレートは常に緊張感を抱えながら過ごしていた。先生の授業は確かに興味深く、多くの生徒たちを魅了していたが、レントレートにとっては毎回が試練のようだった。


「レントレート様、お体の調子はいかがですか?」


 朝食の時間、ナナミが自身の血を採取しながら心配そうに尋ねた。

 レントレートは疲れた表情で答えた。


「あぁ、なんとか……。でも、あの先生の視線が気になって……」

「わかります。私も何か違和感を感じています」


 ナナミも眉をひそめた。


 その日の後半、ルナーテ先生が特別教室で特別授業を行うことになった。今回は魔法理論のグリムソン先生が一緒だ。

 特別教室へ入ると、机が円形に並べられその中央に魔法陣が描かれていた。

 いつもと違う雰囲気に生徒達も戸惑いを隠せない。

 そこへルナーテ先生が颯爽と入室してきた。


「皆さん、こんばんは。今日は魔力の共鳴と増幅について、実践を交えて学びましょう」」


 生徒たちの間でざわめきが起こる。


「では、まず志願者を募ります。誰か……」


 先生の目がゆっくりと教室を見渡し、最後にレントレートで止まった。


「レントレートさん、君が最初の実験台になってくれませんか?


 レントレートは一瞬躊躇したが、断る理由が見つからず立ち上がる。


「はい、わかりました」


 中央の魔法陣に立つレントレート。ルナーテ先生が説明を始める。


「この魔法陣は、魔力の共鳴を増幅させる特殊な構造になっています。レントレートさん、自分の魔力を解放し、この魔法陣と共鳴させてみてください」


 レントレートは深呼吸し、魔力の解放を始めた。すると、魔法陣が淡い光を放ち始める。

 その光は次第に強くなり、レントレートの体を包み込んでいった。


「素晴らしい」


 ルナーテ先生が感心したように言った。


「では、もう少し魔力を増やしてみてください」


 レントレートは言われた通りに魔力を増やしていく。レントレートの体内を循環していた青血が青く光る。しかし、突然強い違和感に襲われた。体の中で何かが暴れ出すような、そんな感覚だった。


「先生、これは……」


 レントレートが不安そうに言いかけたその時、魔法陣が激しく赤と青に明滅し始めた。


「おや?」


 ルナーテ先生の表情が変わる。


「これは予想外の反応ですね。レントレートさん、落ち着いて。魔力の制御を……」


 しかし、レントレートにはもう先生の声が聞こえていなかった。体内の魔力が暴走し、制御不能になっていく。魔法陣の光が眩しさを増し、教室全体を包み込んでいく。


「危険です!皆さん、退避してください!」


 控えていたグリムソン先生が叫び、生徒たちを特別教室の外へ誘導し始めた。


 アレクが前に出ようとするが、エリザベスさんに腕を掴まれる。


「だめよアレク! 危険すぎるわ!」

「けどレントレートが……」


 教室の中では、レントレートを中心に魔力の渦が巻き起こっていた。机や椅子が宙に浮き、激しく回転している。


 ルナーテ先生は冷静さを保ちながら、レントレートに近づこうとしていた。


「レントレートさん、私の声が聞こえますか? 魔力を抑えるんです。あなたならできる」


 レントレートは苦しそうに顔をゆがめながら、必死に魔力を制御しようとしていた。しかし、その努力も空しく、魔力の暴走は収まる気配を見せない。レントレートの体内の血液が青と赤に魔法陣と共に明滅し始める。


 その時、ナナミが教室に駆け込んできた。


「レントレート様!」

「ナナミ、駄目だよ、近づいちゃ!」


 レントレートは叫んだが、ナナミは構わずに近づいてきた。


「大丈夫です。私が……私がレントレート様の力を受け止めます」


 ナナミがレントレートに手を伸ばし、その瞬間、二人の間に青い光の糸が現れた。ナナミの体が青く輝き始め、レントレートの暴走していた魔力が徐々にナナミへと流れ込んでいく。


「これは……!」


 ルナーテ先生が驚きの表情を浮かべる。


 レントレートは徐々に制御を取り戻し始め、魔力の暴走が収まっていくのを感じていた。


「ナナミ……ありがとう」


 しかし、今度はナナミの体が不安定になり始めた。青く明滅するナナミの体。受け取った大量の魔力を制御しきれないのだ。


「くっ……」


 ナナミが苦しそうに顔を歪める。


「今度は私の番だ」


 ルナーテ先生が前に出て、ナナミの肩に手を置いた。


「私に魔力を流してください。私なら受け止められます」


 ナナミは躊躇したが、他に方法がないことを悟ったのか、魔力をルナーテ先生に流し始めた。


 ルナーテ先生の体が淡い青の光に包まれる。その姿は人間離れしており、まるで別の存在のようだった。


「これで……いいでしょう」


 ルナーテ先生が静かに言った。明滅していた魔法陣の光が消え、教室内の物が落ち着きを取り戻す。


 レントレートとナナミは力尽き、その場に座り込んだ。


「二人共……大丈夫ですか?」


 グリムソン先生が駆け寄ってくる。


「はい……なんとか」


 レントレートはよ弱々しく答え、ルナーテ先生が深い溜め息をつく。


「申し訳ない。私の見積もりが甘すぎました。レントレートさん、そしてナナミさんの力は私の予想を遥かに超えていたようだ」


 その言葉に、教室にいた全員が驚きの表情を浮かべた。


「先生……貴方は一体……」


 レントレートが尋ねかけたが、ルナーテ先生は軽く手を振った。


「詳しい説明は後日にしましょう。今は二人の体調が心配です。保健室に行きなさい」


 ルナーテ先生の指示で、レントレートとナナミは保健室へと向かった。


 保健室のベッドの上、レントレートは隣で休んでいるナナミに声をかける。


「ナナミ、本当にありがとう。君がいなかったら……」

「いいえ、当然のことです。私はレントレート様の守護騎士なのですから……それより、レントレート様は大丈夫ですか?」


 レントレートは天井を見つめながら答える。


「あぁ、体は大丈夫だ。でもあの時の感覚が忘れられない。あんな膨大な魔力が私の内から溢れ出るなんて……」

「はい。きっと私の青血と吸血鬼の血との相互作用によるものでしょう」

「でも、人間の血を青血化したものとこんな凄い相互作用を起こすなんて聞いたこともないよ……ナナミ……君は……」


 その時、保健室のドアが開き、アレク達が入ってきた。


「大丈夫か? レントレート」


 アレクが心配そうに尋ねる。


「ええ、なんとかね。みんな心配かけてごめん」


 エリザベスさんが近づいてきて、レントレートの額に手を当てた。


「熱はないみたいね。本当に大丈夫?」

「ありがとう、エリザベスさん。大丈夫だよ」


 カテリーナさんも笑顔で言った。


「よかった。君の魔力暴走、本当に驚いたよ。でも、ナナミの活躍も凄かった……!」


 ナナミは少し照れたように頬を赤らめた。


「いいえ、私はただ……」


 ナナミが謙遜しようとしたとき、保健室のドアが再び開き、ミレイユ学園長が入ってきた。


「ヴァエルくん、ナナミくん、大丈夫かな?」


 二人は頷いた。


「良かった。ルナーテ先生から報告を受けました。今回の件については詳しく調査する必要がありそうだ」


 レントレートは身を起こし、真剣な表情でミレイユ学園長を見た。


「学園長、ルナーテ先生のことですが……」


 ミレイユ学園長は一瞬躊躇したように見えたが、すぐに表情を引き締めた。


「ええ、彼のことについても説明が必要でしょう。実は……」


 しかし、その言葉は途中で遮られた。ルナーテ先生が保健室に入ってきたのだ。


「ミレイユ学園長、私から説明させてくだい」


 部屋の空気が一気に緊張感に包まれた。ルナーテ先生はゆっくりと生徒たちを見渡し、最後にレントレートに視線を向けた。


「レントレートさん、そして皆さん。私の正体について、話す時が来たようです」


 ルナーテ先生は深く息を吐き、続けた。


「私は……真祖会議の一員です」


 その言葉に、部屋中がどよめいた。レントレートは息を呑み、ナナミは身を固くした。


「真祖会議の……?」


 アレクが驚きの声を上げた。


「そうです。私はレントレートさんの力を調査するために、この学園に派遣されました。しかし、今日の出来事で、状況が変わりました」


 ルナーテ先生はレントレートに近づき、真剣な表情で言った。


「君の……いえ君とナナミさんの力は、我々の想像を遥かに超えています。そして、それはとても危険なものかもしれない」


 レントレートは言葉を失った。自分とナナミの力が危険だという事実に、戸惑いと恐れを感じる。


「それでは一体どうすれば……?」


 ルナーテ先生は微笑む。


「心配しないで。私たちが君たち二人をサポートします。君たちが力を制御し、正しく使えるようになるまで」


ミレイユ学園長が咳払いをした。


「ルナーテ先生、真祖会議の意図は……?」

「真祖会議の意図は私としても推し量るのが難しいところです。ですが心配しないでください。私個人として、二人を守り導くことをお約束します。レントレートさん達の力は、我々の世界にとって非常に重要なものになる可能性があります」


 その言に、レントレートは複雑な表情を浮かべた。守られ、導かれるというのは安心できることかもしれないが……。


「先生、私達には選択肢があるんでしょうか?」


 レントレートが小さな声で尋ねると、ルナーテ先生が優しく微笑んだ。


「もちろんです。すべては君たち二人次第だ。ただ、君たちの力を正しく理解し、制御することは、君自身のためにも必要なことでしょう」


 部屋の中は沈黙に包まれた。

 レントレートは友人たちの顔を見渡し、最後にナナミと目が合った。

 ナナミは静かに頷き、その目には「あなたの決断を支持します」という思いが込められているようにレントレートには思えた。


 レントレートは深呼吸する。


「わかりました。ルナーテ先生、私達の力について、もっと教えてください」


 ルナーテ先生は満足げに頷く。


「ありがとうレントレートさん。君たちの力の真の姿を、一緒に探っていきましょう」


 ルナーテ先生という新たな師の導きを得て、レントレートは自身の力へと向き合っていくと心に決めた。

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