11 真祖の視線
戦闘試験から数日が経過。レントレートの驚異的な成長と、アレクを打ち負かした事実はヴァンプリアナで大きな話題となっていた。しかし、その噂は学園の壁を越え、はるか遠くまで届いていたのだった。
真祖会議の本部、真紅の城塞。
重厚な扉の向こうで、数人の影が静かに佇んでいた。
「……あのヴァンプリアナで、準男爵家出身者があのヴラド公爵家のご子息を破ったとか?」
威厳のある声が、暗がりの中から響く。
「私も聞きましたわ。しかも外部で血液を用いた戦闘術は禁じられての戦闘試験での純粋に力と力のぶつかり合いでのお話だそうよ。しかも、勝ったその方は血液操作もお得意なのだとか……」
優雅な女性の声が応じる。
「外部での血液を用いた戦闘術もなしに、ですか? これは調査の価値がありそうだ」
若い男性の声が加わる。
真祖会議の最高幹部たちが、レントレートの話題で持ちきりだった。
「彼の者の名はレントレート・ヴァエル」
情報を伝える声が静かに響く。
「ヴァエル家の末裔か……」
老獪な声が漏れる。
「知っておいでか……アルブ公爵?」
問いに老獪な声の主が「いや……」と言葉を濁した。
「しかし、単なる血筋だけでは説明がつかない。彼の力の源は別にあるはずだ」
真祖たちの間で議論が交わされる中、一人の影が前に進み出た。
「私が直接調査に向かいましょう」
その声に、他の真祖たちが驚きの声を上げる。
「十二柱の一人である貴方が、直々に?」
「ええ。この少年には並々ならぬ可能性を感じる。私の目で確かめたい」
静寂が訪れた後、最初の威厳ある声が再び響く。
「よかろう。だが、慎重に行動するように。ヴァンプリアナにはミレイユ・ブラッドムーンを始めとして気骨のある者たちがいる。不用意に刺激しては面倒なことになるぞ」
「承知しています」
その影は深々と頭を下げ、部屋を後にした。
∬
一方ヴァンプリアナではレントレートたちが日常を過ごしていた。
図書館でナナミと共に勉強をしていたレントレートは、突然背筋に冷たいものを感じた。
「どうかしましたか、レントレート様?」
ナナミが心配そうに尋ねる。
「いや……なんだか、遠くから見られているような……そんな気がしただけ」
レントレートは首を振り、その感覚を振り払おうとする。
しかし、その違和感は簡単には消えなかった。
「風邪でしょうか? そうでしたら大変です。今日はこれくらいで切り上げましょう」
ナナミが心配そうな目を向けてくる。
「大丈夫だって! 風邪とかそういうのじゃないから」
「ですが……」
「心配性だなナナミは! それよりも明日の多重階層魔法陣について教えてよ」
「はい。分かりました。ですがご気分が優れない場合はすぐに言ってくださいね」
「分かった分かった!」
レントレートはナナミと勉強を続けるものの、その奇妙な感覚は消えることがなかった。何かが自分を見張っているような、重い視線を感じるのだ。しかし、ナナミに心配をかけたくないレントレートは、その違和感を抑え込み、勉強に集中しようと努めた。
「さて、多重階層魔法陣の基本構造は三層に分かれていて……」
ナナミの説明を聞きながらも、レントレートの意識は次第にぼんやりとしていった。頭の片隅にある不安が、レントレートの集中力を奪っていたのだ。
学校から帰った後、レントレートは眠れないままベッドに横たわっていた。窓のカーテンから漏れて差し込む朝の光がいつもは寝る時間だということを示している。しかし、レントレートの心は落ち着かない。
翌日、レントレートは重い目覚めを迎えた。ナナミとの勉強会の後も違和感が続き、頭は重く感じられた。しかし、今日も授業があるため、なんとか気持ちを奮い立たせて寮を出た。
「おはよう……レントレート」
廊下でアレクと出会った。彼のいつものように気怠げな声が、少しだけレントレートの心を軽くした。いつも通りだと思えたからだ。
「おはよう、アレク」
レントレートは微笑んで応じたが、その笑顔にはまだ疲れが残っていた。
「どうしたんだ……? 元気がないように見えるけど」
「いや、ちょっと眠れなかっただけさ」
「レントレート様、昨日からその調子ですが、本当に風邪ではないんですね?」
ナナミがレントレートに厳しい視線を向けて問う。
「あぁ、大丈夫だよ、たぶん……」
レントレートは曖昧に答えた。ナナミがさらに心配そうに見つめるが、それ以上は追及しなかった。
「まあ、無理するなよ……。今日は大事な実技試験があるから」
レントレートは頷き、二人で教室に向かった。
実技試験は、魔法の応用力と戦術を試すものだった。レントレートは昨夜の疲れを感じつつも、集中力を取り戻し、試験に臨んだ。
教室に入ると、何故かグレイストーン先生ではなく、ミレイユ・ブラッドムーン学園長が待っていた。彼女の鋭い目がレントレートを見つめ、一瞬だけ心が揺れた。
「ヴァエルくん、ヴラドくん。今日は皆にとって重要な日だ。全力を尽くすように」
二人は頷き、各自の準備に取り掛かった。試験が始まり、レントレートは自分の力を最大限に発揮しようとした。しかし、心の奥底にある違和感が集中を阻害していた。
試験が進む中、レントレートは自身の成績に不安を感じ始めた。しかし、その時、ミレイユ先生の声がレントレートを呼び止めた。
「ヴァエルくん、少し話がある。後で私の所に来てくれ」
レントレートは驚きと不安を感じながらも、頷いた。
試験後、レントレートはナナミを伴い学園長室に向かった。ドアをノックすると、すぐに中から応答があった。
「入りなさい」
レントレートはドアを開け、一人で部屋に入った。ミレイユ学園長は机の向こう側に座っており、その目は真剣そのものだった。
「ヴァエルくん、君に話すべきことがある」
レントレートは緊張しながら席に座った。
「君の力が学園内で注目を集めているのは知っているね?」
レントレートは一応ながらに頷いた。
「実は、君のことを真祖会議が注目していると聞いた。彼らは君の力を調査しようとしているのだ」
レントレートの心臓が一瞬止まったように感じた。
「真祖会議が……?」
真祖会議とは吸血鬼の頂点に君臨する、トゥルーヴァンプとも呼ばれる真祖たる吸血鬼を認定する会議のことだ。
その大部分が公爵家以上の吸血貴族で占められ、世界中の吸血貴族を統治していると言って過言ではない。世界中の国々にいる王族よりも上位の存在として語られることも多い。
レントレートでもそれくらいのことは知っていた。
「そうだ。君の力は並外れている。特にヴラドくんを破ったのは不味かったな。彼らは君に何か特別なものを見出したのかもしれない」
レントレートは深く息を吸い、静かに息を吐き出した。真祖会議がレントレートに目をつけているという事実は、レントレートにとって大きな衝撃だった。
「学園長、どうすれば……?」
ミレイユ学園長はしばらく考え込んだ後、静かに答えた。
「まずは落ち着いて、普段通りに過ごすことだ。君の実力を証明することが最優先だ。そして、何か異変を感じたらすぐに報告すること。君を守るために、私たちも全力を尽くす」
レントレートは頷き、少しだけ安心感を覚えた。しかし、心の中にはまだ不安が残っていた。真祖会議の視線が自分に向けられている以上、これからの生活が以前のようにはいかないことを理解していた。
学園長室を出ると、ナナミが心配そうな表情で待っていた。
「どうでしたか、レントレート様?」
レントレートは微笑んで答えた。
「大丈夫だよ。学園長と話して、少し気が楽になった。なんでも真祖会議の人たちが私たちに注目しているらしくて……」
「気が楽になったのは良かったですが、真祖会議ですか……」
レントレートはナナミと共に歩き出し、心の中で新たな決意を固めた。真祖会議が何を求めているのか、レントレートにはまだ分からない。しかし、自分の力と仲間たちを信じて進むしかないと決意したレントレートだった。
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