10 戦闘試験

 今日後半の授業は戦闘技術訓練での戦闘試験だった。広い訓練場で、生徒たちは各々の能力を披露し合うのだ。レントレートも例外ではなく。


「では最初にヴラドくんとヴァエルくん」


 先生の言葉にエリザベスさんが反応する。


「グレイストーン先生、いきなり新入りのレントレートさんをアレク君にぶつけるのはさすがにやりすぎでは……?」

「ふむ……そう思うかね? 私の聞いた範囲では良い勝負をすると思うのだがね……」

「先生がそうおっしゃるのでしたら、私はこれ以上何も言いませんが……」


 レントレートとアレクの対戦に抗議してくれたエリザベスさんだったが、グレイストーン先生の言い分に引き下がる。


「さぁヴァエルくんとそこで立ちながら眠りそうになってるヴラドくん! 試験だ。

 ただし血液を体外で用いた戦闘術はその一切を禁止する。あれらは決闘でもない限り安易に使うものではないからね」


 グレイストーン先生がルールを追加してくる。

 それには今度はナナミが突っ込んだ。


「先生、血液操作なしにレントレート様はまともに戦ったことがありません。ですので少し時間をください」

「ふむ……いいだろう。ではヴラドくんとヴァエルくんの試験は一番最後だ。ゴールドリリーくんとブラッドホーンくん。試験の準備を始めなさい」


 先生の指示でレントレートが戦う順番が最後になった。

 それにしても、血液操作なしにあの公爵家出身のアレクくんと戦えって……それはさすがに無謀じゃないだろうかとレントレートは思っていた。


「レントレート様」

「ナ、ナナミ……私、やれるかな?」

「はい……あちらの実力は測れませんが、レントレート様ならばきっと……!」


 しかし、そう言うナナミの表情にも明らかに不安の色が見えた。


「レントレート様、毎日の青血化の際の強化の感覚、覚えておいでですか?」

「あぁ、それでいいなら……」

「ではその青血化をご自身の体になさってください」

「は!? なんだそれ、そんなことして良いのか?!」

「はい。本来であれば吸血貴族の魔力を通しても、人間の血ではないので青血化はしません。ですがレントレート様は毎日のように私の青血化した血液を飲んでおいでです。極一部ではありますが、吸血鬼の腸から吸収された青血化した人間の血液が、レントレート様自身の体内を巡っているはずです。その血液を更に強化して力とするのです」


 ナナミは簡潔に説明してくれるが、レントレートには自身の体内を巡るナナミの血液を強化するなんてことができるのだろうかという不安が大きかった。

 だがナナミがここまで丁寧に説明してくれたのだから、やらないわけにはいかない。


「分かった……私、やってみるよ!」

「はい。それと盾の他に武器をお持ちください。ヴァンプリアナに入るまでの間の訓練で一番レントレート様に適していたと私が考えていた武器はこの曲剣です……!」


 ナナミに曲剣を手渡され、受け取るレントレート。ずっしりとした重みが手に伝わってくる。


「曲剣か……確かに使いやすかった記憶はあるけど……」


 そんな話をナナミとしている傍ら、エリザベスさんとカテリーナさんの試験が始まる。


 エリザベスさんは刺突剣を、そしてカテリーナさんは斧を使って戦うらしい。


 エリザベスさんとカテリーナさんの戦いが始まると、訓練場は緊張感に包まれた。エリザベスの刺突剣は光のように素早く動き、カテリーナさんの斧の動きを封じ込めようとする。しかし、カテリーナさんの斧の一振りは重く、エリザベスさんの防御を崩しそうになる。


 レントレートは二人の戦いを見ながら、自分の番が近づいてくることに不安を感じていた。

 ナナミの提案した自身の体内のナナミの血液を更に強化する方法を試みるが、うまくいかない。


「落ち着いてください、レントレート様」


 ナナミが静かに声をかける。


「目を閉じて、体内を流れる血液に意識を集中してみてください」


 レントレートは深呼吸をし、目を閉じる。すると、かすかに体内の血液の流れを感じ取ることができた。そこに意識を向けると、僅かではあるが、青く輝く血液の存在を感じ取ることができた。


「できた……気がする」


 レントレートが目を開けると、ナナミがほっとした表情を浮かべていた。


 エリザベスさんとカテリーナさんの戦いが終わり、グレイストーン先生が結果を告げる。


「ほぼ互角の戦いだった。二人とも素晴らしい」


 次々と他の生徒たちの戦いが進む中、レントレートは自分の体内の青い血液を強化する練習を続けた。少しずつではあるが、コントロールできるようになってきた。


 ついに、レントレートとアレクの番が回ってきた。


「準備はいいかい?」グレイストーン先生が二人に尋ねる。


 直剣を持ったアレクは無言で頷き、レントレートも「はい」と答えた。


「では、始めなさい」


 アレクが一瞬で姿を消し、レントレートの背後に現れた。

 レントレートは咄嗟に体内の青い血液を強化し、反射神経を高めて身を翻す。

 アレクの剣が僅かにレントレートの頭の横で空を切る。


「おや、避けられるとは……でもあまり動くと逆に危ないよ」


 アレクの声には少しばかりの驚きが混じっていた。


 レントレートは曲剣を構え、アレクの動きを読もうとする。しかし、アレクの速さは尋常ではない。次々と繰り出される攻撃を、レントレートは必死に避け、時折防御を試みる。


「レントレート様、もっと強化してください!」


 ナナミの声が聞こえる。


 レントレートは更に集中し、体内の青い血液を強化しようとする。すると、今までよりも鮮明にアレクの動きが見えるようになった。

 アレクの次の攻撃を予測し、レントレートは曲剣で受け止める。金属音が鳴り響き、衝撃で腕が痺れそうになったが、踏ん張った。


「……なかなかやるじゃん」


 アレクの口元に薄らと笑みが浮かぶ。


 レントレートは攻守を入れ替え、曲剣でアレクを攻撃し始める。

 アレクは軽々とそれらを避けるが、レントレートの動きが徐々に速くなっていくのを感じ取っているようだった。

 戦いが続く中、レントレートは自身の成長を実感していた。血液強化の効果が徐々に全身に及び、反射神経や筋力が向上していくのを感じる。


 しかし、アレクの実力は依然として上回っていた。レントレートの攻撃を避けながら、アレクは隙を突いて反撃を仕掛ける。レントレートは必死に防御するが、徐々に押され始めていた。


「まだだ…」


 レントレートは歯を食いしばる。


「もっと…もっと強くなれる…!」


その瞬間、レントレートの体内で何かが変化した。強化された青血がさらに輝きを増し、全身に力が漲るのを感じた。


「これは…!」


 グレイストーン先生が驚きの声を上げる。


 レントレートの動きが一変する。今までの数倍の速さでアレクに迫り、曲剣を振るう。アレクは驚きの表情を浮かべながら、必死に防御する。


 二人の戦いは新たな局面を迎え、訓練場は興奮に包まれた。


 レントレートが遂に攻勢に出る。

 レントレートから繰り出される曲剣による流れるような演舞にアレクは堪らず嗚咽を漏らす。


「くっ……」

「レントレート様、そのままです!」


 ナナミの声援が聞こえる。レントレートは体内の青い血液を強化するだけでなく、自身の赤い血液も同時に強化することにした。青血の強化で体が強くなっている今ならできる気がした。


 するとレントレートの動きは更に加速した。

 レントレートの血管が赤く浮き上がり光り、そして体内の筋繊維のあちこちが淡く青く発光している。

 曲剣の描く軌跡は残像を作り出すほどに早くなり、レントレートは弧を描くようにアレクの周りを旋回し攻撃を繰り出す。


 アレクは防戦一方で一歩も動けていない。

 レントレートは冷静に相手の動きを見極め、そして一閃。


 宙に浮くアレクの直剣。

 アレクは参ったと両手を開いて降参の意を示した。


「……僕の負けだ」


 グレイストーン先生が大きな拍手をしながら二人に近づいてくる。


「素晴らしい戦いだった……! 特にヴァエルくんの成長には目を見張るものがある!」


 レントレートは深く息を吐き出すと、曲剣を下ろした。体内の高ぶっていた力が徐々に収まっていくのを感じる。


 ナナミとエリザベスさん、カテリーナさん達が駆け寄ってくる。


「凄かったですわ、まさかレントレートさんがアレクくんを打ち負かすなんて……!」


 エリザベスさんが驚嘆している。


「まさかアレクを倒すなんて……やるじゃない!」


 カテリーナさんが感心した様子で言う。


「レントレート様ならばと信じていました……!」


 いつもは冷静なナナミも喜びを隠せない様子だ。


 その横でアレクが自分の剣を拾い上げると、レントレートに向き直る。


「僕……負けたの初めてだよ……やるな……!」


 アレクが拳を突き出してきたので、レントレートはそれにそっと自身の拳を当てた。


 レントレートは周りの反応に少し戸惑いながらも、自分の成長を実感していた。血液強化の技術を身につけ、それを戦闘に活かせたことで、新たな可能性が開けたのだ。


 グレイストーン先生は満足げな表情で生徒たちを見渡すと、こう宣言した。


「今日の戦闘試験はこれで終わりだ。これからの君たちの成長が本当に楽しみだ」


 レントレートは自分の手のひらを見つめる。そこには、まだかすかに青い光が残っていた。

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