9 ナナミの事情と新クラスへの転入

 エドガーを倒した後、寝る前にナナミがレントレートの部屋にやってきた。


「レントレート様、私がユーミリア様に助けて頂いたというお話をさせて頂きます」

「あぁ……そう言えばそういう約束だったね」


 レントレートはベッドに座り込み、話を聞く準備を整えた。


「まず、私が生まれて初めて見た記憶は暗い城の一室でのことでした……」


 ナナミは一瞬思い出すかのように目を瞑ると、再び見開いて話し始める。


「眼の前には首をはねられた甲冑姿の躯……そしてすぐ背後には胸を貫かれた神官服の女性が居ました。私はユーミリアさまによって、静かに神官服の女の胎内から取り上げられたのです。口から大量の血を吐き出しながら、神官服の女は言いました」


『お願い……その子だけは……その子の命だけは……』

『安心なさい。子の命まで取るつもりはありません』


「そう女に返事をしたユーミリア様は、女神官が事切れるまで直ぐ側で私を抱いていました。これは後で聞いた話ですが、どうやら私の父と母が公爵家に乗り込んで圧政を正そうとしたらしいのです。ですが無惨にも敗れ去った私の両親達……ですが母のお腹の中には私が居ました。ユーミリア様がその事に気付き、戦闘を終えたユーミリア様のお父上である公爵様が去った後に私を取り上げてくれたのです。そうして、私はユーミリア様の出資する孤児院へと預けられました」


 ナナミは話を終えた。


「私がユーミリア様に助けられた話は以上です。あまり聞いていて気持ちの良い話ではありませんよね。申し訳ありません」

「いや……そうか母さんに助けられたってのはそういうことなんだね」

「はい……」


 ナナミは目を伏せる。それはそうだろうとレントレートは思う。


「そっか、それじゃ母様は確かにナナミの恩人かもしれないけれど、私の母方のお祖父様がナナミの両親のかたきでもあるってことだよね……」

「それは……! 確かにそうですが、レントレート様にお仕えすることは変わりありません! 私はユーミリア様には助けて頂いただけでなく、孤児院で育てて頂いた御恩もありますから……!」


 ナナミが必死になってそう訴えかける。その瞳には確かな意思が感じられた。


「そっか確かに母様は公爵家の出身だって話は爺やとかから聞いたことはあったけど、ナナミとそのご両親の話は聞いたことなかったな。そもそも母様は吸血貴族にしては体が弱かったし、とても強い吸血鬼である公爵家の令嬢だなんて思えなかったよ。そういう体が弱い事情もあってヴァエル家になんて嫁入りしたんだろうか……?」


 その問いにナナミがふるふると首を横に振る。


「いいえレントレート様。ユーミリア様はレーンライト様を、レントレート様のお父様を愛しておいでになりました」


 ナナミが真っ直ぐな目で言う。


「そうかな? 私は父様とはあまり話さないから良くわからないよ」


 レントレートはそう言って自身の後頭部を照れ隠しに撫でる。


「そうですね。レントレート様はもう少しレーンライト様とお話をすべきだと思います」


 ナナミが目を瞑ってレントレートを攻めるように言い、寝る前の昔話はお開きとなった。




   ∬




 翌日。午後8時。新クラスである珊瑚色から真紅色クラスへ向かうレントレート。

 教室の前に立ち、珊瑚色の腕章を何度となく確認するレントレートの胸中は不安に満ちていた。


「大丈夫ですか、レントレート様」


 隣でナナミが静かに声をかけてきた。彼女もまた、珊瑚色の腕章を身につけている。


「ああ、大丈夫だよ。ただ、少し緊張してるだけさ」


 レントレートは微笑みを浮かべようとしたが、どこか引きつっているのを自覚していた。


「私も緊張していますよ」


 ナナミの声には珍しく、柔らかな調子が混じっていた。


「君が緊張するなんて珍しいね」

「はい。ですが、これは私たちにとって大きな一歩です。緊張するのも当然かと」


 その言葉に、レントレートは少し安心した。自分だけじゃないんだと思えた。


「よし、入ろうか」


 扉に手をかけようとしたその時だった。


「あら、新入りさん?」


 艶のある声が聞こえ、美しい銀髪の少女が近づいてきた。


「私はエリザベス・ゴールドリリー。侯爵家の長女です。あなたたちは?」


 彼女の態度には上品さの中に、わずかな尊大さが混じっていた。

 しかし腕章を見れば、真紅色の腕章をしている。その態度の大きさも分かるというものだった。


「レントレート・ヴァエルです。こちらは私の守護騎士のナナミです」


 二人が自己紹介をすると、エリザベスさんは眉を少し上げた。


「まぁいいわ。こんなところでなんだし中へ入りましょう。

 それにしてもヴァエル? 聞いたことのない名前ね」


 扉を開け、教室の中へとはいっていくエリザベスさん。


「準男爵家の出身です」


 レントレートが答えると、教室内にささやきが広がった


「準男爵家出身で珊瑚色腕章ですって?」

「嘘……! じゃああの人がエドガーくんを……?」


 エリザベスさんに先導されるように席についたが、レントレートはいたたまれない気持ちだった。


「あら、有名人のようね? エドガーくん……負けてしまったのね」


 エリザベスさんがそう言って興味深そうにレントレートとナナミをその青色の瞳で見つめる。


「ウチのクラスで一番下のエドガーくんだったけれど、それでも準男爵家出身者が倒すだなんて前代未聞じゃないかしら?」


 エリザベスさんの問いにレントレートが覇気なく、「……そうかもしれませんね」と答えると、「あら、自信ないのね」とエリザベスさんが応じる。


「レントレート様は恐れておいでなのです。この間もエドガー様にパーティで急に決闘を申し込まれてしまいましたので……」


 ナナミがレントレートの覇気のなさに注釈を加える。


「あらパーティで決闘を申し込んだの? 無粋なことをするのねエドガーさんも。安心して頂戴、私は貴方に急に決闘なんて挑んだりしません!」


 エリザベスさんが安心するようレントレートに言うと、「それは良かったです」とレントレートも応じた。


「そうね……では敵意のないことを示すためにも、クラスメイトを紹介するわ。まずは私以外の真紅色腕章の二人から……ほら、あちらの隅で机に突っ伏しておいでなのが、公爵家出身のアレキサンドル・ヴラド様。クラスではアレクと親しみを込めて呼ばれてるわ。それから新入生の中でトゥルーヴァンプに最も近い男なんて言われてるわね。そして窓際で涼んでおいでなのが、同じく公爵家出身のカテリーナ・ブラッドホーン様。その真紅の角がチャームポイントですのに、本人はいつも切りたいと言っておいでなのよ!」


 エリザベスさんがその後も次々とクラスメイトを紹介してくれた。

 彼女がいるからか、クラスメイト達も親しげに「よろしく」と言ってくれて、レントレートの緊張はだんだん解けていった。


 紹介を終えたのか時間が過ぎたのか、エリザベスさんが「さぁ皆さん席に付きなさい、先生が来るわ」と委員長のようなことを言うと、みんな自分の席に着いた。


 そうすると、すぐに教室のドアが開き教師の先生がやってきた。

 魔法理論担当のグリムソン先生とは違う人で、青色の髪に眼鏡をかけた男性だ。


「おはようみなさん。……どうやら新しい仲間が加わったようですね。では改めまして、私は高度魔法陣と戦闘技術担当のリヴァル・グレイストーンです。そちらの二人、前へ出て自己紹介をお願いします」


 言われレントレートとナナミの二人は教壇の横へと出て自己紹介をした。


「ヴァエルくん、君がエドガー・ブラッドクロウを倒したのかい?」


 グレイストーン先生の言葉に、教室内が静まり返った。


「はい、そうです」

「ふむ……直接的な攻撃で勝ったのかい?」

「いえ、レントレート様は血液操作と血液強化を得意でおいでですので……」


 ナナミが口を挟むと、「ふむ……強化は基本として、血液操作か……万能であると言えばそうだが、非常に扱いが難しいのだがね……」とグレイストーン先生がぶつぶつと言った。


「……なんでしたらお見せしましょうか?」


 レントレートがそう提案するも、グレイストーン先生は首を横に振る。


「いや結構! どうせ今日後半の戦闘試験でその実力をこの目で確かめられるだろうからね。期待しているよ。それでは席へ戻りなさい」


 言われ、レントレートとナナミの二人が席へと戻るとグレイストーン先生が続ける。


「皆さん、ここ珊瑚色から真紅色クラスで今日教えるのは、多重階層魔法陣についてです」


 グレイストーン先生は黒板に複雑な魔法陣を書き始めた。


「今日はこの構造と応用について学びましょう」


 レントレートは必死に先生の言葉を聞き、ノートを取った。周りの生徒たちも真剣な表情で授業に集中している。


 授業が終わり休憩時間、レントレートはため息をついた。


「難しいね、これ」

「はい、でも興味深いです」


 ナナミは冷静に答えた。


「君は理解できてるの?」

「ええ、まあ」


 ナナミの答えに、レントレートは少し落ち込んだ。


「あら、準男爵家の方には難しすぎる?」


 横から冷ややかな声が聞こえた。見ると、エリザベスさんが席から立ち上がっていた。


「えぇと……」


 レントレートが言いかけたとき、ナナミが割って入った。


「レントレート様は必ず理解できます。時間がかかるだけです」


 エリザベスさんは軽く肩をすくめた。


 「そう。先生同様、このあとも期待してるわ」


 彼女は軽く微笑んで去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る