4 寮への乱入者

 守護騎士は不要。

 そう言ってナナミをアデリーナさんと共に送り出したレントレートだったが、一人での寮への帰り道で不安を感じていた。


「まさか、青色腕章を欲するやつなんていないよな……?」


 そんなことを考えながら寮に着いたレントレートは、一人窓際に座り夜風に当たることにした。


 思い出されるのは先程までの出来事だった。

 思いも寄らない魅了の魔眼抵抗テスト、新しい友人達。

 レントレートにとってはどれも新鮮で魅力的な出来事だった。

 これからへの期待で心躍るレントレート。


 すると、ノックの音が聞こえた。

 きっとナナミだ。ブルーブラッド3号寮の同級生たちは魅了の魔眼で全滅してしまったらしいので、他にこの建物の1Fを使う人はいないはずだ。


「どうぞ」


 声をかけるとドアから現れたのはやはりナナミだった。


「レントレート様、ただいま戻りました」

「それで? アデリーナさんはどうなった?」

「はい。無事アルトランド様の何人目かの守護騎士として迎えて頂けました」

「そうか、それは良かった!」

「はい。ですが……」


 ナナミは顔を曇らせる。


「ん? なにかあったのか?」

「いえ、今はまだ……」

「今は……? まぁいいや、今日も疲れたし夕食にしようナナミ」

「はい。そう言われるかと思い、商業区で食事を買ってまいりました」

「準備がいいじゃないか! じゃあ早速頂くと……」


 レントレートがそう言った時だった。突如として寮の廊下の方から大きな音が鳴り響く。

 驚いたレントレートはナナミの顔色を窺うと、ナナミがこくりと頷いた。

 廊下へと出るレントレート達。


「おい、ここに青色腕章の新入生が……あぁ……お前らだお前ら!」


 廊下には赤紫色の腕章を付けた吸血貴族の男子生徒が立っていた。


「私達になんの用ですか?」


 レントレートが意を決して聞く。


「なに、噂の新入生がどんな顔してるか拝みに来たのさ。

 俺の名前はヴィクター・ブラッドフェング! 覚えておけ!」

「噂……?」


 レントレートがそう呟き首を傾げる。


「そうだ、学園長の魅了の魔眼を耐えただけならばいい。そんなのは普通のことだ。だがその中に準男爵家出身の青色腕章が混じっていたって聞いてな!」


 レントレートは話を聞いて困惑する。

 青色腕章が学園長の魅了の魔眼に耐えるのはそんなに珍しいことなのだろうか?


「それで、何の用ですか?」

「決闘を申し込みに来た」

「決闘……?」

「そうさ、お前たちの実力を確かめたいんでな。それに……」


 ヴィクターは目を細める。


「青色腕章の実力者がいるなんて、俺達上の階位の人間にとっても脅威なんだよ」

「な、なんで……? 青色の腕章なんて交換しても意味ないじゃないですか!」

「交換……? あぁ確かにそうか。決闘で腕章を交換するのが普通だからな。だが教えてやる。腕章は交換するだけでなく、奪うこともできるのさ!」

「奪うだって……!?」


 レントレートが言葉に詰まっていると、ナナミが前に出た。


「申し訳ありませんが、レントレート様は入学したばかりです。決闘の準備もまだ整っておりません」


「準備だ? 吸血貴族ならばいつでも戦う準備は出来ているはずだ」


 ヴィクターは譲らない。


「では、私がお相手します」


 ナナミが背の大剣に手をかける。


「ふん、守護騎士か。まぁいい。お前の得物も得物だ。場所を移してやろう」


 ヴィクターは中庭に30分後という指定をすると、去っていった。


「ナナミ……大丈夫なのか?」

「はい。お任せください。そんじょそこらの吸血貴族ならば負ける気はしません。

 それよりも戦前に腹ごしらえです。お食事です、レントレート様。

 今日のところはこれでご勘弁ください」

「あぁ……」


 レントレートはナナミに出された食事であるホットドッグを平らげることにした。

 味は決して不味くはなかったはずだ。だが、決闘前の食事であるということで、緊張してか味をほとんど感じられないレントレートだった。




    ∬




 30分後、ヴァンプリアナ中央にある城の中庭にレントレートとナナミはやってきた。

 どこから聞きつけたのかは分からないが、少なくない観客が中庭と中庭を見渡せる場所に集まっていた。


「レントレート!」

「あぁ、ナイト、それにチエミさん!」


 レントレートはナイト達に声をかけられて、ほっと胸を撫で下ろす。


「まさか、ナイト達もヴィクターに決闘を……?」

「あぁ……レントレート、お前達もか?」


 こくりと頷くレントレート。


「来たようだな」


 そう言って現れたのはヴィクターだ。


「それで、どちらから先に戦うんだ?」


 レントレートがヴィクターに問うと、ヴィクターは笑った。


「は? 両方まとめて相手にするに決まってるだろ」


 レントレートは相手があまりに自分たちを舐めていることに少し腹が立ったが、チエミさんとナイトのことが心配で声をかけた。


「ナイトが戦うんですよね?」

「はい……そうなります。大丈夫だよね? ナイト!」

「あぁ、学園長の魅了魔眼をレジストできたナナミさんとならやれるって」


 そんな話をしていると、上級生らしき吸血貴族に声をかけられた。


「決闘委員会です。レントレート・ヴァエルとチエミ・ブラッドウォーカーが、ヴィクター・ブラッドフェングと決闘。ブラッドフェング側の要求は青色腕章の奪取、レントレート、チエミペアの要求は赤紫色腕章との交換でよろしいでしょうか?」

「は、はい。それでいいです」

「はい……! よろしくお願いします」


 レントレートとチエミが二人で決闘の内容を確認され頷く。


「では戦闘を行うものは前へ!」


 言われ、ナナミとナイトが前へと出る。

 ヴィクターはというと、守護騎士は伴っておらずヴィクター本人が前へと進み出た。


「決闘委員会から提案する決闘方法は一撃決着制です! 先に血を流した方が負けとなります! それでは決闘開始してください!!」


 先に動いたのはヴィクターだった。

 素早い動きで槍を払うと、ナナミとナイトを二人同時に攻撃した。

 しかしナナミとナイトの二人もヴィクターの動きに反応して、ナナミは大剣で、ナイトは長剣で槍の払いをしのぐ。


「やるじゃないか新入生」


 ヴィクターが笑う。


「ナイトさん攻撃を……私が前に出て槍を抑えます!」

「分かった……!」


 ナナミの作戦の元、ナナミが槍を恐れずに前に出た。

 数度、ヴィクターの突きがナナミを襲うも、ナナミは大剣を盾のように使ってその突きを防御する。そうして、距離を詰めたナナミがヴィクター相手に大剣を大きく振りかぶった。

 ナナミの袈裟斬りをそのままに出来なかったヴィクターは、槍で大剣を抑え込み迫り合いの形となる。


 しかしそのチャンスを逃すナイトではなかった。

 ナナミが槍を抑え込んでいる間に、ナイトが急接近し痛烈な一撃を放つ。


「そうそう当たるわけには……!」


 ヴィクターがナナミから離れようとするが、ナナミががっしりと左手で槍の柄を掴んで離さない。

 なんとかヴィクターがナナミの大剣を蹴り飛ばして槍を離させて距離を開けた時には、ナイトの痛烈な一撃がヴィクターの頬を掠めていた。


 ヴィクターの頬から鮮血が走る。


「それまで! 勝者レントレート、チエミペア!」


 決闘委員会の生徒が判定を下し、決闘はレントレート達の勝利で終わった。


「くそっ……まぁいい、今回は引き下がるさ」


 ヴィクターは自身の右腕に付けていた、赤紫色腕章を決闘委員会の生徒に引き渡した。


「レントレート、チエミペアはどちらの腕章と交換しますか?」


 聞かれると、チエミさんが「レントレートさんの方でお願いします!」と言った。


「えっ!? でもいいんですかチエミさん、私達の方で……」


 チエミは優しく微笑んだ。


「いいんです! 勝負を決めたのはナイトだったけれど、相手の動きを封じたナナミさんの行動こそが勝負の一番の決め手でしたから!」


レントレートはチエミの公平さと洞察力に感心する。彼女の優しさと賢明さが、この決断に表れているように感じた。


「そうですか……じゃあ遠慮なく……」


 レントレートはナナミに付けてもらった青色腕章を外し、決闘委員会の生徒へと渡すと決闘委員会の生徒が青色腕章をヴィクターへと渡した。


「これで終わりじゃないからな」


 ヴィクターはそんな捨て台詞を残して去っていく。


「ではどうぞレントレートさん。赤紫色腕章です」


 委員会の生徒から赤紫色腕章を受け取り自身の右腕に付けるレントレート。


「そうだ、寮の方は変わらないんですか?」


 Ⅰと書かれた薔薇紋章の赤紫色腕章を手に入れたのはいいが、住まいは依然としてブルーブラッド3号寮のままなのだろうか?

 気になったので委員会の生徒に聞く。


「住居の方は年に1回。腕章の色に応じての変更となりますご了承ください」

「そうなんですね、ありがとうございます」


 そうして蹴り飛ばされて、立ち上がったナナミの方へと行くレントレート。


「ナナミ、大丈夫か?」

「はい……大剣を蹴飛ばされただけなので大丈夫です。それよりも赤紫色Ⅰ腕章の獲得、おめでとうございますレントレート様」

「あぁ、ナナミのおかげだよ!」


 レントレートは満面の笑みをナナミへと浮かべた。

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