2 訓練と入寮

 半年後。ヴァンプリアナへの入学の日。

 いつもより早く起きたレントレートはヴァンプリアナの寮へ引っ越す準備として、自室で荷物を旅行鞄にまとめていた。


「下着よし、パジャマよし、制服の替えよし……うん、用意できてる!」

「レントレート様失礼致します」

「あぁナナミ、おはよう!」

「はい。おはようございますレントレート様」


 ペコリとナナミが礼をして部屋に入ってくる。

 その両手には食事台車が押されていた。

 いつものように大剣を背負ってこそいないが、腰の付近に長剣が添えられていた。


「レントレート様、ユーミリア様のお言いつけの……血液操作強化のお時間です」

「あぁ……いつもすまないな」


 レントレートがそう返事をすると、ナナミが「いえ、私の責務ですので……」と食事台から試験管と注射器を取り出した。

 そしてナナミは今日は右腕の裾を捲り上げると、躊躇なく注射器の針を自身の右腕に突き立てた。

 真っ赤な血液が注射器に溜まっていく。


 毎日のように見ていて思うが、いつも冷たい態度のナナミにもこんなにも暖かそうな真っ赤な血が流れているのだなとレントレートは感慨深く、そしてあまりに美味しそうな血液にその喉を鳴らした。


 そうして血液を取り出したナナミは、試験管へと自身の血液を移した。


「レントレート様、今日の訓練を開始してください」


 ナナミが試験管をレントレートに手渡す。


「あ、あぁ……」


 レントレートはその美味しそうな血を今すぐにでも飲んでしまいたかったが、ぐっと堪えると目を瞑った。

 そして吸血貴族のみに伝えられる魔法の言葉を唱え始める。


「私は血を強化する……! 猛れ、血液!」


 魔法を唱えると、レントレートの金色の瞳が更にその明るさを増し、そして試験管に入れられた血液が煮え滾るようにボコボコと泡を吹く。

 そうして目が眩むような強い光を試験官が放ったかと思えば、そこに入っていたはずの真っ赤な血液は真っ青な液体へと変貌を遂げていた。


 ナナミが試験管に顔を近づけて確認する。


「はい。間違いなく青血せいけつに変化しています……」


 うんうんと唸るナナミ。


 どうやら無事、青血化に成功しているらしい。

 半年前、初めにこの訓練を始めたときは真っ赤な血液のままだったり、濁った紫色だったりと失敗も多かったのだ。それもいまとなっては毎日大成功で間違いなく青血化出来ている。

 レントレートは鼻高々でナナミを見やる。


「では、どうぞお飲みくださいレントレート様」

「はぁ……どうしても飲まないと駄目か?」


 レントレートは飲むのが嫌だという意思を乗せてため息をつく。


「駄目です。飲むまでが訓練ですので」


 そうは言うが、青血はとにかく不味いのだ。

 例えるならば新鮮な野菜のみのジュースかのような青臭い味がする。

 レントレートがこの日課で一番嫌なのが、青血を飲むことだった。

 ナナミの血を真っ赤な状態で飲んだ事はまだ一度たりともない。

 ナナミのように健康な若い人間の女の血ともなれば、極上の味がするのは間違いないというのにだ。

 レントレートが自身の魔力を混ぜて青血化した血のなんと不味いことか……。


 レントレートは自分の鼻を摘むと、右手で試験官に入った青血を傾けた。


「……! ぷはぁ! ごちそうさまナナミ!」


 そうして一気に青血を飲み干し、試験管をナナミへと突き返す。

 如何に不味い青血といえど、いつも血を用意してくれているナナミにごちそうさまは欠かさないレントレート。


「はい。お粗末様です」


 ナナミは試験官を受け取ると、いつものように薄らと微笑む。


「それでレントレート様、寮へ越すご準備はよろしいので?」

「あぁ……持ち物は問題ないはずだよ。ナナミこそ用意はいいのかい? 守護騎士は主人の対面の部屋と決まっているっていうじゃないか」

「はい。私は武器以外の荷物は少ないので……」


 ナナミは無表情でそう答えると、腰に添えられていた長剣を少し抜いて再び鞘に収めてカタンと鳴らした。




   ∬




 学園――ヴァンプリアナ。

 世界中の吸血貴族を集めたこの学校は、多くの権力者の子息で溢れている。

 学び舎となる大きな城を中心に、生徒達の寮が円周状に並び立てられた学園都市。

 更に寮の周りには、商業区が配され、その更に外側には一般市民たちの家々がある。

 レントレートとナナミの二人は寮区画の一番外側、商業区のすぐ近くにある寮、ブルーブラッド3号寮へと足を踏み入れていた。


「もっと粗末なところかと思っていたけれど、まぁまぁじゃないか! 十分人が住める。腐っても吸血貴族用の寮ってところか」


 レントレートは自室となった寮――と言ってもボロアパートの一室同然のそれのベッドの上に旅行鞄を置いた。

 そして自室を見回し、窓を開ける。

 漆黒の夜はここヴァンプリアナであっても変わらないが、視線の先にある商業区には夜だと言うのに明かりで溢れていた。


「南向きだけど、遮光カーテンを使えば悪くなさそうだな。

 北向きのナナミの部屋はどうなってるんだろうか?」


 そんな疑問を覚えたレントレートは、自室を出て対面にあるナナミの部屋をノックした。


「ナナミいるか?」


 するとすぐに返事があった。


「……どうぞお入りください」


 レントレートは家族以外の他人の部屋に入るのは初めてだな……などと思いつつ、緊張しながらナナミの部屋のドアを開けた。


 そうして部屋の全景を視界に収めるが、ナナミの姿は見えない。


「なんだ、ナナミの部屋も私の部屋とあまり変わらないな……」


 そう呟きながらナナミの姿を探すレントレート。

 すると、シャワー室からナナミが出てきたようだった。

 そして一糸纏わぬ姿のナナミを視界に入れたレントレートは、思わず両手を目に当てた。


「うわっ! ナナミお前! なんで裸なんだよ!!」

「申し訳ありませんレントレート様、シャワーを浴びていたもので……ところで何か御用でしょうか?」


 ナナミは恥ずかしげもなく裸体を晒したままレントレートに伺いを立てる。


「いや! なんでもない! ただナナミの部屋はどんなか気になっただけだ!

 ごめん! 私はもう行くから!!」

「はい……いいえ、入学式までお部屋で少々お待ち下さい。私も守護騎士としてご一緒しなければなりませんので」

「分かった……! とにかくごめん!!」


 急いでナナミの部屋を出て、向かいの自室へと戻ったレントレートは自身の心臓が高鳴るのを感じずにはいられなかった。

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