第12話


結局その日、悪天候のためカラスさんは私の家に泊まっていくことになった。

雨の中飛ぶことには慣れていると言われたが、こちらが不安になると伝えれば彼女は笑って了承してくれた。


「お風呂場の準備できましたよ」

「ありがとうございます」


夕食を食べ終えてから彼女にシャワーを浴びるように促した。

しかし彼女は窓の向こうをぼんやりと眺めたまま動こうとしない。


「カラスさん?」

「お嬢さん、良かったら先にシャワーを浴びてもらえませんか?」

「え、いやいや、お客さんですし」

「私は後で構いませんので。ね?」

「しかし…」

「お願いします」


カラスさんはそう言って私をバスルームに押し込んだ。

きっと彼女なりの理由があるのだろう。

お客さんに強制するのも失礼かと思い、私はカラスさんの言葉に甘えることにした。






お嬢さんをバスルームに押し込み、シャワーの音がしたのを確認してから立ち上がる。

ローブを羽織って静かに家を出ればそこそこ雨が降っていた。


「こんな日に呼び出さなくても」


溜め息交じりに愚痴を吐いてからローブについているフードを被る。

穴を開けて置いた部分から翼を通して強く羽ばたいた。



羽ばたいて数十分。

古びた洋館の一室で彼は待っていた。


「どーも」


ノックと共に声を発せば思ったよりも低かった。

私に気づいた彼はすぐに窓を開けた。


「ごめん、こんな時にばっかり呼んで」

「そう思うならベルを返して」

「……」


埃っぽい室内の空気を吸い込みたくなくてハンカチで口元を覆う。


「ていうかここ何?」

「前の屋敷壊されたから新しく買ったんだよ」

「あっそ」


翼に着いた雨を払いながら部屋を見渡す。


「で、何の用」

「…生活で困ってることとかないか?」

「そんなことを聞くために呼びだしたの?この雨の中?」


埃だらけの部屋に放置されているソファーに座る気にもなれなくて立ったまま彼と向き合う。

彼は気まずそうに視線を逸らしているだけだ。


「はぁ…悪いけど今日は用事があるの。手短に帰るわよ」

「用事?珍しいな」

「最近どうしようもなく可愛い猫ちゃんを拾ったの。正直あんたなんかに構ってる暇はないのよ」

「……悪いな」

「別に。あんたはさっさといい人見つけなさいよね。どうせ選び放題なんでしょ」


踵を返して窓の方に向かうと肩を掴まれた。

振り返ってみれば彼と目が合った。


「何?」

「俺は、」


彼の言葉を最後まで聞きたくなくて、わざとらしく羽で彼と私の間に壁を作る。


「おい」

「…あんたは私を追ってくることも探し求めることもしない」

「……」

「立場があることは分かってる。それを捨てろとも言わない。でも、」


そこまで言ったところで息が詰まってしまう。


「……この翼を切り落とそうとした時、止めたのはどうしてなの。翼さえ切り落とせば、私だって人間になれるのに」


泣いてなんかやらない。

私は彼に出会った時に比べれば相当強くなったんだから。

ただ、容赦なく降り込む雨は私の心を表しているようだった。


「……」

「…結局何も言わないのね。いいわよ、分かってたから」


フードを被って窓枠に足をかける。


「そうだ、1つ聞きたいことがあった」

「…何だ」


軽く振り返って口を開く。


「あんた、私を買えるとしたらいくらで買う?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る