第9話


時間が過ぎるのはあっという間で、今日がブロンとの約束の日になった。

空を飛ぶカラスの獣人はあの日から全く見なくなり、ルークとの関係も前と変わらないまま今日を迎えた。


結局、答えなんて出なかった。


「今夜ね」


答えが出ないくせにこうして起きてブロンを待っているとは笑ってしまう。

扉の前には机と椅子で簡易的なバリケードを作ったため、そう簡単には入って来れないようになっている。


ルークのことが嫌いなわけではない。

ただ、今の私たちの関係に私が耐えられなかっただけ。

これは私の我儘だ。


思考に沈みかけた時、コンコンコンと窓が叩かれる音がした。

そこにはブロンの姿があった。

窓を開けると彼は身軽な身のこなしで部屋に入り込み、フードを取った。


「迎えに来た」

「……うん」


差し出された手を取った瞬間、窓の外に大きな影がかかった。

そちらを見ると、大きな黒い翼を持ったカラスの獣人が窓枠に足をかけていた。


「あなたは…」

「彼女もベルナを探すために手伝ってくれたんだ」

「こんばんは、お嬢さん。私は普段、君たちとは別の森で静かに暮らしているんだ。以後お見知りおきを」


そう言って上品に礼をする彼女からは、整った顔と丁寧な口調も相まって男性的な印象を受けた。

そうか、毎晩見たカラスの獣人は彼女だったのか。


「ありがとうございます」

「いえ。私たちは肩身が狭いですからね。助け合いですよ」


そう言って彼女は微笑んだ。


「ベルナは彼女に連れて行ってもらうと良い。俺は走って戻るから村で合流しよう」


ブロンの言葉に頷くもまだ多少の迷いはある。

でもここまでしてもらっては断れない。


「お嬢さん、荷物は何もないのかい?」

「…はい。ここも物を持ち出しては…、ご主人に迷惑が掛かってしまうので」


そういうと何かを察したかのように彼女は目を細めた。

彼女の口が開かれかけた時、扉が何度も激しく叩かれた。


「ベルナ!!ベルナ!!!」

「ご主人様!そんなに強く叩いてはお手が!」

「何でお前はいつも俺から逃げるんだよ!!」


ルークの声に思わず振り返る。

扉越しに聞こえる声はあまりにも悲痛で、聞いているこっちが辛くなってくる。


「なんで!!あの時も!!!あの夜も俺から逃げただろ!!!!」


あの夜とはきっと、私たち獣人が森に逃げ込んだ夜のことだ。

当時もこうやって私は彼のもとを去った。


「…ほんと、結ばれないわね」


呟いた瞬間、耐えきれず涙が頬を伝う。

両者の想いは伝わっているのにこの世の全てが邪魔をする。


「ルーク!!」


扉越しに聞こえるように大声で叫ぶ。

するとピタリと音が止んだ。

それを確認してから再び息を吸う。


「もう幸せになろうよ!!一緒にじゃなくて、別々の場所で別々の人と!!」


そう叫ぶと再び扉が叩かれる。


「ふざけるな!!本気で言ってるのか!?」

「冗談で言うわけないでしょ!!お願いだからあなたの幸せを願わせて!!!」


私が泣き叫ぶのを2人は静かに見守っていてくれた。

もう苦しくてどうしようもなかった。


「もう、行きましょう」

「……いいのか?」

「これしか方法はないの」

「……分かった。じゃあ、よろしくお願いします」

「任せてください。お嬢さん、ちょっと失礼しますよ」


そう言うとカラスの獣人は私を横抱きにして強く羽ばたいた。

彼女の首に腕を回すと、さらに高度が上がる。


「ルーク……ありがとう」


もう振り返らないことを決めた。

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