第8話


それからカラスの獣人を見上げる夜が続いていた。

毎晩のように飛ぶカラスの獣人はやはり何かを探している。

ルークからの言いつけで窓を開けることはないが、それでも窓越しに眠たくなるまで目で追っていた。


そんなある日、いつものように見上げていると窓がコンコンコンと叩かれた。

ここは2階の部屋でバルコニーなんてない。

そんな窓が外から叩かれるなんてありえない、と無視をしていると今度は先程よりも少し強めに叩かれた。


「ベルナ。ここにいるのかベルナ」


ノックと共に小さく私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

恐る恐る近づくと、そこには森で共に暮らしてた獣人の内の1人__ブロンがいた。

ライオンの獣人である彼はフードを目深く被って窓を叩いていた。

どうやら雨どいに掴っているらしく、雨どいがギシギシと嫌な音を立てている。


「ブロン!?どうしてここが分かったの!?」


窓を開けて声を掛けると、彼は安心したように息を吐いた。


「良かった……ベルナ無事だったんだな」

「無事ってどういうこと?」

「アマンダが『ベルナが自分を守って人間に連れていかれた』って教えてくれたんだ。あの日から皆でずっと探していたんだがここにいたんだな」


そっか、あの後アマンダは森まで逃げることができたのか。

ずっと彼女の安否が気になっていたから、時間がかかってしまったとはいえ知ることができて良かった。


「帰ろう」


ブロンはそう言って手を差し伸べてくる。

その手を見て、何故か躊躇ってしまった。

逃げ出したいはずなのに、またルークに会えなくなることを嫌がっている自分もいた。


「え、と…」

「どうした?」

「…私、」


急かす様な彼の目に射抜かれる中、少しでも時間を稼ごうと意味もない言葉が口を衝いて出る。


その時、廊下から大きな足音が聞こえた。

ルークの足音だ。

それはブロンにも聞こえたようで、彼は顔を歪ませて私を見上げた。


「ベルナ、来週のこの時間にもう一度来る。その時はすぐに出られるように支度をしておいてくれ」

「……」

「もし人間に何かされていて、逃げ出すのが怖いのなら俺たちが絶対に守る。だから安心しろ」

「…うん」

「また、幸せに暮らそう。皆待ってるから」


その言葉を残して、ブロンは足音もなく去っていった。

空を見上げるとカラスの獣人もいつの間にか居なくなっている。


「…何をしていた」


後ろから歩いてきたルークは私越しに窓を閉めると低く唸るように問いかけてきた。


「ちょっと夜風に当たっていただけだよ」

「俺との約束を破ってまで?」


私を壁際に追い詰め、腕で逃げ場を無くすと彼は耳元に顔を寄せてきた。


「お前は俺のものだろ?買い取ったことを忘れたのか?」


耳に響く声に背筋が震える。

オークション会場で聞いたのと同じ冷たい声に息が詰まる。


「ごめ、んなさい」


小さく謝るも気が収まらないらしく、噛みつくようなキスをされた。


「んぅっ!んん……ふっ、んぁ」


必死にルークの胸を押すも力が強くてビクともしない。

それどころか後頭部に手を回されてさらに深く口付けられる。

息苦しさに意識が朦朧としてきた頃、やっと唇が離れた。


「はぁ……は、」


肩で息をしながら彼を見上げる。

すると彼は仄暗い笑みを浮かべて私の頬をそっと撫でた。


「次約束を破ったらどうなるか、ちゃんと覚えておけよ」


それだけ言い残すとルークは部屋から出ていった。

まるで嵐のように過ぎ去って行った出来事に私は1人呆然と立ち尽くすしかなかった。

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