第5話


深く息を吐いてから意を決してノックをする。

すぐに扉が開いて、ルークは私の顔を見るなり中に招き入れた。


「そこのソファーに座って待ってて」

「…お邪魔します」


初めて入るルークの部屋は物が異常なほどに少なく、綺麗というよりも生活感が全く感じられなかった。

言われた通りソファーに座って待っていると、何かを持ってきたルークは隣に座るなり抱き着いてきた。

そのまま流れるように私の尻尾を撫で始める彼に思わず抗議の声を上げる。


「ちょっと!さっきから尻尾ばかり触らないで!」

「んー…やっぱりそうだ」


ルークは急に顔を上げて私をじっと見つめると眉間の皺を深くした。

怒られそうな雰囲気に、無意識の内に耳と尻尾を動かしてしまう。


「ベルナ、ブラッシングとかしてるか?」

「へ?ブラッシング…?」


そういえば森で暮らしている時はある程度していたが、この屋敷で暮らし始めてからは完全に失念していた。

首を振ると、待ってましたと言わんばかりに先ほど持ってきたものを目の前に出してきた。

それは綺麗なブラシだった。

獣人用ではないものの、質の良いブラシであることが素人目でも分かる。


「獣人用のブラシは売ってなかったから今はこれで我慢してほしい。ほら、尻尾出して」

「い、いや、いいって!!」

「ベルナ長毛種だろ?そのままだと毛玉出来るかもしれないし、毛並みが悪くなる」


そう言ってルークは再度尻尾を撫で始めた。

確かに長毛種の獣人は抜け毛が多いから定期的にブラッシングした方が良いが、やってもらうのは話が違う。

尻尾は神経が集まってるし、そもそも他人に触られるだけで緊張するというのに何故ルークにブラッシングをされなければならないのか。


「自分で出来るから!!」

「え~?せっかく俺がやる気になってんのに」


彼はわざとらしく頬を膨らませつつ、ジリジリとソファーの端に追い詰めてくる。

下がるもすぐに肘掛けに到達してしまった。


「ちょ……!」


慌ててソファーから立ち上がろうとするも、すぐに腰を掴まれて引き寄せられた。

膝の上に乗せられているせいで完全に身動きが取れなくなると、彼は楽しそうに笑った。

そのままブラシで軽く尻尾を撫でられれば思わず声が漏れてしまう。


「ん……っ……」

「痛い?」

「痛くは、ないけど…ぞわぞわする」

「じゃあこれは?」


そう言って今度はしっかりブラシを通される。

その手つきに思わず力が抜けた。


「…気持ちいい」

「良かった」


彼は嬉しそうに笑って、そのまま尻尾全体をブラッシングしてくれた。

時折頭や耳も撫でられて、あまりの心地よさに瞼が重くなるのを感じる。


「眠かったら寝ちゃっていいぞ」

「うん…」


そんな優しい声で言われたらもう無理だった。


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