第44話 二日目③

 

「どうしたの、ナンパでもされた?」


 二人並んで歩きながら、ニナがあっけらかんと聞くので。少しだけハっとして少しだけ考えてから答えた。


「……南部の香りがするねって声を掛けられただけ」

「それがナンパっていうんじゃないの?」


 顔を下から覗き込んでニナが笑いながら聞くから。


「あ……、えっと、ごめん!!」


 なんだか解らなくなって、責められたわけでもないのに必死で謝ったら「大丈夫だよ」とニナが笑った。

 落ち着いたままのニナと、慌ててしまう自分との違いに恥ずかしさがこみ上げた。昨日からうまくいかないことばかりだ。


「お腹すいたよね、どこか気になるお店あったら行ってもいいし、家で作ってもいいし」

「あ……うん、あ、家で一緒に作ってもいい?」

「うん。そうしよう!」


 明るく言ってくれるニナのトーンに救われて気持ちが少しふわりと軽くなったのがわかった。だから小さくありがとうと呟いてから、聞いてみた。


「そういえばニナ、どうして俺があのカフェに居たの解ったの?」

「ガラス張りだから外からすぐわかったよ! 通信繋ごうとしたら見えたから中に入って呼んじゃった」

「そっか」


 見つけてくれたことがひたすら嬉しくて。そんなことぐらいで嬉しくなって。


 横を歩いてくれるニナと手を繋ぎたかったけど、なんでかどうしてもできなくて。でも一緒に居られること、隣を歩けることが本当に嬉しくて。


 ただ真っすぐ前を向いて歩くニナの横顔を見ながら、ニナのヒールの靴の音が透き通るように耳に響いていた。



 *



 今日も並んでキッチンに立って、ヒューに手伝って貰いながら料理を作っていった。

 ヒューは作業の流れを把握して読むことがとても上手なので、一緒に何かをするパートナーとしてはとても優秀だ。たった数回で我が家のキッチンを把握している。

 だからいつもより作業は効率よく進んだ。


 その中で、ちょっと衝撃的な話が出てきた。


「あのね、ニナ。アークが気付いたんだけど、うちの父もアークのお父さんもニナのことよく覚えてないって言うの。髪の色すら。そういうことって他でもあった?」

「え……、そうなの? 兄さんかな、何かしてるのかな……」


「さっきの人も、ニナに酷いことを言ったけど、ニナはとても綺麗だから腹が立ってさ!」

「えええええ? そんなことないよ……」


「だってニナ、北の宰相様すごく素敵じゃん? ニナ、宰相様によく似てるし」

「ジェス兄さんはね、確かに素敵だけど。私はなぁ……。ジェス兄さんと私だけなんだよね、この髪の色。他の兄弟も両親も違うの」


「あ、うちも。姉さんと両親が同じ色合いで。俺だけこの色なの」

「なんか不思議だよね」


「ねぇねぇ、ニナ。このお肉焼くんだよね? 俺、美味しいスパイス持ってきてるから味付けそれにししてみない?」

「わ、嬉しい! そういうの嬉しい! ありがとう、そうしよう!」


 私がお肉の仕上げをしている間に、ヒューがお皿やカトラリーをテーブルに並べてくれた。

 笑いあって料理を一緒に作って、並べて、一緒に食べて。こうやって生活の当たり前のことをヒューと二人で過ごせることにワクワクした。

 この人の醸し出す空気は、やわらかく我が家に馴染んでいく。


 同じぐらいこの二人でいる居心地のよさを、私はなんでなんだろうと不思議に思ったりもした。


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