第39話 一日目③


「ごはん食べられそう……? 一応、今日は人混みは避けて家の中で食べた方がいいよね……? 簡単なもので良ければ何か作るけど」

「あ、う、うん、なんか気を使わせてごめんね。実は、お昼から何も食べていなくてお腹すいた……」

「食べられるってことは、元気になったってことだね! 良かった。じゃあ何か作るね」


 私が椅子から立つと、ヒューも立ち上がって、


「家で料理を習っている時に聞いたの、料理は作る人によってキッチンのルールが違うから、よく見ておいた方がいいって。手伝いながら見ていてもいい?」

「うん。本当に習ってきたんだ……?」

「……だって、ニナと一緒に居たいんだもん」

「…………」


「家で作ってね、姉さんにも食べて貰って一応合格って言われたよ! まだ二品しか作れないけど、居る間に作らせてよ」

「楽しみにしてる!」


 ヒューに手伝って貰ったり食材や道具の場所や説明を加えながら、具だくさんのスープを煮込んで、買っておいたパンを焼いた。

 ヒューは背が高いから棚の上の方を見て貰う時にとても楽だったし、シンクで洗い物をする時に思った以上に屈むのもとても新鮮に思えた。キッチンで誰かと一緒に料理をするなんて久しぶりだった。



 テーブルに向かい合わせに座ってスープを食べ始めると、南部で一緒に朝ごはんを食べたことを思い出したり、急に会うのが久しぶりなことを思い出して心がソワソワした。


「美味しい! ニナ、ありがとう」


 ヒューは微笑みながら上品にスープを口に運んだ。


「良かった。あのね、私は明日の朝、仕事に行かなきゃならなくて」

「うん」


「この家に居てくれてもいいし、出掛けるなら家の鍵を預けるね」

「うん、わかった。ちょっと街を散策してみたいなって思っていて。おすすめのお店や、足を踏み入れない方がいいエリアがあったら後で教えて。地図持ってきたから」


 ヒューが楽しそうで心底良かったなと思えた。



 片づけを終えて、ソファでお茶を飲みながら地図を見て街の説明をしている途中、急にふわりと抱き締められた。それは南部にいた最終日のあの抱擁より随分とふんわりとしていて、ヒューの緊張が伝わってくるようにも思えた。響く、胸元の音。彼の音。


「……会いたかった」


 絞り出すような小さな声が耳元で震えた。

 会えない時間を長く感じていたのはきっと同じだったんだと気付く。


「うん、私も」


 ゆっくりと肯定すると、腕が離されてヒューの赤い瞳が目の前にあって。


「本当に……?」


 必死な瞳に射貫かれる。恥ずかしがっている隙間さえ与えられずに答えを待つ瞳が、次の私の言葉を急かした。逃れられないと本能が理解する。

 だから私はそのままヒューの胸元に額をつけて言った。


「うん。私も会いたかった、とっても」


 そう答えると、泣き出す少し前みたいな息遣いが私の耳をくすぐって、強く強く抱きしめられた。

 ここのところずっと欲しかったものにやっと触れられたと実感した私は、ゆっくり額をあげてヒューの首筋に回した腕に力を込めた。ああ、とてもこの人が私は好きだなと思った。


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