第38話 一日目②
急に隣の部屋の扉が開く音がして、ボ――っと気を抜いていた私は大いに驚いて自分の心臓が高鳴るのを自覚した。いつも自宅では一人でいるので、別の人がたてる音は久しぶりのような気がした。
廊下へ出ると、ゲストルームからひょっこりと背の高いヒューが出てきた。
この広くない集合住宅は、背の高いヒューには少し小さいかもしれない。
「ニナ、本当にありがとう」
「具合どう……?」
「うん、もう大丈夫そう。眠ったらかなりすっきりした」
「良かった!」
「ちょっとお手洗い借りていい?」
「うん、そこの扉」
私はリビングに戻り広げていた仕事の書類を片づけて、お茶を淹れる用のお湯を沸かした。
「ニナ、心配かけてごめんね。列車でずっと、近くの席の人の感情が流れてこないように気を張っていたら、張りすぎちゃったみたい……。もうだいぶ落ち着いたから大丈夫」
「そうだったんだ。列車も長時間だし、疲れちゃったのかもね。今日はこのままゆっくりしよう」
「あ、俺のホテルの予約って……?」
「キャンセルしたよ。空き部屋はまだあるって言ってたから、泊まるなら連絡すればいけると思ったから全日キャンセルしちゃった。勝手にごめんね」
「当日キャンセル、お金かかったでしょ? 払うよ」
「ううん、あのホテルは商会にお客さんが来る時に使ってるし、顔馴染みだからかかってないの。ここは狭いけどゲスト用の部屋があるからそこを使ってもいいし、ホテルを取り直してもいいし」
「……うん、ありがとう」
「それより、フィーに連絡して? 着いてから訓練場のアークに連絡をしてヒューが無事に着いたことは伝えて貰ったけど、心配してるといけないから」
「あ、そうだね! 借りている小型の通信機を使ってもいい?」
「勿論。うち、固定通信機はないからそれ使って」
「ありがとう」
ヒューが通信を繋ぐと、フィーは安心したのかヒューに小言を言っているような声が漏れ聞こえた。
暫くしてヒューが耳から通信機を離して「変わってだって」と私に渡す。
「フィー?」
私が通信機越しに名前を呼ぶとフィーは「ヒューが迷惑かけてごめんね」と低い声で謝った後、「ヒューにお土産と手紙を預けてあるから受け取って欲しい」と弾む声で言った。フィーはいつも可愛い。
『あのね、ニナ。ヒューがね、ニナに食べてもらうんだって家で料理を練習してたの! ニナに余裕がある時に食べてあげて? あとヒューはとっても早起きだけど一緒に起きなくて大丈夫だから。朝はボ――っとする時間が必要みたい。ヒューに合わせず、ニナのペースで生活して大丈夫。ヒューのことよろしくお願いします』
「うん、わかった」
もしかしたら、ヒューとフィーが何日も離れるのはこれが初めてかもしれないなと思ったのと同時に、一般的な「お姉さん」ってこんな感じなのかなとも思った。我が家の姉はまったくこうではなかったから。
通信を終えてから、ヒューに通信機を渡してくれるよう手のひらを出すと、
「え、あ、これ、返さないとダメ……? まだ借りていちゃダメ……?」
と、途端に悲しそうな顔をしたので、
「違うよ、取り上げるんじゃなくて、魔力を追加しておこうと思ったの」
笑いながら説明すると「あ、そっか」と恥ずかしそうに私の手のひらに通信機をポンとのせた。やだ、この子、可愛いすぎる。
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