第37話 一日目。


 馬車の中でも一生懸命に具合が悪いのを隠そうとするヒューをなだめながら、私は迷った末に自分の自宅へヒューを連れてきた。ホテルのチェックインの時間にはまだ早かったのと、一人にして一緒に居られない時間に容体が悪化するのだけは避けたいと思ったからだ。


 背が高いヒューを私が担ごうとしてもしても無理があって、肩を貸してもほとんどヒューの助けにはなっていなかった。それでもヒューは弱々しくだけど微笑んで「ありがとう」と言って僅かばかりの体重を私に預けて歩いてくれた。

 そして馴染みの馬車の御者さんにも手伝って貰って、何とか家まで移動ができた。



 自宅玄関の前で御者さんと別れると、玄関から一番近い場所に一回ヒューを座らせた。

 ヒューの肩から荷物をおろし靴を脱がせて「ちょっと待っててね」と私は居間から大きなクッションを持ってきて、壁にもたれるヒューの背中の下に入れた。


「ゲスト用の簡易ベッドを組み立ててくるね、すぐだから。……もう誰も見ていないし、楽な姿勢でくつろいで大丈夫。もし吐きそうだったらここに桶を置いておくから我慢しないで。お手洗いはその扉のところ」

「……ニナ、ありがとう」


 ヒューは浅い息を繰り返しながら、クッションに体重を預けてうずくまった。

 私は急いでゲストルームに簡易ベッドを組み立てて、すぐに休めるよう整えた。


「ヒュー、ツラそうなところごめんね。ゲストルームに準備ができたから、大丈夫なタイミングで移動して?」

「う、ん……、大丈夫、行ける」


 よろよろと立ち上がるヒューをゲストルームに案内して寝かせてから、荷物をその部屋に運んだ。


「飲み物はいる……?」

「ニナ、ありがとう。今は大丈夫。迷惑かけてごめんね、……格好悪くて恥ずかしい」

「大丈夫。それよりちゃんと休んで早く元気になってくれると嬉しいよ。なるべく一回緊張を解いて迷惑とか一切忘れて休んで? 私、隣の部屋で仕事をしているから、ゆっくりしてね」


「わかった。ニナ、ありがとう。あのね、話したいことがいっぱいあるから……」

「うん、私も。元気になったら話そうね」

「うん」


 ふわりとヒューが笑ったから。

 私は横たわるヒューにタオルケットをふわりとかけて、ゆっくりとヒューの黒髪を撫でた。


 ヒューは照れたようにタオルケットに口元を潜ませてから「ニナ、好きだよ」と小さく言って、笑みを深めた。私は急に恥ずかしくなってヒューの髪をわしゃわしゃっとしてから「うん、おやすみ」とだけ言って静かに寝室を出た。


 私は隣の部屋に移動して、商会から持ち帰っていた仕事の書類に目を通すことにした。

 しばらく熱を帯びた頬の赤さはおさまりそうになかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る