第31話 約束。


 花火が終わった途端、夜の暗さを余計に実感させられて寂しさが募った。

 砂浜から屋敷までさっき来た道をそのまま戻るだけなのに、気持ちの重みが全然違った。行きはあんなにはしゃいだ心で歩いたのに、帰りはみんな無口だった。


 屋敷に着く少し前、フィーが急に泣き出して私をぎゅっと抱きしめた。


「ニナ、明日帰っちゃうんだよね。明日はヒューがニナを送るから、アークとわたしは今日までなの。ニナ、最初あんなに冷たくしちゃったのに、助けてくれて本当にありがとう。また会えるよね?」

「……うん。フィー、色々ありがとう」


 大粒の涙をぼろぼろ流してもしゃくりあげても、美女は美しいままで見惚れてしまった。

 横に居るヒューも、目から涙が溢れそうになりながらキラキラさせていた。

 私はつられて泣きそうになるのをグっと堪えて、アークとお礼を言いあいながら硬く握手を交わした。


 毎日新しいことが溢れるほどにたくさんあった夏の出張が終わる。



 七日目。今日も早めに起きて仕度をし、使ったものを順に荷物に詰めていった。

 朝食の時間より少し前にヒューが部屋に来てくれて、一緒に仕事前の南のご当主に挨拶へ行った。

南の次期ご当主がうちの兄さんたちと同級生だと思うと、兄たちは本当に早くに当主を継いだんだと実感する。そして今度帰ったら両親にも会いに行かなきゃなぁと思った。


 部屋に戻ると、ヒューが朝食を運んでくれた。

 ここへ来る前に宿泊していたホテルの朝食より断然豪華なこのごはんも、食べるのが最後だと思うと名残惜しくて、しっかり全部平らげた。



「あ。ヒューに渡したいものがあって」


 朝ごはんが終わると、私は荷物の中から小型の通信機を出してヒューの手のひらにのせた。


「これって……?」

「最近、北で開発を進めている持ち歩きタイプの小型の通信機。魔力を流して個体番号を入れると、同じ通信機とその番号をもつ人とだけ通信ができるの。まだ一般的には流通していないから、隠れて使って欲しいんだけど……」

「ええええええ! なんかすごいね! 北はこういうものを開発してるんだ……!」

「うん。冬は雪が深くてほとんど外に出られなくなる地域だからね。コツコツこういうことをやってる」


「これがあれば、家にいなくても話せるの?」

「そう。私が中央の家へ帰るのが今日の夜になって、明日商会に新しい通信機を取りに行くとして明日かな。明日のお昼以降に一回私から繋ぐね。ここに魔力をもう流してあるんだけど、なくなったらフィーの魔力を入れて貰うといいかと。魔石を購入しても使えるけど、魔石は高いからね……」


「え、こんな貴重な物を……、いいの?」

「うん。もし本当に中央へ来るならこれで連絡をくれてもいいし、もしうまく使えなかったり手紙や固定通信なら私が働いているカルモ商会に連絡を貰えれば私に繋いでくれるはずだから」

「わかった。うん、ありがとう」


 ヒューは手の中の通信機を暫く眺めてから、紅茶を一口飲んで言った。


「昨日、アークとフィーに中央へ行くって言ったよ。仕事の引継ぎとアークにフィーの【吸収】を全部伝授したら、中央へ行くから。暮らせるかどうか一週間ほど滞在してみて確認したい」

「うん、わかった。もし何かがあって来られなくなったら、その通信機は北の本家宛てに送ってくれても大丈夫だから。重たく感じずにいてもらえると嬉しいよ」

「ありがとう、ニナ」


 ヒューはかけがえのない約束ができたことに喜ぶかのように私に微笑んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る