第12話 起こす。


 南部の本家の招待に前当主の父さんと兄さんたちが応じ、南部本家は大いに盛り上がりだったそうだ。

 そこに呼ばれた分家だけど魔力の多いフィーと、同席を許されなかった長男だけど魔力なしのヒュー。


 ヒューが泣いて泣いて、あの海に一人でいたのはこの日だったんだ。


 今、向かいの椅子に座るヒューを見ると、驚くほどの無表情でただ前を見ていた。

 記憶がないからなのか、関心がないからなのか。私はヒューの表情に何も読み取れなまま、手元にあるお茶のカップを握りしめるしかなかった。どこまで話したらいいかも解らないまま、なんとなく黙っていた。



「そろそろやる……?」


 沈黙を破るように、フィーが手元のお茶をぐいっと飲み干してからそう言うと。

 全員が席を立ち、無言のまま管理長室を出る。どこへ向かっているの? と聞く余裕がない程に美人もイケメンも足が長いからか、歩くのがとても早かった。ちょ、ちょっと、あなたたちは幼馴染でツーカーかもしれないけど、私はどこに行くか言って貰わないと解らないって……と文句が言いたくなったのを必死で耐えて、いそいそと後ろから着いていった。



 水野訓練場への入り口の手前で、ヒューはアークとフィーを先に行くよう手で誘導をしてから、一回扉を閉めて私を見た。


「実は、懸念事項が一つ。お兄さんの魔力、まだ残っているよね? これに関しては姉さんたちに言ってない。言わない方がいいんだよね?」

「あ……、うん、できれば……」


「実は、そういう状態で魔力を起こしたことがなくて。たぶん混ざったとしても身内同士だし、相性は悪くなさそうだから大丈夫だと思う。やってみたい。だから今日は全部を起こさず、一部だけにしてみようと思ってる。まだ救護室に救護班も居たから、何かあったらすぐに呼ぶけど……」


 だからアークとフィーにも声を掛けたのかな、圧倒的に説明が足りないなと思う反面、身内のような感覚で一緒にいられるのを嬉しいと思う自分もいた。

 なんだかこの人は一緒に居ることに不安がなくとても落ち着く。

 こんな時なのに、彼もそう思ってくれていたらいいのにとぼんやりと思ったりもした。


「ニナが不安ならやめておくよ、どうする?」

「やる。やってほしい」


 ヒューの真っすぐな瞳は懸念を懸念とも思っていないように見えたから、私は即座に答えて大きく疼いてみせた。それを見て彼が嬉しそうにしたから、私も嬉しくなった。


 自分にどんな変化が起こるのかが楽しみで仕方がない。そう思いながら訓練場へ続く扉を開けた。



 訓練用のプールの側に椅子を向かい合わせに二つ置き、いつものようにヒューに手首を手のひらで包まれる。

 アークとフィーは少し離れたところでこちらを見ているようだった。誰かに見られながらが初めてだったので、少しだけ緊張して少しだけ手のひらに汗がにじんでいる。


 ヒューは私の手首を包み、目を閉じたまま、暫く何も動かなかった。


 徐々にこの状態に少し慣れてきて、身体の余計な力がふと抜けた時、スっと魔力がヒューの手のひらから吸収されたのが解った。少し隙間が出来て、丁寧に均されていく感覚が広がった。

 整えられて、楽になっていく感覚に心地よさだけを感じていた。


 目に見えないのに、確かな実感として残るものに温かさを感じた。



 そのまま体内で小さな栓が抜けたような響きがあって、じわじわと光のようなものが広がっていくのを感じた。そうだ、これが私の魔力だ。説明されていなくても実感できた。

 それは兄さんの魔力が自分の中に広がっていく時と似ているものが確かにあった。

 そして静かに、その波が落ち着いていく。


 ヒューはまだ無言のまま、動かずに私の手首を包み続けていたけど。


「ヒュー」


 私が声に出してヒューを呼ぶと、ヒューははっとしたように目を開けた。


「ありがとう、魔力が起こされたのが解った。感覚が兄さんのと似てるから、このまま戻してくれて大丈夫だと思う。なんかそういう確信があるよ」

「あ、うん。俺もそう思った。発する光みたいなのが本当によく似てるね。綺麗。でも念のため、徐々にゆっくり戻していくから。ちょっと時間かかかも、楽にしててね」


 ヒューはとても嬉しそうに微笑んでから、再び目を閉じた。

 私のことなのに、こんなにも喜んでくれることが嬉しかった。

 私は今日のこの時のことを一つも忘れないようにしようとだけ強く思い、目を閉じて全てを受け入れた。


 ゆっくりと戻された兄さんの魔力は、一瞬だけ波を立てたように光り、すぐに静かに馴染んだ。

 兄さんの手のひらみたいに優しい光だった。



「うん、できたよ」


 どのぐらい時間が経っただろう、声を掛けられて目を開けると、ヒューがさっきよりもっと嬉しそうにとろんと笑っていた。


「具合悪いとかない? 大丈夫……?」

「うん、大丈夫。ヒュー、ありがとう! ヒューは疲れてない? 」


 つられて私も笑ってお礼を言うと、ヒューは私の手首から手を離し、微笑んだまま両方の手の平を前に出して言った。


「ニナの氷、ちょうだい」


 そうだ、今ここではもう魔法が使えることを隠さなくていいんだ。そう気付いて、早速ヒューの手のひらに手をかざし、氷を幾つも出してみた。

 しっかりと馴染ませられた自分の魔力が心地よい。


 ヒューは出された氷を嬉しそうに手のひらで包んだり、プールに投げてみたり、のど元に当てたりして冷たさを楽しんでいた。

 すぐに水に変わって流れていく。

 でも冷たさの感触は暫く残るから、このまま彼が私の作った氷を覚えていてくれると嬉しいなと心から思った。でも今は、この感情の理由は考えたくなかった。



 それを見ていたアークとフィーが駆け寄ってきたので、同じように氷を出すと。

 「すごい!」と大喜びをしたフィーがふわりと笑って冷たさを堪能し、ヒューとはしゃぎだした。美人とイケメンがはしゃぎ合っている姿はずっと見ていたくなるほどに輝いていた。


 二人とも今までは無表情の時が多かったので、私は見てはいけないものを見たような気持ちになったのを一生懸命に押し殺し、美人は笑っているのが一番いいなと思いながら目が離せないままでいた。


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