第11話 4人で。


 三日目。私は夕方になる少し前に訓練場に到着し、自分の魔力を起こして貰いたいと伝えた。

 ヒューは少しその場で考えた後、「管理長室に行くから、先にアークと一緒に待ってて」そう言って、隣の火の訓練用へ走って行った。



 言われた通りに管理長室に行くと、ホルヴァートさんは先にヒューから話を聞いていたようでテーブルと椅子をセッティングし、お茶をいれてくれた。


 暫くしてヒューとフィーが管理長室に入ってくる。手は繋いでいなかった。

 さっき隣の訓練場へ走って行ったのは、フィーを呼びに行ったからだと悟る。なんでこの面子なのかな……と疑問に思いつつ、また怒鳴られたりするんじゃなかと顔に出ないように全力で気を付けながらビクビクした。


 四人でテーブルを囲み腰掛けると、ヒューが口を開く。


「これからニナの眠らせてある魔力を起こそうと思うんだけど。一応、何かあった時の為に魔力の多い姉さんと、この訓練場の責任者のアークにも同席して貰おうと思って」

「あ、そうなんですね……。な、なんか大事になってしまいお忙しい中、大変申し訳ございません……」


 恐れ多いのと、ひたすらフィーが怖くてぺこぺことするしかなかった。

 いつものボイラー室の横の長椅子で、ちゃちゃっとできるものだと思っていたから。


「念のためね、念のため。あ、アークと姉さんは【放出】と【吸収】についても知ってるから。この面子では話しても大丈夫」


あっけらかんと言うヒューを横目に、フィーは無表情なまま穏やかな口調でこう言った。


「訓練生の魔力を起こすのはヒューと何度もやっていて慣れているから同席します」

「あ、ありがとうございます……」


 こんな穏やかな口調、初めて聞いたけど!と驚いたことはこれも顔に出ないように全力で頑張った。

 美人の無表情な物言いは、反論できなくなる威力があるなと心底思った。



「北のご当主に了承は得ているんですよね……?」


遠慮がちなホルヴァートさんの質問に、私は昨日通信機でラディ兄さんと話したことを伝える。


「はい。私が子供の頃、兄と私の間にいる姉二人との関係や対外的に私は魔力なしの方が都合が良かったらしく故意に隠したそうなんですが。私が成人したらどうするか話し合うつもりだったのに、その頃兄さんたちはほぼ同時に二人とも結婚したんですよね。結婚したり子供が生まれたりして、すっかり忘れていたそうです。だから好きにしていいって言われました」

「は?」

「忘れてたって、そんな……」


「ああ、兄さんたちはお互いと自分の妻子以外には関心がないので。だいたいこんな感じです」

「…………」

「…………」


「兄さんたちに言われたのが、昔は歳の離れたお前のことは娘のようだと思って可愛がっていたけど、実際に子供ができてみたら全然違ったと。それを何度も言われ、最近は全然可愛がってくれなくなりました」

「…………」


「昨晩も通信できる魔導具を使って話しをしたのですが、途中で子供と遊ぶ時間だからって早々に通信を切られてしまいました。冷たいですよね……」


 ありのままの様子を語っているのに、何故か南の面々はどんどん絶句が深くなっていっているように見えた。なんでだろう。やっぱり南と北では色々違うんだろうか。



「なんだかいつでも思慮深く、高尚な北のご当主のイメージが変わりました……。でもメルニックさんは学生の頃からお兄さんたちと重要会議にも出席なさっていて。後を継ぐのはメルニックさん…、あ、いやニナさんなんじゃないかって言われていたりしてましたよね」

「あ、ニナでいいですよ、ニナと呼んでください」

「ありがとうございます。では私も、私のことはアークと呼んでください」


「はい、ありがとうございます。私が会議に出ていたのは、話していることを文章に起こすのが得意だったからです。当主のラディ兄さんは勘で突発的に動く人なので、それが大の苦手なんですよ。宰相の兄は書き起こすより考えながら聞いていたいタイプで。だから連れていかれてたのかと」

「…………」


「あと私が後継者かもって言われていたのは、兄さんたちは一刻も早く引退したくてたまらないから隙あれば押し付けようとしていたからです。断りましたけど。私が断ったので、自分たちの子供に継がせようと早くから英才教育を施しているみたです、ちょっと可哀想ですよね……。でもうちの両親が兄たちにそうでしたから、どこもそんなもんなんでしょうか」

「…………」

「…………」


「今の北のご当主と言えば、あまりに優秀で若くしてご当主を継いだと聞いていましたが……」

「両親が早く引退したかったのがきっと一番ですね」

「…………」


「……北のご当主は、どうしてもな会議以外は出席されないし、社交にもほとんどいらっしゃらないですよね。対外的なお付き合いについてかなり慎重に吟味されていると言われていますが」

「ああ、兄さんたちは家が大好きなんです」

「……は?」


「家にいたいしスローライフに憧れているので、暮らしていけるだけの収入があればそれでいいっていつも言っています。今ある産業と領民を守れるならば事業を大きくするとかは特に考えていないから、社交も重要視していないみたいです」

「……スローライフですか、引退後のことにも既に考えていらっしゃるのですね」

「ええ、むしろそっちの方に重きを置いているかと」

「…………」


 なんだかうちの兄たちに対する評価が、私が思っているもと大きく違っているように思えてきた。



「えっと、昔、前ご当主とお兄さんたちでうちの兄に会いに家まで来てくださった時、来てくださった理由は海が見たかったからとおっしゃっていましたが。それも真の理由を隠す戦略なんだと、深いなぁと私は思っていましたがもしや……」

「あ、きっと私が砂浜が見てみたい、泳げる海に行ってみたいと大騒ぎした時ですね。たぶん当時も南部との交流や交易が主の目的ではなかったと思います、あ、失礼に思われたら申し訳ございません!」


「いえ、大丈夫です。そうなんですね……、うちの兄はあの北部のご当主と後継者が自分の招待に応じてくれたと鼻高々で。うちの当主もフィーまで同席させて大喜びでしたが、策略を隠すまでもなく真に海が見たかっただけなのですね……」

「……あ、なんかうちの兄たちが本当にすみません」

「…………」


 確かにうちの兄たちはそんなに口数が多くないので、黙っていると策略を巡らせているように見えるとはよく言われていた。実際は熟考するより直感で動くことが多く、動く理由は他人に想像されるより心のままだったりする。


 父さんがまだ当主だった頃、わがままを言って兄さんたちと一緒に海への旅行に一回だけ一緒に連れていって貰ったことがあった。北部の海は砂浜がないところばかりだったので、どうしても海水浴が一度してみたかったから。

 あの時、……あれ? そういえばあの時って。


「あ、そのご招待されてこちらに私たちが来たのって、もしかして九年前のあの時ですか?」


私がチラッとヒューを見てアークに問うと、アークはヒューとフィーを見て視線で確認をしてから、小さく一回息をのんでこう言った。


「そうです。ニナさんのお兄さんたちが我が家にいらして戴いている間、そこに同席していなかったニナとヒューは海で会ってますね」


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