第15話

 激痛でゆっくりと意識を取り戻した楽一警部は完全に覚醒するや否や、ジンジンと痛む肋を押さえて立ち上がった。


 やはり楽一の予想した通り、公園に飛び込んできたトラックには重機関銃の他にも爆弾まで積まれていたらしい。だが、指摘するのが少し遅すぎた。


 楽一は痛みでぼやける思考を必死に巡らせる。


 トラックに積まれていたのは、かなり威力の大きい爆弾だったようだ。


 楽一は爆心地から100メートルほど離れた場所にいたというのに、その外観はかなり酷い有様になっていた。


 被っていた防弾バイザー付きのヘルメットは爆風で何処かに飛ばされてしまい、煤けた略帽姿になっている。


 防弾ベストの抗弾プレートは飛び散った破片を受け止めた衝撃で粉々に割れていて、もう使い物にならない。


 だが、使用者の内蔵を守って致命傷を防ぐという抗弾プレートにとっても最も重要な役割は、きちんと達成していた。


 でなければ楽一は死ぬか、あるいは酷い重傷を負っていただろう。


 爆風を受けた短機関銃は銃身が大きく歪んで完全に壊れており、楽一自身も満身創痍で身体中から血を流している。


 とはいえ、戦えないほどの怪我ではない。


 少なくとも、爆心地に近かったかあるいは運が悪かったかで、重傷を負うか死亡した多くの警官たちに比べれば、はるかに幸運だと言えた。


「クソッ」


 楽一警部は悪態をつくと、無事だった腰の自動拳銃を抜いて構える。


 公園内は地獄と化していた。


 重傷を負った機動隊員たちを、軽傷の機動隊員と駆けつけてきた消防の救急隊員が運び出している。


 公園を囲む建物では小規模ながら火災が発生していて、大量の消防車が消化活動に当たっていた。


 公園内の警察車両はそのことごとくが完全い破壊されており、炎が燻っている。赤色灯とサイレンが不気味に響いていた。


 そして何よりも異様なのが、迷彩服姿の自衛官たちが実弾の装填された八九式小銃を持って、公園周囲の警戒に当たっていることだ。


 自衛隊が出動したのか。楽一は少し驚いたが、それは別に自衛隊の出動を嫌っての驚きではない。


 重機関銃や対戦車ロケット、高性能爆薬、そして訓練されたテロリスト。それらは明らかに警察の手には余る。


 だが楽一は、何かと他責思考で責任を負いたがらない自分の国と組織が、自衛隊の出動という決断を下せるとは思っていなかったのだ。


「楽一隊長!」


 拳銃を構えて周囲を警戒していた西田が、美梨、静海と共に、楽一の方へと駆け寄ってきた。


 全員、短機関銃や狙撃銃などの主武装メインウェポンは破壊されてしまったらしく、頑丈なホルスターと堅牢な構造のおかげで無傷だった拳銃を持っている。


 ヘルメットが残っているのは西田だけで、美梨に至っては略帽も脱げてしまい、煤けた赤髪が彼女のすっとした首筋を流れていた。


「無事っすか?」

「生きててよかったですね。まだ戦えますか?」

「大丈夫?」


 隊員たちの心配する声を楽一は手で制す。


「俺は大丈夫だ。岩水は?」


 楽一は嫌な予感を感じて、そう聞いた。


「機動隊と救助活動に参加している。すぐ戻ってくるってさ。こんな爆発に巻き込まれたのに元気だよね」


 美梨はそう言って肩をすくめる。楽一はホッと息をついた。


 美梨はいつも通りの様子だったが、それでもかなり酷い怪我を負っており、特に鮮血が流れる額の傷は痛々しい。


「頭から血が出ているじゃないか。大丈夫か?」


 楽一は美梨にそう聞く。


「僕は大丈夫だよ。頭に破片を受けただけだから。隊長は無事そうだし、銃器運用部隊では私が唯一の軽傷者だね」


 美梨は少し自嘲するようにそう言った。うまく受け身を取れずに負傷してしまったことを、彼女は少し気にしているようだ。


「気にするな。あの爆発から生き残れたのなら十分だ。それに頭の怪我はかなり酷いぞ。あとで医者に診てもらえよ。もし脳に響いていたら後遺症が残る」


 楽一はそう忠告する。


「分かってるよ。そんな余裕があればね」


 美梨は投げやりに応えた。


「そうだ。現在、隊長に呼び出しがかかってるっす」


 話を切り替えるように、西田がそう言った。


「呼び出し?どこからだ」


 楽一はそう聞く。


「警視庁からっす」


 西田はそう言った。その表現に楽一は少し疑問を感じる。


 警視庁と一口に言っても、その内部には様々な組織が存在している。


 例えば警備部に呼び出されるのと総務部に呼び出されるのでは全く意味が違う。


 警視庁と名乗って呼び出しを行うのは、民間人相手ならともかく、警察官相手となればかなり雑だ。


 几帳面なところがある西田が、そこを伏せるとも思えない。


 この場合考えられる二つのパターンは、警視庁がそれだけ混乱しているか、あるいは外部の組織が警視庁を通して楽一を呼び出したかだ。


 楽一は後者である可能性が極めて高いと考えていた。


 ヘリコプターの音が近づいてくる。


「そういえば、ヘリで迎えにくるって言ってたっすよ」


 公園の上空に、一機のヘリがホバリングしていた。濃い緑と茶色で塗装されており、機体には日の丸が描かれている。


 自衛隊のヘリだ。どうやら楽一を呼び出したのは自衛隊らしい。


「……そういえば、晴矢警視らがどうなったか分かるか?」


 楽一は、特に興味はないが一応聞いてみたというような雰囲気を装って、西田に聞いた。


「あぁ……。各機動隊長は爆発に巻き込まれて大半が殉職しました。生き残ったのは今のところ第四、第七、第八、第九機動隊の四名と、参謀が一人だけっす」


 西田は俯きながら、少し言いにくそうに答える。


「晴矢警視は無事なのか?」


「どうも無事らしいっすね。でも危険な状態で、丸田病院の集中治療室に運ばれた後は、どうなったのか分かりません」


 西田の報告を聞くや否や、楽一は躊躇なく走り出した。


「ちょっと!どこ行くんっすか!迎えのヘリが来ているんっすよ!」


 西田は慌てて呼び止める。


「丸田病院だ!どうしても晴矢隊長に聞かないといけないことがある!俺の代理は頼んだぞ!」


 楽一は大声でそう言って、速度を上げた。


「ちょっと待ってくださいよ。多分ですけれど、これ自衛隊との作戦会議っすよ!隊長が出なくてどうするんっすか!」


 西田の声は、もう楽一に届いていなかった。


「あぁ」


「行っちゃった」


 静海と美梨は、人ごとのように呟く。


「……どうしよう」


 西田は不安げな表情で、ゆっくりと降下してくる自衛隊のヘリを見つめた。

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