第14話
銃器を構えて人員輸送車から飛び出した銃器運用部隊の戦闘員たちは、手榴弾で殲滅されるリスクを減らすべく迅速に散開した。
その動きに気付いたテロリストたちは、すぐさま自動小銃で制圧射撃を行う。
戦闘員たちは素早く物陰に隠れて弾丸をやり過ごすと、短機関銃で応射した。
テロリストたちは防弾ベストを着ており装備は充実していたが、銃器運用部隊の戦闘員たちが放つ弾丸は精密に頭を狙ってくるので無意味だ。
警察系特殊部隊は人質がいる状況下での戦闘を想定して編制、訓練されているため、射撃の精度に関してはかなりのレベルにある。
だが対するテロリストの弾丸は、その大半が明後日の方向に飛んでいき、戦闘員に当たるどころかその体を掠めることすらなかった。
敵の姿を捉えることすらできずに自動小銃を乱射していたテロリストの頭を、9ミリの拳銃弾が抉り飛ばす。
テロリスト側が投擲した手榴弾が窓の砕かれた警察車両に飛び込んで、無人のそれを吹き飛ばした。
僅か数分で公園内の機動隊一個小隊を殲滅した十名ものテロリストたちは、今度は数十秒もしない間に、たった二名にまで減っていた。
テロリストの一人は対戦車ロケットを持ち、もう一人はドットサイトの照準器を取り付けた自動小銃を持っている。
状況がすでに絶望的であることに気づいたテロリストの一人が、対戦車ロケットを構え一台の警察車両に照準を合わせる。
対戦車ロケットが狙う先を一瞬で理解した楽一の背筋は、凍りついた。
戦車すら貫く対戦車ロケットの狙う先には、指揮車があった。防弾性能の高い指揮車は激しい銃撃戦による損傷こそ負っていたが、貫通はしていないようだ。
だが流石に対戦車ロケットの直撃を受ければこの程度の装甲など紙切れと変わらないし、当然だが中の人間も無事では済まない。
そして車内の指揮官たちが、わざわざ安全な指揮車を出て銃撃戦の最中を公園の外へ避難したとは、とても思えなかった。
楽一は即座に短機関銃を構えて引き金を引く。
だが放たれた弾丸は自動小銃を持ったテロリストが身を挺して防ぎ、対戦車ロケットランチャーを構えるテロリストに至ることはなかった。
対戦車ロケットランチャーが、赤いマウンターマスを後方に噴射する。
もう止められない。
楽一は誰かの名前で絶叫した。だが、その声もロケットランチャーを放つ轟音に掻き消されてしまう。
直後、ロケットランチャーを構えたテロリストが吹き飛ばされた。
「岩水!」
防弾盾を構えた岩水警部補が、渾身の力でテロリストを突き飛ばしたのだ。
ロケットは狙いを大きく外し、運悪く着弾点に停車していた炊事車を、原型をとどめないほどに破壊する。
直後、静海の放ったセミオート狙撃銃の弾丸が、テロリストにとどめを刺した。
一撃で脳幹を消し飛ばされたテロリストは、ふらりと揺れて倒れる。
「丸田公園を襲撃中のテロリストを鎮圧。死傷者多数。直ちに応援を求む」
楽一は無線にそう報告した。
〈こちら本部。防衛感謝する。現在、管区機動隊の二個小隊と第五機動隊が丸田公園に向かっている。銃器運用部隊は、彼らと合流し事態の収束に当たれ〉
無線の指示に、楽一はほっと安堵のため息をつきながら周囲を見回す。
酷い惨状だった。
機動隊車両が煙を上げる合間に、機動隊員たちの無惨な骸が転がっている。楽一は静かに目を閉じて黙祷した。
数分後、多数の人員輸送車が慌ただしく公園へと駆け込むと、車内の機動隊員たちが続々と降車してきた。
指揮車のドアが開き、ヘルメットを被った指揮官たちが拳銃や警杖を持って降車してくる。楽一と銃器運用部隊の隊員たちは彼らに敬礼した。
「無事で何よりです」
楽一はそう言う。
「君たちのおかげで助かったよ。あと一歩で、各機動隊の指揮官と参謀が全員殉職するところだった」
晴矢は到着した機動隊の幹部と指揮官たちに手早く指示を下すと、楽一に感謝を述べた。
「そうですね。ですが、これで機動隊はしばらく動けなくなりました」
楽一は公園内を一瞥して、そう言う。
トイレカーや炊事車など兵站に関わる車両から放水車など戦闘に関わる車両まで、公園に停車していた警察車両はそのことごとくが破壊されている。
無傷の車両などほとんど無い。
その上、少なくない死傷者も出てしまった。
防弾車については大半が無事だったが、それでも数両がタイヤを12.7ミリの弾丸に貫かれていた。その修理にはしばらく時間がかかるだろう。
「今回の件で発生した死者負傷者は大半が特科車両隊の整備要員だ。今後、しばらくは車両の運用に支障が出るな」
特科車両隊長が悔しげな表情を浮かべつつ、苦々しい口調で言う。
「この際、県警の整備要員を集めて補充するしかない。手続きを頼む」
晴矢は参謀の一人に指示した。
指示を受けた参謀は直ちに指揮車内へと駆け込む。幸い、指揮車の指揮通信機材については被害もほとんど出ていないらしく、電話や無線も正常に稼働していた。
「そういえば、東大学を目指していた暴徒はどうなったんです?」
楽一警部は晴矢警視に聞く。
「銃撃戦のせいで状況がよく分かっていないんだが、どうやら百名ほどが包囲網を突破して大学内に侵入したそうだ。あとは逮捕されるか逃げた」
晴矢警視はそう説明した。暴徒対応の結果は上等だが、それが陽動だった以上、今回の警備は失敗だ。
「完全にしてやられましたね」
「ああ。そうだな」
少し離れた場所で、機動隊員たちがテロリストのトラックを検査している。
「一応、爆発物処理班を呼んだ方がいいんじゃないですか?」
楽一はそう進言した。
「そうだな。お前ら!トラックの検査は一時中断だ!爆発物処理班に任せるぞ!」
晴矢は、作業中の機動隊員に近づきながらそう呼びかける。
次の瞬間、公園内にいた警官たちの全員の視界が白く染まった。楽一は反射的に地面へと体を押し付ける。
爆発音。
熱い爆風が、周囲の機動隊員を破壊された車両もろとも薙ぎ払う。
飛び散った破片に体を切り裂かれた機動隊員たちが空を舞い、跳ね飛ばされた大型車両が道路に転げ出た。
黒い煙が青空へと立ち上る。
爆音は、ビルの間で長く反響していた。
そしてそれらが収まると、後には地獄だけが残された。
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